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シンデレラ・ガール

熊の「花は蜜で誘った」と同じ頃で、難攻不落の初登場直前の頃の理子です

 ストッキングなんてとっくにすり切れて、剥き出しの足がアスファルトに切り裂かれていく。もうどうしていいかわからなかった。

 歩く事をやめて道端に座り込む。先ほどの出来事を思い出して、唇を噛みしめた。



 日本料理の美味しい居酒屋にその日私と彼はきていた。料理の味はいいんだけど、靴を脱ぐ個室だけっていうのが面倒よね……なんて思いながら、のんきに食事に夢中になっていた。

 だから彼の様子がおかしい事にまったく気づいてなかった。食事が終わるタイミングで彼は重々しく切り出した。


「悪いけど、別れて欲しい」


 唐突すぎる言葉に意味を理解するまで時間がかかった。


「……なんで?突然」

「彼女に浮気がばれて……ごめん」


「ちょっと待って。どういう事?私達付き合ってたんじゃ……」


 重い沈黙が支配する。私遊び相手なだけだった?そう理解して顔から血の気が引いた。認めたくなかったそんな現実。私は考えるより先に彼の頬を叩いていた。


「ごめん、理子」


 欲しい言葉は謝罪じゃない。他の女じゃなくて私を選んで欲しい。ただそれだけだった。


「別れたくない」

「理子、頼むから……」


 それ以上聞きたくなくて、荷物を持って立ち上がった。彼がついてくるのを確認しながら私は出口へ向かった。


「理子!」


 出口で引き留める手を振り払って靴も履かずに飛び出した。わざとだ。靴を履かずに外を出歩く女を放っておくような人じゃない。……そう思ってたんだけどかいかぶりだったようだ。ゆっくり歩いたはずなのに、なんど振り向いても彼は追ってきてくれなかった。



 しばらく落ち込んでから考える。私彼の事好きだった?違う。たぶん悔しかっただけ、彼の一番じゃなかったその事実に腹がたっただけ。この怒りを誰かに話して解ってもらいたかった。

 携帯を手にして一番にかけたのは『タケ』の電話だった。


『もしもおまえが困ってたら遠慮しないで連絡しろよ。助けに行ってやるからよ』


 あの時言われた言葉に私はすがりついていた。いつだって私が苦しい時、楽しい時、いつもそばにいてくれた親友。

 なのに何度かけても電話は繋がらなかった。


「嘘つき……」


 この場にいない親友に苛立ちをつのらせた。こんな時だけ『親友』なんて都合よすぎると自分でも思う。タケがそれ以上の関係を求めている事をずっとわかってて無視してきた。今タケは忙しくて私のワガママに付き合ってる余裕なんてないのだ。彼女でもない私の相手なんて……。


「バカ……」


 どうして私はアイツじゃダメなんだろう。タケを選んでればこんな悔しい思いする事なんてなかったのに。


「理子ちゃん?どうしたの?」


 突然頭上から降り注いだ声に顔を上げた。沢森だった。合コンの日に会って以来、数ヶ月ぶりである。どうしてこんなタイミングで偶然?


「大丈夫?」


 心配そうな表情で沢森は私を見ていた。当たり前だ。靴も履かずに路上に座り込んでいれば、顔見知り程度でも心配するだろう。


「シンデレラなんです。私。王子様は追ってきてくれないけど」


 冗談を言ってごまかしてみた。沢森は笑ってくれた。


「そっか。じゃあガラスの靴にしては汚いけど、これ」


 そう言って沢森は自分の履いてた革靴を脱いで差し出した。


「いえ……そんな……悪いし」

「いいの、いいの靴下履いてるし。素足のほうが大変でしょう。ちょっと待っててカボチャの馬車呼んでくるから」


 そう言って沢森はその場から立ち去ってしまった。押しつけられた革靴に足をいれる。ほのかに感じるぬくもりに、うっかり泣きそうになった。沢森は何も聞かずに優しくしてくれた。その不器用な優しさはタケを思い出した。


 しばらくして黄色いタクシーに乗って沢森が戻ってきた時は思わず笑ってしまった。金属のカボチャの馬車に揺られ、私は沢森と帰った。


 タクシーの中でゆっくりと事情を説明した。説明というより半分愚痴だ。泣いたし、怒ったし、面倒な女だったと思う。でも沢森は一緒に怒ってくれた。思った事が顔に出やすい沢森と話しているのは、腹を探る必要もなく楽だった。


「それで、理子ちゃんは結局失恋より、タケ君がかまってくれないのが寂しいんだ」

「なんでそうなるんですか。人の話聞いてました?」


「聞いてるよ」


 そう言いながら頭を撫でられた。完全に子供扱いだ。でも沢森がいてくれてよかった。そうじゃなかったら私、今もあのまま路上で落ち込んでたかもしれない。


 沢森の家に先につき、お金を払って降りようとした。


「待って。靴」


 沢森は一瞬複雑な表情を浮かべた。解りやすいこの男にしては珍しい表情だった。


「捨ててくれていいから。おやすみ」


 結局靴を持ったまま、タクシーは発車してしまった。帰ってからよく見ると、革靴は古くてぼろぼろで、でも何度も修復して磨いたような跡があった。大切に使っていた靴だったんだろう。何か思い入れがあるのかもしれえない。

 私は結局その靴を捨てずに取っておいた。

沢森かっこつけすぎ?

でもこの人、バカがつくくらいお人好しだと思います

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