きみはかわいい悪魔の子
あなたに救ってくれと願った覚えはない。
差し出された手に縋りついた覚えもない。
あなたはなにも分かっていないんだ。ずっと昔から、最初から。
あなたが幸せを教えてくれたから、俺は不幸を知ってしまった。
その不幸でさえ、俺を殺せはしなかった。
その子を拾うまでの経緯はまさしく神の導きとしか形容できないほどに奇跡に満ち溢れている。
星々の導きは誰にでも分け隔てなく降り注ぐべきだと、心の底から思っていた。運命の道に迷ってしまった人間を、すべからく誰かが掬い上げて、正しい方角を向いて歩けるようにするべきだと思っていた。
いつか、あらゆる人々が同じ方向を向いて共に歩めたら。皆が手を取り合って、誰一人迷うことも躊躇うこともなく、永遠に苦しみから解放される未来へ歩むことができたら。そんな理想を説かれたころは、純粋で世間知らずで、加えて恐ろしく恵まれていたものだから、その理想が叶えられないとは全く感じていなかった。
現実が見え始めたのは、あらゆる儀式を通過して、正式に他人に施しを与える手伝いができるようになってからだった。
迷っている自覚がないか、迷っていてもよいと考える人間もいる。導かれることに疑問、もしくは抵抗を覚える人間もいる。これ以上道が続くことを求めていない人間もいる。
ただ祈り、願い、想うだけでは当然足りないし、守り、癒し、治すだけでも全く足りなかった。他者を真に救うには、あまりに莫大な時間と、金銭と、それから心の余裕が必要だった。人手も喉から手が出るほど欲しかった。
老人、浮浪者、未亡人、寡夫、被虐待児、病人、戦災孤児。多岐に渡る人の世の苦しみを浄化するにあたって、長年いがみ合っていたふたつの教会が手を組んで立ち上げた計画があった。信仰ある者が一致団結し、あらゆる国家から独立して慈善活動に勤しむという極めて難しい内容に、双方の幹部陣はそれでも挑戦することを決めた。
大きな戦争が終わったばかりで、苦しみの種も芽も目にしない日はなかった。皆が必死で、皆が無謀だった。そして、皆が現実の惨状を見て覚悟を固めたというのに、神は、あるいは神々は、そう簡単には赦してくださらなかった。
星を眺める者と炎を崇める者がまず手を取り合って、各々が感じる温もりを分かち合わなければ、なにひとつ進展しないのだと。そう説いた当時の大旗手はその後、三度暗殺未遂に遭い、四度目に討ち取られた。
それぞれの知識、教養、信仰を捧げてこそ夢は叶えられる。あらゆる苦悩に向き合い、立ち向かう力が、我々にはある。難民への対処に関する会議で焔衛士協会の長がそう主張した際、首を傾げたり眉を顰めたりした人間が、主義も主張も問わず、半数を超えたという。
次なる戦を警戒し、それに備えるという名目で新たな火種を蒔きながら進む世界において、善意を持つ人間は肩身の狭い思いをしなければならなかった。
だから、私は故郷を離れた。正確には、故郷の修道院を。
私が拾う子供たちは、戦の前後で財政危機に陥り、結果的に崩壊してしまった国からの難民が多く――古くから焔衛士協会の庇護の下発展していた故郷で、すでに苦しい立場にあった私たちの修道院は、毎日のように嫌がらせを受けていた。
自分の命、ひいては子供たちの命を守るためには、それら現実に起こっていることを変えるよりも先に、目を背けて逃避する方が確実だった。悔しいことに。
虚しいことに。
当の崩壊した国との境に打ち棄てられていた廃修道院に避難したころ、私は成人して間もなかった。だから当初の予定としては、私よりも成熟した人間が同伴してくれるはずだった。
はずだった、というのは、殉教したわけではなく。むしろ、殺されていたのであればどんなに良かったことか。
その人が孤児にあらゆる暴力を振るっていたことが発覚したのを皮切りに、子羊たちを含めた世間からの信頼も、自分の中の信仰心も、瓦解していくのが感じられた。
諦めるわけにはいかなかった。絶望するわけにはいかなかった。
努めて善い人間であろうとすることが、他でもない自分の救いになりうることを実感したことは何度もあった。信仰を失ってしまえば自分は本当に迷子になってしまうと思ったから、他人を導き続けた。
それを真に善と呼べるかどうかは分からなかった。分からないなりに、哀れな子供を拾い、育て、疑念を悟られないよう敬虔な人間に教育し続けた。彼らの幸福を願うその気持ちだけは本物であると、いつか言い切れる日が来ることを祈りながら。
パン切れひとつひとつにこもったその願いを、子供たちは必ず叶えてくれた。少なくとも、生き延びることのできた子たちは。
私が役目を終えるまで、そんな日々が続けばいいと思っていた。親を亡くす子供がいなくなる世界を想像することも減りつつあったから、だから神は私に罰を与えたのだと、あとで気付いた。
俺は七つになるまで言葉を一切喋らなかったという。
そして、最初に喋った言葉は「ララ」だったという。それが誰の名前であるかがはっきりしないころから、母親ではないことはなんとなく予感していた。
拾われてから三年ほど経って文字を読めるようになったとき、出生時から自分の首にかかっていた金属の札から読み取れた言葉は「メリサ」――「ミツバチ」という意味の名前だった。男児にそんな可愛らしい名を付けるわけがないので、多分それが母親の名前なのだと思う。
ではララとは誰なのかというと、初めて呼んでから随分経ってから分かったことだが、俺を育ててくれた女性のことだった。それも、ただの女性ではない。星章教会のシスター、つまり教義上は、大きく歳の離れた姉である。
ララ・ロートブルーメは何代も前から星章教会に属する一族の生まれらしかった。
一応貴族ではないものの、生活に困ったことがないどころか、困る可能性もないに等しいほど裕福な家庭で生まれ育ったせいで、上流階級特有の傲慢な哀れみが言葉の節々に現れることがあった。そのことに対して俺自身が特に思うところのあるわけではなく、ただ単に事実として、彼女の信仰にはどこか浮世離れした――純粋すぎる――希望が含まれていた。
一方で、改めて「トラク」と(語源は不明だが)名付けられた俺は、極めて頑丈な肉体を持って生まれたこと以外には誇ることも、感謝すべきこともなかった。むしろ、病にも怪我にも強いその身体を持ってさえ、自分には欠けているものが多すぎる気がした。
信仰心が足りない。
道徳心が足りない。
義侠心が足りない。
心と付くものはことごとく足りなかったし、その自覚もあった。自分の心が生まれつき鈍いのか、それともいつからか痺れているのか、とにかく一般と比べてどこかが発達し損ねているのであろうことは早々に理解できた。
幸か不幸か周囲の人間の身体言語を読み取るのはそれなりに得意だったので、顔を窺って表情を作り、体勢を作り、その場に合わせた反応を見せ続けた。感情をやや大袈裟に表現したり、語彙をあえて減らしたりすることで、自分が異端であることに気付かれないよう、溶け込む努力を重ねた。
それが裏目に出た。
誰にも異変を悟らせなかったせいで、それを矯正する機会を逃してしまった。誰にも助けを求めなかったせいで、救える範囲にあった期間をひたすら取り繕うことだけに費やしてしまった。
このまま育って、巣立っていくしかないのだと気付いたときには遅かった。物心がついて一度たりとも食卓を共有しなかったことのないきょうだいを亡くしても、涙の一滴も流れなかった。お使いに出されて帰って来なかった姉に対しても、石を投げられて目覚めなくなってしまった弟に対しても。
人生で最初に目の当たりにするならいざ知らず、何度も死に触れ続けるうちに、目が勝手に濡れていくものだと思っていた。不可逆の別れがどういうものかを理解していないわけでもないのだから。
そうはならなかった。
悲嘆も、憐憫も、憤怒も、歓喜も。他人と同じように覚えることが叶わなかった。
葬儀のたびに、年長者のララが、彼女こそ人の死に慣れ切っているはずなのに、一番長く棺に縋っていた。どういうわけか、その背中から深い悲しみを読み取る能力はあった。
彼女を筆頭に、喪に服す人々は、心に穴が空いた気分だとか、なにかが足りない気がするだとか、そう言って死者のことを語る。それがどうも分からなかった。
そういう理屈で言うのであれば、自分の心には元から大きな穴が空いているとしか思えなかった。それを埋める方法を見つけられなかったし、埋めたいとも思わなかったので(きょうだいが死んだくらいでいちいち泣かない人間がひとりいたって神は気にしないだろうし)、早々に諦めたことを憶えている。
ただ、敬虔な祈りがその穴を埋められないことには、深く失望した。
その日は雨が降っていたのに、なぜか外に出なければいけない気がしてならなかった。崩壊寸前だった修道院を建て直してから六年が経つか経たないかというころで、その年の暮に孤児のひとりを亡くしたので、年号が強く記憶に残っている。
土が跳ねて靴が汚れることを気にしたことはなかった。雨音は聖歌の次に清らかで、安らかで、心温まる音楽だと感じていた。星の見えない夜でさえ、ただ曇っているのではなくて、雨が降っているのであれば――それはつまり、天の恵みも同然だから――不安などなかった。
故郷にいたころは、修道院で自分だけが持っている黒い傘を開いて、大きな雨粒を受けながら畦道を歩くのが日課だった。一年中いつでも陽が翳っていることで有名な地域だった。その日課を突然思い出したのが、神の思し召しであったと信じている。
冬が始まるころだったので、雨粒は雪とさして変わらないほど冷たかった。そろそろ子供たちに羊毛を敷いた靴を出してあげなければ、と、倉庫の中の景色を思い浮かべながら歩いていたから、幾年も前から使われた形跡のない道に入っていってしまったのだと思う。
修道院の裏には林があった。元からそこに木々が生えていたわけではなくて、隣の国が崩壊してから、国境を塞ぐようにして植林地に指定された区画だった。効果があったのかなかったのか、木々の間を通ってハイツに入ろうとする難民は極めて少なかったし、結局火事などが原因で大部分が焼け落ちてしまったから、薪にするために切り落とすことすら申し訳なく思えるような有様だった。
だから、その林を抜ければ、案外簡単に、今は亡き商人の国に辿り着けてしまう。
柵こそ設置されてはいるものの、注意喚起をするまでもなく誰も近寄りたがらないので、その管理は杜撰だった。具体的に誰が責任者として指定されているのかさえ知る者はいないという始末で、だから柵も、門も、門扉にかけられた錠も、素手で壊せそうなくたびれ具合をしていた。
教会を移ってからその門を見るのは、二度目だった。
柵の向こうに人がいたのは、初めてのことだった。
それが人であると認識するのに、何十秒とかかった。子供だった。中型の犬と同じような身長をしていて、なおかつ、犬と同じような体勢で、食事をしていた。
蛆の湧いた鴉の死骸を、食事と呼ぶかはともかくとして。
子供の性別は分からなかった。
肩口まで伸びた金髪は傷み切って、艶がないなりに一本一本がわずかな光を反射していた。全身を泥水で洗っているのか、虱の一匹すらその地の荒廃には耐えられなかったのが幸いというほど衛生状態が悪かった。
こちらを見るその子供の目が、自分のことではなくて、背後――もしくは心の内を見つめている気がした。
その視線に怯んでなんと声をかければ良いのか悩んでいるうちに、胃袋の鳴る音がして、子供は手元の鴉に意識を移してしまった。
「あの」
そこから、なにを喋ったかは憶えていない。鴉の死骸を離そうとしない細い指を引き剥がして、そのままその手を引いて修道院に戻るまでの間に、天候が変わって叩きつけるような雨が降り出した記憶はある。
小さな命を救うことに比べれば、強風に敗れて傘が折れることも、泥濘に足を取られて両膝を汚すことも、当然気にならなかった。
そんなにも必死になれることは、人として、星章教会の人間として、子供たちの親代わりとして、まず誰よりも自分に対する救いだった。
私がまだ、義務感と焦燥感以外の感情から、慈悲を抽出できるという証だった。
――星が我らを導きたもう。
祈りの言葉に登場する星がどこにあるのかを、何度教えられても覚えられなかった。星空を見上げる習慣がなかったせいなのか、夜空に煌めく星は全て同じに見えた。視力が良いもので他人には見えない暗い天体も見ることができるのに、占星術にも天文学にも、ついぞ興味が湧かなかった。
朝起きてする礼拝も、食事の前に唱える祝辞も、寝る前の祈祷も、美しく荘厳な習慣だと思うだけで、それらに本当に意味があるのか疑問でならなかった。
天国の門番と謳われる星が人間たちの暮らしを常に見つめているのなら、祈りはその目を誤魔化すだけの代物なのではないか。だって、俺が修道院に来たその日、ララは晩の祈りも忘れて俺の手当をしてくれた。
それが許されるのなら、わざわざ形骸化しつつある儀式を執り行う時間は省いて、本当の善行を積み上げれば手っ取り早いはずだと思った。
世はこんなにも混沌としていて、人々はこんなにも謂れのない苦しみを背負わされている。ただでさえ聖職者が食いっぱぐれない世の中である。その中でもララは、自分が天国への導きを受けられるかどうかなど二の次、五の次にしていそうで、憧憬よりも疑問が優った。
彼女のようになりたいとは思えなかった。善いことをする気も起きなかった。他人の感情を理解することはできても、その他人を苦しみから解放したいという強い欲求は芽生えなかった。それもひとつの才能、あるいは、環境によって育まれる能力なのだと悟った。
実のところ俺にはそういう慈悲なんかなくて、腐りかけの肉の食感を、保存用のパンの固さを、汚染された雨水の味を、できることならララに、兄弟姉妹に、みんなに体験してもらいたいと願うことをやめられなかった。たとえそれに全くなんの意味もないのだとしても。
山向こうの牧場から分けてもらう肉を見るたびに、修道院で作った甘みのあるパンを食べるたびに、孤児たちで世話をしている山羊の乳を飲むたびに。これを一般に幸せと言うのだろう、という感想とは別に、なにか恐ろしい気付きの予感が喉を締め付ける感覚があった。
幼いころ、自分がなにをしていたかの記憶はあっても、なにを感じていたかの記憶なんてほとんどなかった。それなのに、幸せを実感するとき、昔の自分は哀れな子供だったのだと誰にでもなく言われているような気がして不愉快だった。側から見て下しただけの評価を押し付けられているような気になるのが嫌だった。
冷静に、自分が勝手にそんな想像をしているだけじゃないかと逐一片付けても、その思考は何度も脳裏に甦り続けた。
その原因がひとつも思い当たらなかった、とは口が裂けても言えない。
ララの、瑞々しい草花を思わせる鮮やかな色の目。哀しみと慈しみを湛えた眼差し。それ以外になにがあろうか。
故郷の修道院にいたころ。
地方政府から難民や孤児の世話を担うよう打診された、と年長者のシスターが不満を漏らしているのを目にしたことがある。夢見がちな若者としては喜んで引き受けたいところだったけれど、年月が経つにつれ、その怒りが具体的にどういうものだったのかを理解せざるを得なくなった。
本来は自分たちの管轄であるはずの問題を、行政機関が積極的に善意ある信徒たちに押し付けているというのが実態だった。
貴族の中には信心深い者もいて、彼らから資金援助を受け取ることのできる教会も中には存在した。けれどもそれは都市部に限定された話だったし、彼らを睨む他の貴族の圧力によってその数も減少の一途を辿っていた。
私の手に任された廃修道院も、定期的な寄付を前提として再利用が決定したという噂がまことしやかに流れていた。
そのころ上流社会を騒がせていた連続暗殺事件となにか関係があるのでは、と邪推するのは私のような祈る者たちの役割ではなかった。ローレライ川に数多く浮かんだ大家の子息たちの葬儀を執り行うことはあったかもしれないけれど。
ともかく、財政危機は隣国だけの問題ではなかった。
食料、布、薪――完全な自立を目指してはいたものの、間に合わないものはどうしてもどこかから調達しなければならなくて、それが物々交換で済むことはいよいよなくなりつつあった。
子供が食前の感謝の言葉を噛み締める必要などないはずなのに。トラクと名付けることになったその子に下のきょうだいが三人できたころ、兄姉たちはやれこの野菜の味が苦手だとか、この肉の舌触りが受け付けないだとか、嘘をついてまで皿の中身を分け与える心を身につけていた。
それを寛大さと呼んで讃えるような大人にはなりたくなかった。
猛禽類の紀章を身につけた役人たちに卵を投げ付けるのを踏み止まる理由があって助かったと心から思った。難民の支援には興味もないことを誤魔化しすらしないで、その難民の子供が孤児になると目敏く見つけて預けに来るのが憎らしかった。金銭も物資も「どこも足りていない」と言って援助を断固拒否するくせに。
星章教会という母体でさえあてにはならなかった。ハイツ本部からの定期連絡が途絶えて久しく、聖都リーグルからの通達は外交上の都合で、私が故郷にいた時点ですでに、ほとんど入って来ないようになっていた。私の家族はというと、領主が星に祈る人々の存在を許せなくなっているらしいという手紙を最後に消息の一切が不明であった。
助けを求める先が真に神しかいないとはなんという皮肉だろうと何度も思った。
生まれ故郷で拾った年長の子供たちは成人が近くなるとすぐに働きに出る選択をした。当然だと言って稼ぎで弟妹たちに服を着せる彼らの姿を見て素直に喜べないのが、私も大人になってしまった証のような気がした。
文字を教え、数を教え、本を読ませて料理をさせたのは、育った家に縛り付けるためでは決してないのに。
たとえ彼らが成長して、家に戻らなくなってしまっても。星に祈ることをやめてしまっても。生きてさえいてくれるのなら、私は報われるのに。綺麗事でしかないことを口にするのは憚られた。事実として、彼らの収入がなければ修道院が立ち行かないことは明白だった。
それでも、度々必要になる棺を見繕うとき、出費のことは考えたくなかった。
トラクという少年の感情の起伏が、同じ年代の子供と比べると異様に浅いことにはシスター・ララも気付いていた。
病ですらないのだから一生治らないであろう言い知れない寂しさは、誰かのためにと動機づけをして行動すると多少緩和する。と、そういうふうに見せることを学習した。自分でもそう思えるように。聖典による星の教えは大体そんなようなことを言っているから。
形のいい野苺を弟妹に譲ったり、姉たちの買い物袋を修復したり、兄たちの手伝いで土木作業場へ行ったりと、母代わりのひとに「その歳でそこまでする必要はない」なんて制止されるようなことをしていると、普通を装える気がした。俺の解釈による教会式の道徳心は、常に少し無理をすることで表すものだった。
これも、シスターの手本が悪い部分があった。
資金が足りていないことを子供に隠すのはまだ理解できた。教義と法律の両方で働いてはいけないとされる年齢の子供たちに、そんなことをこぼしたってどうにもならないからだ。
彼女は自分の子供時代を憶えていないみたいだった。あるいは、両親に辛い隠し事をされる経験がなかったのかもしれない。子供特有の鋭さを、第六感を、自分で発揮したことがなかったのかも。
シスター・ララが時折夜なべして数字を睨み付けていることは一番下のきょうだいでさえ知っていた。それの意味するところを理解できなくとも、夜は星が昇ったらすぐに眠りなさいと説教をする側が寝ていないのだから、なにかしらうまくいっていない事柄があると察することができるようだった。
健気に気付かないふりをして笑う弟たちの顔を見てみんな救われていた。
そのひとりに石が、偶然、当たったと。当てた本人はそんな主張をした。春先に咲き始めた花を見に、気晴らしを兼ねて、孤児たち全員で出かけた日のことだった。修道院からそう遠くない村が少し大きくなって、俺と弟たちの祖国を目の敵にする人間も増えていた。
小さな子供というのは、自分で無茶をするときはやたらと頑丈なくせに、外的要因に対しては恐ろしく脆い。周囲の心臓が止まりそうなときはすこぶる元気で、そのくせ、目を離そうものならちょっとしたことで死んでしまう。
あまりの当たりどころの悪さに、存在しないはずの運の悪さに、俺はそのときから星に祈ることをやめた。信じることをやめたわけではない。
死んでしまった人間は残念ながら戻ってこない。遠い宇宙の天国に連れて行かれてしまうからなのか、無に還るからなのかはどうだってよくて、俺がその死を泣いてやれないことにはなんの変わりもなかった。だからせめて前者であってほしかった。
とにかく、奪われた命のことを想うより、残った命がそれ以上なくならないように尽力するべきだと思った。我が身の可愛さを一番に考える脳が、祈らない孤児が教会の庇護下に居座るには、金銭的な奉仕をするほかないという結論を出していた。
下世話なことだが俺は酔っ払いの目にも女とは見えなかったので、別の形で搾取されるしかなかった。労働を神聖なものとする、原初の炎に祈る方の教えには――首飾りに刻まれていた模様を見るに、母はそちらの信者だったらしいが――育った環境か元来の性質か、いまいち共感できなかった。
やりがいの問題ではない。日の暮れる時刻に金が出る保証さえあれば、感謝も挨拶も、なんだったら見向きもされなかろうが些細なことだった。そういったものを気にすることこそが正常で健康な人間特有の不便極まりない情緒なので、むしろ俺にそれがないのは自然だった。
ただ単に、自分以外の労働者が見るからに幸福ではなさそうで。天国への門に辿り着けるかどうかを気にしている人々は、少なくとも星空を見ている間は一切の不幸を忘れたような顔をするというのに――シスター・ララを除けば。
薄給であったり単調であったりする仕事を次から次へとこなしている間、俺がウィア人であることに気付く人間はいなかった。そんなもの見れば分かると主張していて、実際俺を嫌がった雇い主はいない。往来でたまに見かけるリベルタ人の方がよほど気の毒な目に遭っていた。
けれど、気付かないことと気にしないことは違う。出自については黙秘しているから指摘されないだけで、知られてしまったらもう二度と仕事を任せてもらえないか、もしくは働かせてやっているという名目で無給同然の扱いを受けるに違いなかった。そしてそれを変える力は、一介の孤児にはなかった。
そう、一介の孤児には。
子供たちが身を粉にして働かなくても済む世の中になればいいのに、という願いに久しぶりに思い至ったのは、ある秋のことだった。それだけで済んだなら良かった。
トラクが珍しく正午に出かけてから、就寝時間を過ぎても一向に戻らないので、彼の無事を願いながら夜更けまで待っていた。彼が祈りの言葉を唱えなくなってしばらく経っていたけれど、門限を破ったり非行に走ったりはしないと約束していて破ったことのないのはトラクだけだった。
感情表現が上手な子ではないから、なにかに巻き込まれている可能性も考えられた。彼の不快そうな表情を私でさえ見たことがない。
そろそろ月が地面の真上に来るころだった。一般には遅すぎない時間帯かもしれないけれど、朝も夜も早い生活を規則正しく送るよう心がけているので、そしてそれにもかかわらず何日か夜更かしが続いていたので、瞼が重くて仕方がなかった。年長の子供に番を言いつけ、最寄りの村まで迷子を届け出に行くことも視野に入れ始めてしばらくしたころ――修道院の扉を叩く音がした。
私が扉を開けると、彼は申し訳なさそうに佇んでいた。いつもと大して変わらない表情で、ただ一言、「遅くなりました」と呟くと、ちらりと視線を上げて私の背後を確認し、また目を伏せて「心配をかけてごめんなさい」と続けた。
身体の前で組んだ手を忙しなく擦り合わせているのが気になって、寒かったのかと顔色を窺った。数年に一度しか体調を崩さないにしても、秋の深夜に出歩いていては熱を出しても不思議ではない。そうして彼の目元を見て、我が目を疑った。
泣き腫らした跡があった。
「……まずは、おかえりなさい。夕食は要りますか」
素直に一回、軽く頷く様子を、子供らしいと捉えるか、上の空と捉えるか。
とにかく急いでトラクを誰もいないテーブルに座らせ、定期的に温め直していたかぼちゃのスープと、野菜の挽肉詰めと、芋炒めに黒パンを添えて彼の目の前に出した。
並べた食器に一度手を伸ばして、すぐに後ろめたそうに引っ込める。二、三度それを繰り返して、彼は大きな溜息を漏らしながらテーブルの縁に肘をつき、手を組んだ。祈りの姿勢だった。
「昨日の夢、今日の晩餐、明日の夜明け。神聖な食事にありつける我々が、明日も変わらず、欠けることなく、共に大皿を囲めますように。貧して飢えに悶える人々が、明日こそは、かの星を見ながら、生きる歓びに満たされますように。遠く旗印を見据えて導かれるとき、誰もが平等に老人で在れますように」
やや伸びた爪が手の甲に食い込んでいた。彼がこんなにも真剣に祈るのは初めてではないかと思った。咎められるような立場にないので指摘したことはなかったけれど、彼は儀式の数々を、ただ求められているからというだけでやっている節があった。
今度こそ食器を握った手が、病的に白くなっていた。くっきりと残った爪の痕も合わさって、その姿はひどく痛ましかった。
なにがあったにせよ、彼が深く傷付いていることに関して、あまり踏み込んだことは訊けない雰囲気だった。そもそも、食事の最中にそういう話をするのは避けることにしていた。
私が謝罪よりも説明を求めていることなんて彼にはきっと分かっていた。
食欲は普段と変わらないのか、杯も皿もほどなくして空になった。味にも食感にもこだわりがないので――彼の昔の食生活を考えれば自然ではあるけれど――好き嫌いをしたことがないトラクは、どんな料理も似たような速度で平らげる習慣があった。
嫌いなものもなければ、好きなものもない、という状態らしいのが、親代わりとしては少し気掛かりだった。
「シスター、食事をありがとう」
形式上とはいえいつもは目を見てそう言ってくれるのに、今回は目線が合わなかった。彼は空になった器に映る自分を見ていた。
顔を上げてまた祈る姿勢に戻ると、彼は震える声で、「懺悔を」とこぼした。声変わりして少し経つのに、少年のような声だった。
「最初で最後です。どうか、懺悔をさせてください」
本来、懺悔を聞く資格は、十余年前に旗手の称号を剥奪された、私を導くはずだった人にしかなかった。だから一度も、子供たちには悔い改める儀式の話をしなかった。親代わりとして話を聞くだけで。
「――聞きましょう。星に誓って、他言無用です」
告解というものは元々、人々の心に医者をつけられる余裕がなかったころに生まれた儀式であると聞いていた。裡なる苦しみを、罪の意識を、外に出すだけで変化が期待できるから、各々の教会が全くなんの指示もなく確立した方法だった。
トラクは深呼吸する素振りを見せると、じっと私の目を見て、いやにしっかりした声で、言った。
「今日、人を殺しました」
目を閉じてしまいたい衝動に駆られた。そうしてしまっては終わりだと思った。目を見て話すことは信頼の証であると、教えたのは私だから。
薄く曇った空のような色の目が、最後まで聞いてくれと訴えていた。
「相手は貴族です。偶然でも事故でもありません。別の貴族に雇われました。この修道院が金輪際なににも困らないように手配してやる、というのが条件でした」
深呼吸がもう一度。
「俺は信用しています。その人の署名と印章の入った契約書にすべて書いてあるので、向こうも簡単には約束を反故にできません。すでに、報酬として受け取ったお金が納屋にあります」
堰を切ったよう、という表現が似合う喋り方だった。雪崩のようでもあった。結論を言ってしまったのだから、この際委細を一から十まで話して楽になってしまおうとしているのが見て取れる。告解というのは正しくそういうものだった。
彼は必死だった。信じてもらおうとしているのか、赦してもらおうとしているのかは定かではなかった。どちらにせよそれが叶うことはないと思っているようだった。
「シスター。俺はもうここを出て行こうと思います。みんなに迷惑がかかる前に」
それはまだ決定事項ではなかった。話には続きがあった。絶対に。
緊張で口が乾くのか、上唇を舐めるところまで含め、仕草は子供のそれだった。
信じるも信じないも、赦すも赦さないも、その判断を下すのは祈る者の役目ではない。
「いや」
また彼は私の背後を見た。きょうだいの誰も起きてきていないことを確認するように。
「シスター。俺は他人にかかる迷惑を気にしたことはありません。他人の悲しみに同情したこともありません。他人を、いえ、きょうだいを、正しく偲んだこともありません」
高熱にうなされているとき以外に、トラクが泣いているのを目にしたことは確かになかった。
「俺は、今日、人を殺しました。なにも感じないだろうと思っていました。でも、俺だって人間でした」
溜め息の音で、ようやく分かった。彼は失望していた。
他でもない自分自身に。
大きく開いた傷口から血液が流れ出るとともに、その身体がする呼吸は浅くなっていった。俺は最後までそれを見届けた。見ているうちに頭痛がしてきて、今更悔いたり恥じたりなんてできるわけがないのにと自嘲気味に笑おうとしたそのときだった。
頬を液体が流れた。それは多分涙だった。汗と思い込むこともできたが、そうはしなかった。
人を殺してしまった事実が自分の心のどのあたりをそんなに傷付けたのかは分からなかった。泣くのはきっと人類の本能の一部なのだろうと片付けた。俺を傲慢な二足歩行の同胞と認めるのはいつだって人工的な信仰ではなくて、それよりずっと昔から存在した自然の摂理の一部だった。
一度か二度目元を拭って、人間が死体になったことを確認してその場を去った。騒がしい屋敷だったが、昼間から酒の出る集まりだったのか、誰ひとり主催者の安否は疑問視していないようだった。自分たちの命が脅かされることなど決してないのだと信じ切っている、血筋によってのみ安全と名声と権力とを獲得した人々も、星章教会の紋章を家紋の隣に並べるくらいには敬虔だった。言葉にしてみるとなんと皮肉らしいことか。もちろん本当に皮肉である。
遺体処理は経験豊富な雇い主の手の者に任された。かつてヴィシカとかいう国で行われていた断頭による処刑においても、刃を落とす役と落ちた首を回収する役は別々の人間に割り振られていたらしい。雇用が増えて結構なことだった。
俺を雇った貴族が善い人間かどうかを、俺は判断できなかった。
人の命を金銭で取引することは法律上――司法が貴族を相手に滞りなく機能するのなら――大いに罰せられることであることは当然分かっていた。それ自体に疑問はなかったし、なぜその手段に至るのかにも俺は興味がなかった。ただ、純朴らしい青年は往々にしてすべてに説明を求めていると思われたのか、一仕事を終えたばかりの俺には眠たい講釈の時間が約束されていた。
曰く、俺が手にかけたのは貴族の風上にも置けない人間で、自分の一族に利する内容であれば躊躇なく国益を損なう商売をすることもあったそうな。
それを犯罪で解決する方もどうかとは思ったが、言えなかった。真偽がどうであれ、一介の暗殺者は誰の自己弁護も信じる立場にないことを、高潔なままのその女性はきっと理解しないだろうと。言い訳して、説明がそもそも面倒であることからは目を逸らした。
見たこともない量の札束を持って帰るにあたり、それを渡す係となった使用人は、孤輪車はいるかと訊いてきた。はあ、と間抜けな声を出した記憶がある。手押し車のこととはなんとなく分かったが、なぜわざわざそんなに目立つ運搬方法を提案するのか甚だ疑問だった。見たかった反応ではなかったらしく、その人はすぐに冗談だと言って発言を撤回した。世の中の面白くない冗談に底は存在しないものだ、とは、その日気付いた。
そして、あとから調べて分かった。亡国の歴史に終止符が打たれる直前の数年間は、物価の急上昇と紙幣に込められた価値の実質的な低下が著しく、手押し車にいっぱいの札束を詰めてお使いに出る子供の風刺画がそれはそれは流行ったらしい。祖国に関してそういう、最低限の教養を持つ若者が、のこのこと殺しの仕事など引き受けにやってくるわけがなかろうに。
知ったことか、というのが本音だった。おそらく向こうもそう思っていた。
本当に大切なのは手に入った金額だった。希望的観測も含めた概算をしてみて分かったのは、たった一度の報酬で満足――もとい、安心している場合ではないということである。一番下のきょうだいが少なくとも成人まで生きてくれるとして、貴族の首にかかった非公式の懸賞金が爵位によってあまり変動しないなら、あと三度ほどは同じような仕事をするのが堅実だった。
堅実。
その言葉が脳裏に浮かんでしまったのが、終わりの始まりのような気がした。なにひとつ堅実と言える要素のないことを、これから先、やっていけると判断してしまったので。
突然右手が重くなった感覚があった。紙幣の入った袋は利き手でない方に提げていたので、錯覚であることは明白だった。見ると、何度も石鹸で洗ったはずの手指が赤黒い液体で汚れていた。疑いなくそれは血液だった。幻の。
笑っていたのだと思う。
自分が特別に心の強い人間である自信があったわけではなくて、ただ、家族の死に涙ひとつ流せない薄情者が、他人を手にかけることで心を揺さぶられるとしたら、それはどんなに滑稽だろうと。そんな人間を存えさせた神はどんなに残酷で、それを眺めているだけの星はどんなに無慈悲であろうと。
死んでもいいと思うほど幸福だったことはない。一度も。死んだ方がいくらかマシだと感じたこともない。一度だって!
感じなかった。感じることができなかった。母代わりにどれだけ成長を喜ばれようと、きょうだいたちにどれだけ頼りにされようと、彼らの愛情をどれだけ身近に感じても。これ以上ないはずだというくらいに幸せだと思うことはついぞできなかった。心の穴はいつでも泥と粉塵の中を這う幼い自分を見つめていて、とはいえその自分の身にもう一度なってみても、あのとき死ぬことを考えていたとはおよそ思えなかった。
ずっと中途半端だった。背丈はやたらと健康に伸びたくせに、頭の中は不安定なまま歪んで育ってしまって、それをどうしたら直せるのかももはや見当が付かなかった。その結果が、答えが、その瞬間に出たのだろうと自信を持って言える。
いっそどこまでも鈍いだけの心ならよかったというのに。
ああ人を殺してしまった、と、血の滴る刃物を処分するときでさえそんな手応えはなかったのに。遅れてやって来た後悔の念が、自分自身に対してではなく、家族の名誉と未来に対してだったから。
だからこそ、胃を圧し潰すように重たいその感情に、何度だって耐えられる確信があったから。
告解のあと宣言した通り、トラクは修道院に帰らなくなった。そう判断する決め手が、きょうだいたちへの配慮と自分自身への罪悪感のどちらだったのかを本人の口からは聞けなかった。「清く正しき先導者」としての肩書きを持たない人間には、前者であることを願い、また後者であることを祈ることしかできない。
彼が去ってからというもの、二、三ヶ月に一度、子供たちの雪靴や麦わら帽子が並んでいる納屋に、小綺麗な都会風の紙袋が置かれていることがあった。その中身が裸の札束であったことは最初の一度だけで、以降は持っていて損のないもの――薬、時計、宝石など――に換えてから持って来られていた。
値札の大きいものを適当に買って入れているだけであろうという推測は、別に根拠のないものではなかった。彼に数字を教えることはできても、贅沢を教えることはできなかったので。
彼のきょうだいたちは、自分たちの生活が突然少し楽になった理由をおおかた察しているようだった。子供は鋭く、またその鋭さを悟らせない努力をするほどにはいじらしい。買ってある商品がなんであれ、修道院出の青少年が清廉潔白なまま稼げるような値段でないことを、彼らが理解してなお明るく振る舞っていることは明らかだった。
新聞では連日、どの州のどんな貴族がこんな発言をしたとか、その息子が攫われたとか、娘が殺されたとか、刺激的で読み応えのありそうな記事ばかりが飛び交うようになっていた。そのうち何割に彼が関わっているのかを知る権利は私にはなくて、彼が滅私の精神で行なっている奉仕を受け入れることだけが私に残された義務であり、使命であり、報いだった。
それの善し悪しを問わず、自分の行動の責任は必ず自分に戻ってくる。天国以前の、そして教義以前の話である。報いとは私の十余年前の善意に対してでもあり、子供たちを見捨てた国家と、それを黙認した貴族たちに対してでもあった。そう思うことが自然な気がしていた。
表向きは政治的な抗争に一切関係のない教会がなんの被害も被っていない以上、私にできることはなかった。先の大戦がなぜ起きたのか、なぜ亡国の年端もいかない子供ばかりが苦しんでいるのか、なぜ私を導くべき立場にあった人は汚らわしい罪を犯したのか、何度も星に問いかけて、得られたのは肯定でも否定でも答えでもなく、沈黙だった。その沈黙こそが星々の回答だった。
疑ってはならない。祈ることをやめてはならない。救うことを諦めてはならない。少なくとも私は。
教会とは聖典ではない。占星術でもない。人間である。正しいも間違っているも人間の裁量であるならば、それが天国の門番の眼鏡に適う保証などどこにもない。だからこそ善くあろうとする。だからこそ隣人を、貧民を、善くあろうとしない誰かに見捨てられた死者を、その手で救おうとする人々がいる。
せめて自分に証明したいから。信じたいから。目の前の人の苦しみが永遠でないことを。
祈る先など星でも炎でも蛇でもいい。祈らなくたっていい。信じなくてもいい。誰にも見つめられていなくとも誰かのためになにかができる人はいる。手段が、目的が、なにもかもが間違っていても――誰かのために!
救ってくれと願われた覚えはない。
差し出した手に縋られた覚えもない。
私はなにも分かっていない。ずっと昔から、最初から。
彼が最後に発した、感謝にも似た恨み言はどれも痛いほど正しかった。真実ほど固く喉に絡みつくものはない。
彼の一番下のきょうだいが働きに出られる年齢になったころのある夜、修道院の前に木製の箱が置かれているのが見つかった。中には月齢期特有の輝くような美しさを宿した乳児が入れられていた。その子の首飾りに青白い宝石と、国章にも似た鷹だか鷲だかの紋章が見えたから、ああこの子の両親も犠牲者に仲間入りしたのだ、と。
誰がその犠牲を生んで、誰が情けをかけたのか。私たちはみな知っていた。
彼はまだどこかで祈っていた。星ではなく、人間に。
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