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第六十話 帰る場所、進む場所

アレリアの奇跡の願いから、数日後。

マーキスクの大聖堂では、聖剣教会の集いが開かれていた。


高い天井に反響する足音、並び立つ聖職者と各国の代表者たち。静寂の中心に、アレリアは立っていた。


教壇の前に進み出たのは、

大剣皇ロヴ・マグヌス。


「世界はヨーレ殿の活躍により、魔王の脅威から解き放たれました」


「そして、アレリア様。あなたの奇跡の魔術によって……我々人類は、再び“光”を取り戻した」


ロヴは深く、一礼する。

「ここに、聖剣教会代表として。そして、人類の代表として――感謝を捧げます」


「……うむ」


短く応じ、アレリアは一歩前へ出た。

視線の先には、数え切れぬほどの人々。

期待、不安、感謝、疑念

あらゆる感情が、沈黙となって彼女を見つめていた。


「私は……異次元の魔術により、一度だけ

どんな願いでも叶う力を手にした。

そして私は、その力で――魔物によって失われた命に、もう一度人生を与えることを願った」


民衆は、ただ黙って耳を傾けていた。


「それによって、喜びを得た者もいるだろう。

 だが同時に、人類は新たな混乱の中に立たされている」



「甦った者と、そうでない者の間に生まれる差。

 戸籍、財産、地位……制度は追いつかず、軋轢も生まれている」



「だが…私は、この願いを後悔していない」


きっぱりと、言い切った。

「そして同時に、強い責任を感じている。

 だからこそ、聖剣教会は総力を挙げて復興にあたる」


「制度の再編、救済、調停――

 混乱を放置することはしない」


アレリアは、深く頭を下げた。

「どうか……共に歩んでほしい。

 この世界を、次の時代へ導くために」


パチパチパチ……。


拍手が広がる。

笑顔の者もいれば、緊張を解けぬままの者もいる。

それでも確かに――

人類は、次の困難へと向かって歩き出していた。



演説後。

静まり返った城の廊下を、ガロスとアレリアは並んで歩く。


「責任重大だな、アレリア」


ガロスが、半ば冗談めかして言う。

「……ああやるべきことは、山ほどある。

 だが――必ず成し遂げ、もう一度、人類をまとめてみせる。」


「ふっ……魔王が討たれ、人が甦ったってのに、勇者様は相変わらず忙しいこった」


そう呟きながら、ガロスは胸元に手を入れ、小さな封筒を取り出した。


「そういやよ、これをひよりから預かってたんだ。

“もしお互いに元の世界へ帰れたら”って前提で、あらかじめ書いてたらしい」


そう言って、彼はその手紙をアレリアへ差し出す。


「ふふ……まさか、私と同じことを考えていたとはな」


アレリアは小さく微笑む。

「やはり私とひよりの転移には、何かしらの法則があるのかもしれん」


そう呟きながら、彼女はそっと封を切った。

中に記されていたのは、ウェルミールの文字。

まだ覚えたてなのだろう、ところどころ不格好で、しかし必死に書かれた跡が残っている。


『アレリアさんへ

私は桃瀬ひよりといいます。

アレリアさんを私の世界へ送ってしまって、ごめんなさい。

私がエターナルの呪文を使ったせいです。

でも、そのおかげで、同じ呪文で魔王を倒すことができました。

もう安心してください。

魔物との戦いも、終わりました。

これからは、アレリアさんが

一人の人間として生きていけることを願っています。

そして、いつかまたお会いしたいです。

異次元ではなく、お互いの平和な世界で

文字が間違っていたら、ごめんなさい。』


「……君は、あれほど辛い思いをしたというのに……」



「話に聞いていた通りだ。本当に、優しい人なのだな。ありがとう、ひより」


そのとき、ふと違和感に気づく。

紙の重みが、わずかに二重だった。


「……おや? どうやら、もう一枚あるようだ」


彼女は重なっていたもう一通を抜き取り、ガロスへ差し出す。


「これは……君宛てらしい」


「俺に?」


ガロスは思わず目を瞬かせ、少しだけ困ったようにそれを受け取った。


『ガロスさんへ

ここまで一緒に戦ってくれて、本当にありがとうございました。

コーさんやセリアさんが亡くなった時、

そして教会に責められた時――

いつも私のそばにいてくれて、心から嬉しかったです。

元の世界に帰りたい気持ちはあります。

でも正直に言うと、ガロスさんとお別れするのは、とても淋しいです。

もし、またこの世界に帰ってこられたら、

その時はぜひ、またお会いしたいです。

その時は、私の頼もしい友達も紹介します。

どうか、お元気で。』


「……俺もだぜ。淋しいな」


ガロスはそう呟き、手紙を静かに畳んだ。


二人は並んで立ちながら、

それぞれ違う想いを胸に浮かべていた。

アレリアにとって、ひよりは――

姿を共にせずとも、同じ絶望と希望を越えた戦友。

そしてガロスにとっては、

異世界へ転移してから寄り添い続けてきた、

かけがえのない仲間だった。


短い沈黙が流れ、感傷がゆっくりと溶けていく。


「……セリアとコーは、もう来ているのか?」


「ああ。二人とも腹ペコだろ。さっさと行ってやろうぜ」


ガロスは軽く肩をすくめ、歩き出す。

アレリアもそれに続いた。


再び揃った勇者一行は、マーキスク城の食卓を囲んでいた。

並べられた料理に手を伸ばしながら、アレリアは異次元転移についての仮説を語っている。


「つまり……ひよりの世界は、

 魔王が現れなかった“かもしれない”世界……ってこと?」


セリアがスプーンを止め、目を見開いた。


「信じられんな……」


コーも低く唸り、腕を組む。


「向こうの世界で、文献をいくつも読んだ」

「大陸の形、共通する生き物、古い神話……

 似通った点は確かに多い。

 だが――あくまで仮説だ。分からないことの方が多い」


「転移……本当に興味深いわね……」



しばし沈黙が落ちた後、ガロスが口を開いた。


「しかしよ、アレリア。

聖剣教会総出で何とかするって言ってたが……大丈夫なのか?」


「なかなか大変だぜ?

 なんせ、何百年も前に死んだ連中まで甦ってるんだからな」


「ええ……まぁ……私やコーは、その恩恵を受けてる側だから、強くは言えないけど…」


「同い年だったアシュレイと、すっかり年の差ができちゃったしね」

そう言って、セリアは困ったように微笑んだ。


コーも静かに頷く。

「起こってしまったことは仕方ない。

 俺は……ルーリーに、もう一度会えた。重ねていうが心から感謝してる…」


「だがアレリア、一つ気になってるんだが……

 “魔王が存在しなかった世界”にする、って願いはできなかったのか?」


「私も、それは考えたが、世界そのものの改変はあまりに規模が大きい。どこまで干渉できるのか分からなかった。

だから死者の蘇生を優先した」


「それに……」


「それに?」


「君たちとの出会いや記憶……そして、ひよりとの異次元の魔術。それらが“なかったこと”になるのは、私にはどうしても避けたかった……」



「それが一番の理由なんじゃねぇの?」


「……否定はしない」



「でも、異次元の魔術……本当に不思議ね。

 ウィール様は、なぜこんな魔術を遺したのかしら……」


食卓には、再び静かな思索の時間が流れ始めていた。


一行は食事を終え、マーキスク城を後にする

ガロスとコーは徒歩で村へ戻り、

セリアは魔車で帰路につく。

アレリアだけは、今後の方針を定めるため、再び聖剣教会の城へと足を向けた。



「しばらくは会えねぇだろうな

俺の村の混乱をまとめなきゃならねぇ」


「俺の集落も同じだ。皆、忙しくなる」


「そうだな。だが……何かあったら、いつでも頼ってくれ。ガロス、コー」 


「じゃあね、二人とも」


「おう!お前も一人で抱え込むなよ、勇者さん!」


「うむ、また会おう」


二人はそのまま歩き出し、背中が少しずつ遠ざかっていった。

歩きながら、コーがふと口を開く。


「なぁ、ガロス……俺たちは、また会えるよな?」


「当たり前だ。村が落ち着いたら来い、歓迎するぜ」


「ぜひ行かせてもらう。その時は……妻と娘を連れてな」


一方、アレリアとセリア。

「忙しくなるわね、大丈夫なの?」


「問題ないマジェスタリアで、何千、何万年分もの体感時間を過ごした。それに比べればな」


「何千何万年…?……あぁ、そう…。

よく分からないけど……無理はしないで。私も協力するから」


「すまないな、助かる。しかし君は、恋人との時間を大切にしてくれ」


しばらく会えない別れ

そう呼ぶには、あまりにもあっさりしていた。

だがそれは、互いに「また会える」と確信していたからこそだった。


アレリアはそのまま城内へ入り、会議室へと向かう。


扉を開き、一礼する。

「待たせてすまない。皆、久しぶりだ

しばらく席を外してしまい、申し訳なかった」


そこにいたのは、剣儀卿の四人――

エドマール、サマエル、イザベラ、そしてフリードリヒ。


「ふふ……ご苦労でしたな」


「アレリア様……よくぞご無事で」


「心より、お待ちしておりました……」


「異次元からの帰還……そのご無事、何よりです」


「……で、何か魔術の進展はありましたかな?」


アレリアが不在の間、

ヨーレが代行人として立ち、

それを支え、否定し、救い、あるいは利用しようとした者たち。


その中心に、今、本来の勇者が戻ってきた。


「進展……などという言葉では足りない」


「私が向こうで学んだことは、

 この世界の“常識”そのものを覆すだろう」


フリードリヒは肩をすくめる。

「それを言うなら、死者の蘇生自体がすでに常識外ですな」 「そもそも、魔王襲来の時点で常識なんて消えてますし

まあ、構いません。今後の技術に応用できるのであれば」


イザベラが一歩踏み出す。

「アレリア様……今後、聖剣教会をどのように導くおつもりですか?」


「課題は山積みだ。大聖堂で述べた復興と制度改革」


「それに――魔獣の管理。これは、ひよりの意思を受け継ぐ」


「そして……」


「異次元の魔術の研究だ」

会議室に、静かな緊張が走った。


フリードリヒが静かに頷く。

「なるほど……それは実に興味深い

研究は、どこで行うおつもりで?」


「一任はセリアに任せる予定だ。マーキスク国の研究所で行う」


「…………承知しました。ぜひ、私も協力させていただきたい」


「もちろんだ。ただし、情報はエドマールとも共有してほしい」


「……ふふヨーレ殿のほうが都合がよろしかったかな

――了解しました」


アレリアは視線をイザベラへ向ける。


「イザベラ。引き続き、治安管理と、蘇生者の戸籍整理を任せたい。可能か?」


「はい、喜んでお引き受けします」


「サマエル貴方にも、治安管理と魔獣に関する対応を頼みたい」


「……ええ、分かりました」


一拍、沈黙。


やがてサマエルが、ためらうように口を開く。


「……ところで、アレリア様」


「どうした?」


「ヨーレ殿は……」

言葉を選びながら、彼は続ける。

「貴方は、ヨーレ殿に会うことができるのですか?」


「……会うつもりだ」


サマエルは深く息を吸い、そして頭を下げる。

「それならば……どうか、謝罪と感謝をお伝えください」


「…必ず伝えよう」


会議室に、静かな決意が満ちていく。

聖剣教会を筆頭に――

ウェルミールは、新たな時代へ踏み出そうとしていた。

魔王という「絶対的な脅威」は去った。

だがその代償として生まれた、第二の障害。

死者の蘇生による混乱。

制度、信仰、秩序、そして人の心。

人類は今、剣ではなく、選択と責任によって試されようとしていた。

それでも―

この世界は、前に進むことを選んだ。

次の困難へ向かうために。

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