28湯煙の宿
飛空艇がフューズの町に着いた。ネイビス達はイカルの服屋で買ったコートを着込んでいる。
「案外寒くないわね。やっぱりRESのおかげかしら」
「そうかもしれないな」
現実となったこの世界ではステータスのRES値は寒暖差に対する耐性にも影響する。一度レベル99になり転職している三人のステータスは総じて高い。それ故に寒さに対する耐性ができていたのだった。
「あれが大雪山かぁ。大きいね」
「今からあれに登るんだぞ」
この日の天候は快晴だったためフューズの飛空艇発着場からは大雪山が見える。大地に聳え立つ巨大な大雪山はとても迫力があった。
「それじゃあ行きますか!」
三人は町で食料を確保してから大雪山に向かう。大雪山は有名な山なだけにしっかりと道ができていたので、迷うことなく麓まで辿り着いた。日も暮れて来たので三人は麓にある宿屋で夜を明かすことにした。
「いらっしゃい。おや。こりゃまたずいぶん若いねぇ」
宿屋『湯煙の宿』の扉を潜ると受付のところに老婆が座っていた。老婆は三人に気づくとしわがれた声で声をかける。ネイビスは独特な喋り方をする老婆を見て一瞬山姥かと思ったが、その言葉を飲み込んで尋ねる。
「こんにちは。三人部屋ってありますか?」
「ああ、あるだよ」
今更だが、この世界ではパーティーは三人が常識だ。実際四人以上組むことはできない。それ故にどこの宿も三人部屋が多かったりする。
「大雪山に登るのかい?」
「はい。明日の朝登ろうかと」
それを聞くと老婆は舐め回すように三人の姿を見て言う。
「やめときな。死にだくなければねぇ」
「どうしてですか?」
疑問に思った三人を代表してビエラが聞き返す。
「先ずその靴。それがいけねぇだ。そんなみみっちい靴で大雪山でも登ってみな、直ぐに滑落して死ぬ。運良く生き残っだとしても今度は遭難して死ぬ。悪いことは言わねぇ。登るのはやめるだ」
それは経験者としてのアドバイスだった。『ランダム勇者』の世界ではどんなに険しい山肌も雪の積もる場所もキャラはスイスイと移動することができた。だが現実となったこの世界ではそうゲームのようには行かないのだ。ネイビスは登山に詳しくない。ここは老婆の意見に従うことにした。
「助言ありがとうございます。ですがどうしても登りたい場合どうしたらいいでしょうか?」
「そうだべなぁ。なら、靴売っちゃるだよ。隣に売店があるけぇ、そこで買いな」
「分かりました。後で行きます」
「あいよ。値段は一人一泊1000ギルだべ」
三人はインベントリから銀貨十枚を取り出して老婆に渡した。金を受け取ると老婆は部屋番号の書かれた鍵をネイビスに渡す。
「少し高めなんですね」
イリスが珍しく敬語を使って尋ねた。
「ああ。なんだってこの『湯煙の宿』には温泉があるからだべな」
「温泉!」
老婆の「温泉」と言う言葉にビエラが反応した。
「温泉があるんですか?」
「ああ。あるだよ。三人は若いからねぇ。言ってくれれば特別に貸切にしてやるだよ。追加料金はかかるがねぇ」
「ねぇ。ネイビス!是非貸切にしましょう!」
「うんうん!」
「じゃあ貸切予約できますか?」
「あいよ。一人500ギルだべ」
三人はインベントリから銀貨五枚を取り出して老婆に渡す。
「貸切の時間になっだら部屋に呼びに行くけぇ、それまで旅の疲れ癒しときな」
三人は老婆にお辞儀をしてから隣の売店に向かった。売店には登山靴や防寒具、手袋にロープ、杖など、雪山を登るために必要な物が所狭しと並んでいた。ちなみにこの世界の人にはインベントリがあるのでザックはない。
「…………」
売店の奥には一人の老人が椅子に座っていた。その老人は微笑ましい物を見るように靴を選んでいる三人のことを眺めていた。
「私この靴にするわ」
「私はこれかな?」
「じゃあ俺はこの靴にするか」
三人は登山靴を選び終えて老人の元へと向かった。
「すみません。これ買いたいんですが」
「そりゃ、12000ギルだべなぁ」
登山靴の値段はだいたい10000ギルから15000ギルだった。命の安全のためと思えば必要な出費だった。ネイビス達は支払いを済ませ部屋を探して入る。
「あの二人夫婦なのかな?」
いつものように3つのベッドを一つに繋げてその上に寝転んでいると、ビエラが二人に訊いた。
「そうなんじゃないか?」
「私もそうだと思う」
ネイビスとイリスが同意するとビエラは少し考える仕草をしてから言う。
「私、あのおばあさんに聞きたいことがあるから話聞いて来るね!」
そう言い残してビエラは部屋を去っていった。
「あの子、行っちゃったわね」
「ああ、そうだな」
部屋に取り残された二人は手持ち無沙汰になり沈黙が続く。
「ねぇネイビス」
沈黙に耐えかねたイリスがネイビスに声をかける。イリスはネイビスに身を寄せながら続ける。
「ビエラが戻ってくるまで、その……。私と少しだけエッチなことしない?」
一方その頃ビエラは老婆と話していた。
「やっぱり二人は夫婦だったんですね!」
「ああ、そうだべな。もう結婚して、かれこれ五十年は経つだべ」
「お子さんはどうしてるんですか?」
「私達にゃ、子どもはいねぇだ」
それを聞いてビエラは首を傾げた。
「え?結婚したのに子どもできない事ってあるんですか?」
「何言ってるだべ。そりゃしなかったらできねぇだ」
「するって何を?」
「そりゃ夜の営みってやつだべ」
「夜の営み?」
腑に落ちない様子のビエラを見て老婆は笑った。
「はは!お前さんもしかして知らないのかい?初心だべな」
「ええ。焦らさないで教えてくださいよ!」
「教えちゃる。教えちゃる」
そうしてビエラは一つ大人の階段に近づくのだった。




