青春の3ページ
『傘』
先ほどまで良く晴れていたのに、急に雷音がしはじめて雲行きが怪しくなってきた。そしてちょうどう下校時刻に雨は降り始めた。
「やべぇ。傘持ってねえ」
「天気予報ぐらいチェックしなさいよね。夕立降るって言ってたじゃない」
「だってあんなに晴れてたらなぁ」
「仕方ないわねぇ。傘入っていいわよ」
それって、つまり、相合い傘?
「だめだろう。彼氏に見られたらヤバイだろう」
「昨日別れたから平気」
それは別の意味で平気ではない。突っ込んで聞いいたほうがいいのかわからず、黙って傘を持った。小さな傘に二人は入りきらず、はみ出した所が濡れながら歩いた。肩と肩が触れ合う距離にドキドキしながら、重い沈黙が続く。
理子は話したかったら、勝手に愚痴言って怒り出す。何も言わないのは、何も話したくないからだ。それだけ今回の失恋が重症だったという事だ。
慰めてやりたくても気の利いた言葉なんて出てこない。冗談ひとつ思い浮かばない。俺って役立たずだな。
肩と肩が触れ合うたびにもどかしい。その肩を抱いていっそ俺にしろよと言いたい。
しばらくすると激しい雨は唐突に止み、雲の切れ間から光が差し始めた。
「見て!虹!」
理子はまぶしいような笑顔でそう言った。先ほどまでの重い沈黙などなかったように。気分も表情もくるくる変わる理子にはついていけない。
「単純なヤツ。さっきまでベソかきそうな表情だったのに」
「泣いてなんかないわよ。どうして別れたくらいで私が泣かなきゃいけないのよ。もっと大物GETして新しい恋愛すればいいだけの話じゃない」
「そうだな。まあおまえならできるよ」
出来る事なら、その新しい恋愛の相手は俺だったら……そう願わずにはいられなかった。
『花火』
外から花火の上がる音がする。残念ながら俺の部屋からは、隣の家が邪魔で花火は見れない。花火の音だけを聴きながら勉強を続けた。
人より頑張らなければ志望校には受からない。だから例え他の奴らが花火大会だって浮かれてたって、こうして頑張らなきゃいけないんだ。
どうせ一緒に行く相手もいない。本当に一緒に行きたいアイツは、今頃彼氏とあの花火を見ているのだろう。
花火の音は突然途切れ、静寂が空間を支配した。花火を見ていたわけでもないのに、なぜか寂しい気分になった。
来年か再来年か、いつか理子と二人で花火を見たり、夏まつりにいったりそんな日は来るのだろうか?
俺の今の努力は意味があるのだろうか?何の為に勉強してるんだろう。わからなくなって、ペンが止まった。そんな時携帯のメールが届いた。理子からだった。
『バケツを持って至急公園に集合』
なんでこんな夜中に突然?多少驚きはしたが、こいつのワガママに一々動揺してたら身が持たない。仕方なしにバケツを持って出かけた。
至急といった割に、公園についてもまだ理子はいなかった。待ち合わせはたいてい理子が遅れてくる。遅れてくる女子を待つのが男だとか、無茶な事言われた気がする。
「お待たせ」
背後から聞こえた理子の声に振り向いて驚いた。紺色の浴衣姿の艶やかな理子がいた。色白の肌に紺色がよく似合っている。まるで見せびらかすようにゆっくりと回ってみせる。うなじの綺麗さが殺人的だ。
「いいでしょう。お母さんに着付けてもらったの」
「よく似合ってる」
「タケにしては素直な褒め言葉ね。でもこれお母さんのお下がりだからデザインが古いのよね。本当は新しいの欲しかったのに」
浴衣のデザインなど詳しくないので良く分からない。
「それで今度はなんだ?」
「これやろうと思って」
そう言って理子が取り出したのは、花火セットだった。
「タケ花火大会行かないって言ってたし、気分だけでも味合わせてあげようかと思って」
理子と花火。ずっと先の夢だと思っていた事が今日叶った。嬉しくて仕方ないのに、この気持を美味く言葉にできない。
「何?嬉しすぎて声もでない?私超イイコでしょ」
「自分で言うなよバーカ」
それから俺と理子は二人だけで花火をした。安い手持ち花火なのに、大空を彩る花火よりずっと綺麗で、楽しくて、終わってしまうのがもったいなかった。
最後の線香花火を、並んでやりながら理子は言った。
「勉強も大切だけど、青春の思い出って今しかできないじゃない?勉強は私も教えてあげるから、またこうやって遊ぼう」
「ありがとよ」
「遠出すれば、毎週末どこかで祭りだの花火大会だのやってるじゃない。今度二人で行こうよ」
「二人で?その時も浴衣着るのか?」
浴衣をした理子と並んで祭りに行く。まるで夢みたいに幸せな事だった。
「新しい浴衣買ってくれるなら」
「買わねーよ」
お年玉まだ残ってるし、理子と浴衣デートの為なら、安い買い物かなどと思ってしまう、甘い自分がいた。