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第五十六話 余韻の後

魔物が倒れ、戦場に人だけが残された。


そこには、さまざまな感情が渦巻いていた。

歓喜する者、完全な安堵に崩れ落ちる者、そして――

仲間の亡骸に縋り、声も出せず涙を流す者。


勝利は等しく訪れたが、

誰ひとりとして、同じ形では受け取れなかった。


ドーツル国でも、勝利の報せは瞬く間に広がり、

街という街から、地鳴りのような歓声が響き渡った。


その中心、謁見の間にて。


フリードリヒ・アルノールトは、窓の外を静かに見つめていた。


「……ふむ。まずは、ご苦労だったな」


まるで、すでに次の盤面を見据えるかのように、淡々と呟く。


「さて……今後しばらくは魔力の覇権を巡る争いが始まるだろうな……」


誰に向けた言葉でもなく、

それは世界そのものへの宣告のようだった。


――そして、戦場。


ゼルハザの巨体の傍らで、

ガロスは地に横たわっていた。


(……あぁ……もう、痛みも感じねぇな……)


電撃に焼かれた肌。

致命的な内傷。

呼吸一つでさえ、限界だった。


(……まぁ……目的は、果たし……たか……)


視界はぼやけ、まぶたは重い。

微かに開けたその先に――


そっと、少女の姿が立っていた。


黄金のオーラに包まれ、

白くなった髪と、真紅の瞳。

けれど、その表情だけは、変わらず優しさに包まれてた。


「ガロスさん……」


柔らかな声が、耳に届く。


「あぁ……ひよ……り、か……」


かすれた笑い。


「……その姿……やったんだな……」


息を吸う力すら、もう残っていない。


「……ありがと、よ……俺は……セリアと……コーに……」


言葉の途中で、意識が途切れかける。

ガロスは、自分の「最期」を悟っていた。


「ガロスさん……大丈夫……

もう、大丈夫です」


ひよりはゆっくりと杖を地面に突き立て、両手を添える。


静かに、しかし圧倒的な力をもって、

巨大な魔法陣が戦場に展開された。


幾重にも重なる光の紋様が、大地を、空気を、命を包み込む。


パァァァァ――――…………



その次の瞬間。


焼けただれた肌が、音を立てて再生していく。

砕けた骨が、内側から正しい位置へと引き戻される。

裂けていた内臓が、元あるべき姿へと編み直されていく。


「……お……おぉ……!?」


身体の奥から、熱い力が湧き上がる。


視界がはっきりし、肺が深く息を吸い込む。


光が、ゆっくりと消えていく。


「身体が……傷が……治ってる……?」


呆然と、自分の掌を見つめた。


「……滲身の治癒力なんてもんじゃねぇ……」


ガロスだけではなかった。

戦場に倒れていた者、うずくまっていた者、瀕死の者

ひよりの放った光に包まれたすべての者が、

まるで時間を巻き戻されるかのように、傷を癒されていった。


裂けた肌はふさがり、砕けた骨はつながり、

止まりかけていた命の鼓動が、再び強く打ち始める。


「……な、なんだ……?」


「痛みが……消えてる……?」


「生きてる……俺、生きてるぞ……!!」


魔王との死闘のあとだというのに、

戦場は再びざわめき出す。


その中心にいたひよりに、ガロスは目を向けた。


「……ひより……お前……」


彼女は、かすかな微笑みを浮かべた。


「アレリアさんが使うはずだった……無限の魔術です。 ガロスさん……みんな……ありがとうございました……」


「……まったく。何度、奇跡を起こせば気が済むんだ……。 セリアとコーに、会いそびれちまったじゃねぇか……」


「あはは……しばらくは、会えそうにないですね。 ……あっ……他に、怪我人は……」


ひよりは、ゆっくりと周囲を見渡した。


だが――


シュゥ…………


まるで霧が晴れるように、彼女の姿が変わっていく。


白銀の髪は、見慣れた淡いピンクへ。

真紅の瞳は、優しい茶色へ。

全身を包んでいた黄金のオーラも、跡形もなく消え去っていく。


ドサッ――


ひよりは、その場に崩れ落ちた。


「ひより!!」


ガロスが、慌てて駆け寄る。


「おい、しっかりしろ!! ひより!! 頼む……!!」



ーーーー




マーキスク国

聖剣大教会。


高く聳える天井、その奥に設けられた教壇の前に、人々が静かに集っていた。

まだ戦火の煤の匂いが衣服に染みついている者もいる。だが、それでも人々の顔には、確かな安堵が浮かんでいた。


教壇に立つのは、大剣皇ロヴ・マグヌス。

その厳格な表情は、今日に限ってどこか柔らい。


「世界を救い、未来をもたらした者たちへ…… そして、立ち上がった人類すべてへ…… 聖剣教会を代表し、深い感謝を捧げる」


静かな、しかし力強い言葉だった。


その視線をまっすぐに受け止めるのは、


ガロスだった。


「……ありがたいです」


短い言葉だったが、そこにはすべてがこもっていた。


この日、人類は確かに

「明日」と「未来」を掴んだのだ。




式典が終わり、長い回廊を一人歩くガロス。

石造りの床の上に、重たい足音が響く。


「私からも、直々に感謝する」



現れたのはフリードリヒだった。


「いえ……あなたの、いや……人類の協力があってこそです」


「ところで……本当に、ヨーレ殿は無事なのか?」


「ええ……ご安心を」


「そうか」


「まあ、しばらくは魔力が尽きて戦闘には参加できませんがな。  教会の件も含めて……今後は何かと忙しくなるでしょう」


「ふむ…なるほど…私はただ、身の心配をしただけだ」


「……今は、それを信じましょう」



夕方。


騒がしかった街も、ようやく落ち着きを取り戻しつつあった。


人けのほとんどない河川敷。

朱色に染まる空と、水面に揺れる光。


そこに、一人の少女が座り込んでいる。



「やっと落ち着いたぜ……まったく、なんで代わりに俺が行ってんだか」


少し離れた場所で、ガロスが苦笑混じりに言う。


「うう……それはすみません……でも、本来ならアレリアさんが受け取るはずだったので…… その……私は、この世界の人じゃありませんし……」


「まぁ……そういう、ちっちぇ話じゃねぇと思うがな……」


ガロスとひよりは、しばらく言葉を交わさずに座っていた。

川のせせらぎだけが、静かに耳に届く。


それぞれが、それぞれの思い出を辿っていた。

戦いのこと、失ったもののこと、そして守り抜いたもののことを――。


「……終わっちまったな。俺ら勇者一行の旅は……」


ぽつり、とガロスが呟いた。


「……そうですね」


ひよりも、静かにうなずく。


「俺は……まだまだやることがある。ひより、お前はどうする? 元の世界に、戻れそうか?」


少しだけ間を置いて、ひよりは口を開いた。


「……実は、無限の魔術を使ったとき……一瞬、変な空間に移動したんです。 そこで……たぶん、アレリアさんに会いました。本当に、一瞬だけですが……」


「……!?!」


ガロスは思わず、身を乗り出す。


「それは……本当か!?」


「はい。きっと……アレリアさんも、私の世界のエターナルの呪文を成功させたから…… だから、あの空間で繋がれたんだと思います」


「ってことは……戻れるのか……?」


「今はまだ……魔力が回復していません。 でも……また試してみようかなって思っています。 それに……アレリアさんが帰ってくるまで……私も、この世界でできることをしたくて……」


ガロスは、頭をぽりぽりと掻きながら、少し困ったように笑った。


「実はよ、魔王が死んだと同時に、ドーツル周辺の魔物や魔王支配下の魔獣もくたばっちまったらしいんだが…… 世界各国にいる魔獣までは、消えてねぇらしい。 むしろ、逆に活発化してる地域もあるとかでよ……」


「魔獣や魔物に関しちゃ、まだまだ謎が多いしな…… フリードリヒ剣儀卿からも、すぐに討伐依頼が来るだろうな」


そして、ひよりの方へ視線を向けた。


「……しばらくの間、俺と一緒にどうだ?」


「……魔獣……」


ひよりは小さく呟く。


「それなら……分かり合えそうな気がします」


「……? なんだ?」


「い、いえっ……!一緒に、行かせてもらいます!」


少し照れたように笑う。


「そうか、そりゃありがとよ。 まぁ幹部や魔王に比べたら、張り合いはねぇかもしれねぇがな!」


夕焼けの中、二人の影が並んで川辺に伸びる。

戦いは終わった。だが――物語はまだ、続いていく。


数日後、ドーツル国。


国全体はいまだ、魔王を打ち破った余韻に包まれていた。

崩れ落ちた建物の瓦礫は少しずつ片づけられ、瓦礫の隙間からは、逞しく芽吹いた草が顔を出し始めている。

街を行き交う人々も、日に日に増えていた。


傷を負った大地は、確かに回復の兆しを見せている。


だが

ドーツルという国は、すでに「次」へと足を踏み出し始めていた。


簡素な軍用テントの中。

机の上に広げられた地図には、赤い印がいくつも打ち込まれている。


フリードリヒは、静かに息を吐いた。


「すまんな、ガロス。魔王討伐の影響で、戦闘可能な兵はかなり限られてしまった」


「いえ……半数以上を失いましたからね。

それに、魔獣相手では……どのみち、一般兵では荷が重すぎます」


フリードリヒは、地図上の一点を指でなぞる。


「ここだ。最近になって、この一帯で“赤色解放個体”が確認された。 形状は象の魔獣らしいが……これまでの個体とは、性質が明らかに違う」


「……魔王が消えた途端に、ですか」


「そうだ。調査…そして、可能であれば討伐を任せたい。補助は全面的に行う」


少しの沈黙の後、ガロスは肩をすくめた。


「この程度なら、俺とヨーレで十分でしょう。

 そちらは、復興に専念してください」


「……感謝する」


それだけ言うと、フリードリヒは視線を地図へと落とした。


テントを出ると、外の空気がひんやりと頬を撫でた。

少し離れたベンチに、ひよりが座っている。


「よし、行くか、ひより」


「はい!」


ひよりはまっすぐ立ち上がり、ガロスの手を取る。


二人の身体はふわりと宙へと浮かび上がり、風を切って、目的地へと飛び立っていった。



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