第五十二話 天駆ける漆黒
ギュン…! ギュン…!
黒い閃光が、空を切り裂くように放たれる。
ひよりは飛行の軌道を鋭く変え、
華麗にすり抜けていく。
「――ラブリー☆ビーム!!」
キィィィィン!!
白い反撃が、一直線に魔王へ。
だが魔王は、片手を軽く上げ結界を展開し、
光を霧散させた。
「ふむ。威力は上がっているな。
攻撃に溜めを集中できている証拠だ」
まるで弟子の成長を褒めるかのように、
魔王は余裕の様子。
「飛行……空中浮遊……」
赤い瞳がひよりの軌道を追う。
「思ったより複雑ではなさそうだな。
解放……いや、滲身まで応用しているか。……どれ」
魔王はその巨体をわずかに沈め
グゴゴゴゴ……!!
地面を離れ、ゆっくりと浮き上がってきた。
重力に逆らうように、黒い魔力が渦を巻く。
少しずつ…そして確実にひよりに近づいてゆく。
「そんな……!?」
「感謝しよう、私にもまだ学ぶ余地があると分かった」
浮遊を完全にコントロールした魔王は、
そのまま翼も無いのに空中を滑るように前進した。
そして――
「では、空の戦いを始めるとしようか」
グワッッ!!
飛行を習得したばかりとは思えぬ速度で、
魔王がひよりへ飛びかかってきた。
「っ……とにかく距離を……!!」
ひよりは全力で加速する。
身体が空気を切り裂き、
飛行機のような轟音を残して急上昇。
その速度は凄まじく、
魔王との距離は一瞬で広がっていった。
「やっぱり…!向こうは飛行を覚えたばかり……空中では私まだ私が有利…!」
しかし――
追う魔王は、距離が開くたびに
淡々と言葉を重ねる。
「技量は……お前の方が上か、だが――」
その赤い瞳が、不気味に輝いた瞬間。
ひよりの前に、黒いもやが発生した。
パッ……!
「……え?」
次の瞬間、
空間が歪んだように視界が揺れ
魔王が目の前に現れた。
「飛行……面白かったぞ」
ゴシャッ!!!
拳がひよりの腹を貫くほどの衝撃で叩き込み、
肺から空気が一瞬で抜けた。
「あ……っ……が……ッ!!」
体勢を崩し、空へ投げ出されるひより
その手首を、魔王が無造作につかんだ。
強くもなく、弱くもない……
逃げられぬの握力。
「まだくたばるな…もっとだ。
もっと見せろ。」
「あ……っ……か……は……っ……」
酸素が喉に入らない。
胸が焼けるように痛い。
魔王の力は
ひよりの想像の、さらに上にあった。
その下…地上の戦場。
「ウーリスさん……あれ……」
ロベルトの震えた声が、戦火の中でかすかに響く。
ウーリスは空を仰ぎ、息を呑んだ。
そこには
ひよりを片手で弄ぶように掴み、
悠然と宙に浮く“絶対的存在”がいた。
「あれが……魔王……」
誰もが理解した。
これまでの魔物とは次元が違う。
世界を黒く染めた元凶、まさしく絶対悪。
「かっ……解放部隊!!構えろ……!!」
「ダメです!ヨーレ様が!!」
「くそっ!!」
魔物と交戦しながらも、
兵士たちの視線はどうしても空へ吸い寄せられる。
その圧力は、見るだけで心が折れそうになるほどだった。
「鬱陶しいな……」
魔王がつぶやく。
その瞬間、また黒いもやが空中に広がった。
次の刹那。
魔王とひよりの姿は、
地上のど真ん中へ転移していた。
「っ……!?」
魔王はひよりを前に突き出し、
戦士たちへ残酷な見せしめのように語る。
「さぁヨーレ、よく見ておけ。
もっと努力しなければ、こうなる。」
「総員!!結界を張れ!!!」
「おおおおおお!!!」
レストリア随一の結界使い、
ウーリスとロベルトを中心に
厚い防御陣が瞬時に展開される。
「だ……だめ……逃げて!!!」
ひよりは掠れた声で叫ぶ。
だが――遅かった
ゴォオオオオオオッッ!!!
絶望を焼く“黒い熱の奔流”。
悲鳴すら許されない。
抵抗も、逃走も間に合わない。
魔王討伐を誓った戦士たちは、
次の瞬間には影すら残さなかった。
地面は抉れ、
黒焦げの残骸が風に散った。
ひよりは目を見開いたまま震え、
喉の奥から押し殺した悲鳴のような息が漏れた。
「はぁ……っ……はぁ……っ……そんな……!そんな……!!」
魔王は、面倒そうに指先の汚れを払う。
「ふむ……やはり虫どもでは、遊びにもならぬな。」
その冷淡すぎる言葉が、
今消えた命すべてを侮辱していた。
次の瞬間、
魔王は再び黒いもやを広げ――
二人の姿は、再び城の最上階へ。
ひよりの体は床に投げ捨てられ、
鈍い音が響いた。
ドサッ。
「……くっ……ッ……」
「やれるのだろう?まだ魔力に余力を感じるぞ。」
ひよりは、血と涙で濡れたまま
震える脚でフラフラと立ち上がる。
(また……またみんな……私のせいで……ごめんなさい……!)
胸が潰れるほど痛く、
息が擦り切れるほど苦しい。
それでも。
(それでも……私は……この世界を……絶対に救う……!!)
ひよりの体が、白く光り始めた。
「魔力が……上がった?総量は基本決まってるはずだが……」
怒り、悲しみ、喪失…しかしそれ以上に
必ず助ける…世界を救うという慈愛
感情に呼応するように、ひよりの魔力が膨れ上がり続ける。
「私は……貴方を……倒す……ッ!!」
キィィィィィィッッ!!
杖の先端から溢れ出す光。
ひよりの魔力は、まだ成長を続ける脈動のように震えていた。
「なるほど……感情が源か、ますます興味深い。」
魔王の笑みは、
まるで新しい玩具を手に入れた子供のようだった。
「威力勝負といこうか。」
魔王は片手をゆるりと掲げ、
漆黒のオーラを静かにしかし底知れぬ密度で溜め込み始めた。
ズォア…
相変わらずその顔には、
試しているような余裕しかない。
キィィィィィ……
ひよりの杖の先端が白く唸り始める。
(ここに……全部込める……!!
ここで倒せなきゃ……もうチャンスはない……!
お願い……セリアさん……!!)
グワッ!!
空間が強烈に震え、
ひよりの周囲に光の粒子が渦巻いた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
ひよりの魔力が一点へと収束していく。
魔王が低く笑う。
「いい魔力だ……来い」
ひよりは叫ぶ。
「ラブリー☆――バースト!!」
カッッッ!!!
純白を通り越した極光が誕生し、
轟音と共に一直線で魔王を貫こうと奔った。
ギュオオオオオオオッッ!!!
あまりの圧力に、城の天井が軋み、
床の魔法陣が裂けていく。
対する魔王は――
「……ふんッ」
ゾアッ!!
漆黒の魔力を凝縮した解放を片手で撃ち放った。
“黒い星”のような魔弾。
ひよりの光と真正面からぶつかり合う。
バチィィィィィィィインッッッ!!!
光と闇――
2つの極大魔力がぶつかり、空間が悲鳴を上げた。
床が波打ち、
壁が砕け、破裂する。
「押せ……ッ!!押せぇぇ!!!」
ひよりは全力で魔力を注ぎ込み、
魔王の黒の奔流を少しずつ
ほんのわずかずつ押し返していく。
だが魔王は、
余裕な声で言った。
「よし……そこからだ。もっとだ、ヨーレ」
魔王は、まだ片手。
「ッ……く……!!ぁあああああ!!」
ひよりの光はついに黒を押し始めた。
だが――魔王の表情は変わらない。
「では……少しだけ力を込めてやろう。」
魔王の足元の空間が沈む。
ズォンッッ!!
黒の解放が一気に増幅し、
光を押し返す。
「っっ……!!?負け……ない……!!」
ひよりは声を震わせながらも踏みとどまり、
光は再び伸びる。
押し返され…押し返し。
光と闇が、城を境に裂け目をつくり、
天地を分断するかのように激突した。
ついに魔王は笑った。
「これだ…!これが、私の望んだ“暇つぶし”だ。」
ひよりは歯を食いしばり叫ぶ。
光が一段階、またひと段階と強くなっていく。
感情がそのまま魔力に変わるように。
ギリギリギリギリギリギリギリ!!!
白と黒
光と闇
互いの魔力がねじれ合う。
(行け!私…!!私は魔法少女!……!!……!!
ここで……魔王を……!!!)
ひよりは自分の魔力全てをその一点へ注ぎ込んだ。
心臓の鼓動すら光に変わるほど、
全身全霊で光を押し込む。
ギリギリギリギリ!!
魔王の目が赤く細められる。
「まぁまぁな威力には……なったな……ハァ!」
ゴアッ!!!
魔王がほんの“わずか”力を込めた瞬間、
黒が爆ぜた。
白い光は徐々に、
だが確実に押し戻されていく。
「や……だ……!!
負ける!!負けるもんか!!!」
ひよりは感情のまま、
涙まで光として燃やし、
さらに魔力を注ぎ込む。
しかし――
押し返せない。
どれほど力を込めても、闇は揺らがない。
逆に黒い奔流は、じり、じり、と白を削っていく。
(なんで……?
まだ……足りないの……!?
こんなに……想ってるのに……!!
こんなに……願ってるのに……!!)
照り返す闇の圧力は
絶望そのもの。
魔王は一切の焦りなく、
ただ冷静に、静かに言った。
「感情……想い……力になるのは素晴らしい。
だがな、その程度の激情で、私に届くと思ったか?」
黒がさらに増幅する。
ズグォォォォォォ!!!
光はついに後退し始めた。
「いけぇえええええ!!!!」
声が枯れようが構わなかった。
腕が裂けても、魔力が尽きても、
ここで終わるならもうそれでいい
そう思えるほど、ひよりはすべてを注ぎ込んだ。
ゴアァッ!!
白と黒の渦が弾け、
衝撃波が天井を砕き、石壁を震わせる。
──そして…
シュゥ……
パラ……パラ……
戦場に静けさが戻ったとき、
ひよりは床に仰向けで倒れていた。
「久しぶりに……楽しめたぞ
お前は、やはり良い。」
魔王の声はまだ冷静だった。
息一つ乱れていない。
「………………」
ひよりの魔力は、もうほとんど残っていない
指先すら震え、立つこともままならない。
「立て。まだやれるのだろう?」
「……………」
「私を倒すのでは……なかったか?」
プルプル……
ひよりは、もう気力だけで身体を起こしていた。
「ラ……ラブリー☆ビーム……」
チリ……パッ!!
か細い光線が魔王の胸に触れる
痛みどころか、魔王は瞬きすらしない。
「……もう終わりか?」
ひよりの元へゆっくり歩いてくる魔王
その足音が石の床に、乾いた死刑宣告のように響く。
「は……は、…はぁ……」
目の前の悪。
セリアも、コーも、兵士たちも……
全てを奪った張本人。
「はぁ……はぁ……!」
震える拳を握りしめ
ぽすっ、ぽすっ。
滲身すら使えない拳で、
ただポコポコと魔王の胸を叩く。
まるで泣きじゃくる子供の抵抗のようだった。
「……ここまでだな」
ゴシャァッ!!
魔王の拳がひよりの腹部に沈む
骨がきしむ、肉が裂ける感覚。
「ごっ……は……っ……!」
ひよりは床を滑り、
壁に叩きつけられ、崩れ落ちた。
意識が遠のいていく
身体が動かない
魔力も枯れた。




