15話トラブル様。ご来店
「いやその前に服脱いでもらおうぜェ」
ラーウェルの冷静な声。
「はぁ……お湯張り替えた方がいいかなぁ」
「俺っちには状況がよく理解できねぇが……この泉には不思議な力があるとみた。おぃそこの女。お前がこの泉の主か?」
「泉じゃなくて温泉ね……君、そこのグリフォンの攻撃に巻き込まれて怪我してたから、ウチの温泉で治癒したんだよ」
「おぉっそうだ!オィ魔獣!あれは俺っちの獲物だ!返せ!」
「倒したのは我だ。貴様如きではキングボアに勝てまい。命を救ってやったのだから感謝されてもいいくらいだ。それと童よ。この、草津の湯は我の温泉ぞ!汚らしい格好の貴様は硫黄温泉にでも入っておれ!」
レオクシスさんが温泉に詳しくなってきてる……
「俺っちは童ではない!成人勇者だぞ!だがそれよりも獲物だ!どこへやった?!」
「そんなもの、ナツに本日の銭湯代として貢いでやったわ」
「ナツ?そこの女か?」
「あーハイ。あの、とりあえず服を脱いで体洗ってから入っていただいて――」
言い終わる前に温泉から飛び出し桶を手に取る少年。そしてそれをなんの躊躇いもなく私の方へ投げてきた。
「えっ」
ぶつかるっ!
咄嗟に目を閉じ、体を縮こまらせることしかできない。
ガッ
鈍い音がしたが、痛みはない。うっすら目を開くと、キラが飛んできた桶を片手で受け止めていた。
「貴様。ナツ様に対する暴力、無礼……万死に値する」
「あれは俺っちの獲物だ!返せ!あれが無いと妹が……」
そう言いかけた少年は辛そうに唇を噛み締める。だがそれも一瞬で、すぐ拳を構える。丸腰でも剣を手にするキラとやり合う気だ。ジリジリと距離を詰める二人。
「ちょっ、銭湯で喧嘩はっ」
「コラーーー!」
甲高い声とともに一直線に飛び込んできた黄色い物体が少年の体に体当たり。
「ってェ!何しやが……って、シーシアッ」
少年は怯えたように眉を下げあっという間に萎縮。シーシアと呼ばれたのは黄色い体のピクシードラゴン。少年の使い魔だろう。
「グライスちゃま!何故人様のお家で暴れているのでちゅか?!」
「だ、だってよぉ……俺の獲物、あの女が横取りして……」
「横取りって。キングボアなんてCランク冒険者のアナタには倒せないって何度も言いまちたよね?それを無視してぺちゃんこになりかけたのはどこの誰でちゅか?」
「う……た、戦ったら勝てたかも知んねぇだろ?!」
「そんな訳無いでちょうが!運良くグリフォンが倒してくれただけで、生きてるだけラッキーでちゅっ!あたちなんて吹き飛ばされて傷だらけ……見てくだちゃい!グライスちゃまのせいで羽がボロボロでちゅ!」
頭にリボンを付けた大きな瞳を持つ愛らしいピクシードラゴン。その言い分にグライスという少年は言い返すことができずすっかり縮こまっている。
「あ、あのぅ……」
「あっこの度は我が主がもうちわけありませんでちた……アナタ達が主をたちゅけてくださったのでちゅね?」
「うんまぁ……一応?」
「それなのに桶をなげたりちて……」
ギロッ
シーシアの鋭い瞳にグライスは肩を跳ねさせる。
まるで母親とヤンチャな子どもみたいだ……
「主にはよくいってきかせまちゅ。お詫は後ほど、必ず主にさせまちゅので」
「そんな……気にしなくても」
「許されるわけがないだろう」
手で私の前を遮り、鋭くグライスを睨むキラ。私を庇う横顔には溢れんばかりの怒りが滲み出ていた。
「命を助けてやったのに、話を聞くまでもなく傷つけ、奪おうとした。それが勇者のやることか?」
「き、キラ、私は大丈夫だからさ」
「俺が許さない。ここはナツ様が懸命に考え、造られた銭湯だ。戦いを持ち込むと言うのなら、この銭湯のルールに乗っ取り、護衛勇者キラが貴様を始末する」
パタパタと飛んでいたシーシアは、暫しの沈黙後、銭湯の床に伏す。
「申し訳ございません。この度はあたちの監督不行届のため、罪のない善良な方に乱暴を働くところでちた。ですがこの方を死なせる訳にはいかないのでちゅ。ここはひとちゅ、あたちの首で、許ちていただけないでちょうか?」
頭を下げ、土下座をするシーシア。グライスはその姿に自分のしでかした事の重大性を悟ったようで、唇を噛み締めている。
なんか可哀想になってきちゃったな……事情もあるみたいだし、私は全然、怒ってもないんだけど……
「キラ。もういいよ。大丈夫だから」
「ナツ様!」
「それにこれ以上、銭湯で争いたくないの」
「ッ……承知しました」
キラは剣を収める。
「ありがとう。えっとシーシアさん?良かったら話、聞かせてくださいませんか?」
「良いのでちゅか……?寛大な心遣い、感謝いたちます」
「んじゃあグライスつったけ?温泉入りながら話聞いてやるよ」
「温泉?」
シーシアとグライスは揃って首を傾げた。
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ナツの最弱スキルがジワジワと呼び込むトラブルの全貌とは……




