第53話 マジェスタリアを救え!
惑星と融合し、巨大な星魔神と化した
マジェスタリア・ジュピター。
その巨大な顔は宇宙一面に浮かび、
狂気じみた笑い声を響かせる――。
『アハハハハ!喰らいなさい!!
ディスペア☆ビーム!!!』
ドォォォォォン!!
暗黒の奔流が星間を裂いて襲いかかる。
「フッ!!」
アレリアは黄金の輝きをまとう聖剣を掲げ、
その極大魔法を受け止める。
キィィィィィン!!
『弾いた…?嘘でしょ…?この私の攻撃を…?』
「す、凄いのだ…アレリア…!!」
受け止めはできる
しかし形勢は完全に防戦一方。
お互いに戦場を見極めようとしていた。
「……だが、これでは埒が明かないな」
『くそ… くそくそくそ!!!こんなはずじゃない……!
勇気なんて感情が……そんなに強いわけ…!?
私の絶望は……もっと…、もっと濃いはずなのに……!!』
怒気に呼応するように惑星全体が悲鳴を上げる。
巨大な胴体がねじ曲がり、
裂けて“口”が開いた。
『こうなったら…ブラックホールで
何もかも飲み込んでやる!!』
ズズズズズ……ッ!!
存在しないはずの空気が震え、
宇宙そのものが軋む。
「あわわわ……アレリア……どうするのだ……!」
アレリアは目を細め、惑星全体の魔力の流れを見る。
「…………感じる……」
「……え?」
「中だ。あの内部に……彼女の“真核”がある。
つばきに憑依した時と……同じ感覚だ」
「そ、そうなのだか!?」
「行くしかない」
チュチュが慌ててアレリアの肩にしがみつく。
「危ないのだ!!あれは……戻ってこれなくなるのだ……!」
「だが……今しかない。
ブラックホールが完成すれば、何もかも終わる。
チュチュ、ここからは私一人で行く。大丈夫だ…」
絶望のエネルギーが中心に集まり、
渦となって世界を呑み込もうとしていた。
チュチュの瞳に涙が浮かぶ。
「……アレリア……必ず帰ってくるのだ……!」
アレリアは微笑み、チュチュの頭をそっと撫でる。
「もちろんだ。勇者は、無謀なことはしない。
必ず……彼女を救って戻る」
アレリアは聖剣を握り直し、
漆黒の重力へと飛び込んだ。
黄金の軌跡が黒い口に吸い込まれていく。
こうして、アレリアは
マジェスタリアの内なる深淵へと突入した。
ーーーー
マジェスタリアの体内
そこは、想像を超えた“虚無”だった。
アレリアがどれほど強く光を発しても、
周囲は微動だにしない。
影もなく、反射もなく、気配さえない。
音も、匂いも、温度もない。
五感すべてが切り落とされたような完全なる漆黒。
「……何も見えん。何も……感じないな」
胸の鼓動だけが、自分が存在している証拠だった。
しかしアレリアは歩みを止めなかった。
彼女がまだどこかにいると信じていたからだ。
そして、その闇へ向かって叫ぶ。
「マジェスタリア!!
お願いだ、君と話がしたい!!
さっき魔法使いから君の過去を聞いた……
私は……君を理解したいんだ!!」
返事はない。
ただ、虚無が続く。
アレリアは歩き続け、声を枯らし、それでも諦めず叫び続けた。
『……私を……理解したい……?』
その声は
ひび割れたガラスのようにかすれ、
そして甘ったるい憎悪が混じっていた。
「……!?」
声がした方向へ反射的に向き直るが、
視界は依然として闇に沈んだままだ。
「……そうだ。私は君を倒すことなどできない。
君は救われるべき存在のはずだ」
アレリアは静かに言葉を紡ぐ。
「期待され、重圧を背負い、
優れた才能が“当然”と扱われて……
一度でも人並みになれば、
勝手に期待の目から失望へと変わる……」
闇の奥で、ふっと笑う気配が揺れる。
『分かった気を…』
『ウェルミールの奇跡……百年に一度の天才……
アハハ……確かに、似てるかもね』
「…私の記憶を覗いたな」
『ええ。見せてもらったわ。
でもね…違うの』
『貴方にはね……
“黒くて醜い負の感情”が……足りないのよ』
その言葉が、闇に嫌な湿り気を広げていく。
『絶望も、嫉妬も、怒りも、孤独も……
私ほど染まりきっていない。
こんなんで私を理解したつもり……?
とても、とても……笑っちゃうわ』
「……本当に、そうか?」
虚無空間が、わずかに震えた。
『ええ……貴方もそれなりに理不尽は受けてきたようだけど……
私に比べたら、可愛いものよ』
闇の中心から、ねっとりした声が響く。
『良かったら――体験してみる?
私の本物の理不尽を』
「まさか、君から持ちかけてくるとはな……
いいだろう。お願いだ」
アレリアは一歩程前へ進み出した。
その瞬間――
黒が裏返り、空間がひっくり返るような感覚。
ーーーー
「……はっ……!?」
アレリアが目を開くと、
そこはトーキョーでもウェルミールでもない。
どこか絵本めいた、不思議な世界だった。
家々は丸っこく歪み、
人々は童話の登場人物のような服を着ていて、
その横には当たり前のように
ふわふわ浮かぶ小動物のような使い魔が行き交っている。
空気は明るく、幸福そのものに満ちていた。
(惑星ドール……か?)
そう呟く暇もなく、
広場の中心に座らされている自分へ気づく。
そして、その前には
大勢の人々が長い列を作っていた。
「アレリア様!!今日もよろしくお願いします!!」
「……む? 何をだ?」
すぐ近くの住民が目を輝かせて言う。
「何をって……!ドールの召喚ですよ!
貴方は、我々の希望なんですから!」
アレリアは思わず自分の両手を見る。
小さい。
体格は少女のもの。
鎧も剣もなく、ブカブカの魔法使いのローブを着ていた。
「……また少女の姿か。
マジェスタリアの記憶の再現ということか……」
仕組みはわからない。
だが“両手をかざせばドールを生み出せる”ことだけは
なぜか直感的に理解していた。
列の先頭の男が胸を張る。
「私は海を泳ぐためのドールが欲しいんです!!
夢だったんですよ!」
アレリアは息をつく。
「……なるほど。了解した」
両手をかざすと、
光が集まり――
ポンッ!
可愛らしい怪人が生まれた。
「ウオウオ!私はオヨーギョ!!」
「おおおっ!!ありがとうございます!!
これで海の向こうへ行ける!!」
男は涙を浮かべて喜び、
周囲も拍手して祝福する。
アレリアがドールを生み出した直後
頭の奥に、冷たい笑い声が響いた。
『アハハ……いい感じね。
これから私と同じように貴方にもせっせとドールを作ってもらうから』
「これくらいの事……と思いたいが……
君の話を聞く限り、そう簡単ではなさそうだな」
『そのと〜り。
ドール1匹作るだけでも、結構“魔力”を持っていかれるの。
ほら、もう感じてるでしょ?』
「……なるほどな……これは……」
アレリアは腹の底を押さえた。
まるで――
自身の中の栄養をごっそりむしり取られるようだった。
手足がじんじん痺れ、
腹部はきゅうっと締めつけられ、
頭の奥が空っぽになっていく感覚。
(……魔力を奪われているという感覚……とは違う。
生命力を分け与えているような……そんな……)
次の住民が勢いよく駆け寄ってくる。
「アレリア様!次は私ですわ!
もっと!もっと美しくなりたいの!!」
「う、うむ……」
アレリアは再び光を生み出す。
ポンッ!
「リープップ!私はコスメーラ!」
「きゃー!!ありがとう!!」
少女は満面の笑みで去っていった。
アレリアは胸を押さえる。
「ふぅ……2体目でこれか……」
だが、列は途切れない。
3体目。
4体目。
10体目。
アレリアの呼吸は乱れ
視界の端が白く霞み始めた。
そして15体目を出した時。
「……はぁ……はぁ……少し……少し待ってくれないか?」
列の住民が目を丸くする。
「えっ……?もう休憩、ですか?
わ、わかりました……えっと……どれくらい……?」
アレリアが答える前に。
『アハハ!情けないね!
まだ15体“しか”作ってないのに!!』
アレリアはゆっくり目を閉じた。
「……ふぅ……私の世界の魔術とは……
根本的に消費するものが違う……
本当に……君はこんな過酷な労働を……たった一人で……」
静かに呟く。
それは、軽い共感ではなく
心からの理解が芽生え始めた瞬間だった。
アレリアは、目を閉じてゆっくり呼吸を整えた。
気分は、ほんの少しだけ軽くなる。
だが――
(……魔力は……まったく戻らない……)
それでも、目の前には長蛇の列。
期待のまなざしが、彼女の休息を許さない。
「……あの……そろそろ、いいでしょうか……?」
住民の遠慮がちな声。
アレリアは力を振り絞って顔を上げる。
「あ、ああ……すまない。君は、何を望む?」
「私は……絵を描くドールが……ほしくて」
「了解だ……」
ポンッ!
「スケッチ〜!吾輩はイーラストン!
素晴らしい絵を描いて見せよう!」
16体目のドールが現れた、その瞬間
ズンッ……
全身を砕かれるような眠気が、どっと押し寄せた。
「……眠い……すまないが……今日は……ここまで……だ」
予想以上の消耗に、足取りがふらつく。
だが住民は――
「えぇ!?困りますよ!このあと必要なのに……!」
アレリアは振り向くことすらできず、ただ一言。
「悪いが……自分で……なんとか……してくれ……」
フラフラと、ひたすら足を引きずる。
背中に届くのは
感謝ではなく、呆れたような捨て台詞。
「……そりゃないですよ……」
胸の奥に、重い石が沈む。
ようやく辿り着いた小さな家。
そこはアレリアの家ではなく
マジェスタリアがかつて暮らしていた部屋。
扉を閉めた瞬間。
『お疲れ様。アハハ……今日初めて“お疲れ様”と言うのが私だなんてね』
闇に溶けるような声が響いた。
「……そうだな。ありがとう……とは言ってくれても……
労いは……一度もなかったな……」
『ウェルミールの人々のほうが
よっぽど気遣いができるかもしれないわね。
さ、明日のために寝ましょ。』
「………………」
返す気力すら残っていない。
アレリアは、服も脱ぎ捨てられぬまま、
小さなベッドへ倒れ込んだ。
そして――
抵抗する暇もなく、深い、深い眠りへ落ちていった。
次の日も――
その次の日も――
アレリアはただ、ひたすらドールを創り続けていた。
「……これで……725体目か……」
「や〜っと手に入った。ありがとさん。」
受け取った住民は満足そうに去っていく。
だがそこに、感謝の余韻はない。
最初にあった憧れは消え、
今となっては“当たり前”。
休んでも休んでも、魔力は回復しきらない。
頭は重く、胸は圧し潰されるように痛む。
「……これは……辛いな……マジェスタリア……」
心の奥で、アレリアはぽつりと呟いた。
『そんな表面的な同情はいらないわ。
まだ700体程…』
「確かに……君は1000体つくったのだろう。
なら……私も……やってみせるさ」
『へぇ……言うじゃない……?』
-
そして──
1000体目。
「……ふぅ……これで………」
最後のドールを作った瞬間、
アレリアは膝をつきそうになるほどの疲労に襲われた。
だが住民は当然のようにドールを引き取り、
感謝の言葉ひとつなく背を向ける。
(……この世界の住民は……責任感がないのか……?
どうなんだ……マジェスタリア……)
ここまでで、ひと月が経過していた。
アレリアが問いかけると
返事がない。
「……?どうした?」
『………………認めない……』
その声音は、どす黒い怒りを孕んでいた。
『貴方……相変わらず……私をイラつかせるのね……』
「私はただ……君を理解したいだけだ。
だから――」
パッ――ッ!
世界が弾けるように色を変える。
アレリアの目の前に広がるのは、
初日に見たあの光景。
「アレリア様!!今日もよろしくお願いします!!」
「…………何だと?」
列に並ぶ住民。
期待の視線。
疲れの一切ない身体。
ループしている。
強制的に“1体目”からやり直されている。
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『認めないッ!!わ、私を……ッ!!』
『理解するというなら……もっと……もっと……もっとよ!!!
私の“理不尽”を、貴方の心に刻みつけなさい!!』
「……君は、これを望むのか?」
『望むとも!!
私が満足するまで……この地獄を、永遠に繰り返しなさい!!!』
アレリアは静かに目を閉じる。
そして――
「……分かった。
君が満足するまで……好きなだけ繰り返すがいい」
声には揺らぎがなかった。
アレリアの長く、深く、
絶望に染まる“理解への試練”が始まった――。




