第四十八話 人類の挑戦、魔王対面
ヴァレンタ城…魔王の居城まで、あと数キロ。
黒い霧が大地を覆い、雷鳴が空を裂く。
人類軍は進撃を開始していた。
「……魔王の城、かつてウィール様が突入して以来、数多の勇士たちが挑んだが、帰還できた者は、彼ただ一人だった。」
ガロスが前線車両の上で語る。
確かな覚悟を帯びていた。
「今回は、俺たち全員で行く。総員――魔車、前進ッ!!」
ガラガラガラッ!!
高出力の魔車が一斉に動き出す。
「行け、ひより!!」
「はいッ!!」
ゴウッ!!
ひよりは魔車の隊列を追い抜き、
一陣の光となって空を駆け抜けた。
ピンクの衣装の裾が風を切る。
聖剣協会の戦旗を背に、ただ一直線にヴァレンタ城へ。
奇妙な静けさだった。
魔王の支配領域だというのに、魔物の影はどこにもない。
まるで、彼女を迎え入れるかのように。
(……罠かな?でも迷ってる暇はない)
眼前に、荘厳な城が姿を現す。
古代の聖堂を思わせる白銀の外壁、
そして黒い塔が幾重にも伸びる異様な造形。
まるで“神と悪魔の狭間”を象徴するかのようだった。
「これが……魔王の城……。」
ひよりは呟き、突入経路を探そうとしたその時。
「ギィィアアアアアア!!!!!!」
大地が揺れる。
下方から、耳を劈くような咆哮。
黒い鱗、漆黒の翼、赤く燃える眼。
その姿は、再び現れた“災厄”そのものだった。
「……ゼルハザッ!!」
魔王の側近、最強の幹部。
炎と雷を操る黒竜が、地を蹴り上げて飛翔する。
ゴォォォォ!!!
灼熱の閃光がひよりを襲う。
肌を焦がすほどの熱気。
思い出す、あの時の地獄。
「くっ……!でも……!」
ひよりは目を凝らした。
片目が……ない!
コー・シンが拳で貫いた左眼の跡が、今も爛れたように潰れていた。
「コーさんの……仇……。
でも、今は――ここで立ち止まるわけにはいかない!」
ひよりは急加速し、竜の懐に潜り込む。
杖を構え、魔力を凝縮。
「ラブリー☆フラッシュ!!」
キュインッッ!!カッ!!
閃光が走る。
本来は攻撃魔法であるその術を、照明・閃光のみに変化させた。
凄まじい光がゼルハザの残った片目を直撃する。
「ギィィィィ!!!」
暴れる黒竜。
巨大な翼を狂ったように振り回し、炎と雷を撒き散らす。
「今だ――ッ!!」
ひよりは竜の咆哮を背に、
一気にヴァレンタ城の正門へと飛び込んだ。
「このまま……入り口へ――!」
ひよりは全力で、ヴァレンタ城の門へと一直線に飛んだ。
しかし、ゼルハザはそんな甘い相手ではなかった。
パリ……ッ。
空気が震える。
竜の体表から細かな電流が走り、周囲に放射されていく。
(――索敵!?)
かつて、死んだふりをしていたコーとひよりを見抜いた電磁波の術。
ゼルハザは視覚を失っていながら、確実に気配で獲物を捉えていた。
ギロリ!
竜の口元がゆっくりとひよりの方へ向く。
カパッ……ジジジジ……!!
高密度の雷光が喉奥に集まりはじめる。
空気そのものが悲鳴を上げるほどの電力。
「そ、そんな……!」
次の瞬間――。
ドンッ!! ドドドドン!!
無数の閃光がゼルハザの全身を撃ち抜いた。
青、黄、赤、様々な属性の魔力が交錯する。
「命中確認!そのまま続けろ!!」
「とにかく、やつを引きつけろ!ひよりに狙いを向けさせるな!!」
ガロスの怒号が響く。
地上では、人類軍の魔導士部隊が一斉に攻撃を放っていた。
ギッ――!!
ゼルハザの首がぐるりと地上へ向き、怒りに満ちた咆哮を上げる。
次の瞬間、竜の口から膨大な光が放たれた。
「来るぞ!!全員、結界展開!!!」
轟音と閃光。
地上が一面の炎と電撃に包まれる。
しかし――それでよかった。
ガロスの作戦は成功していた。
ゼルハザの注意は完全に地上へと向けられ、
ひよりは一瞬の隙に、城門を突破する。
「ありがとう、みんな……!」
背後で雷鳴が響く中、
ひよりはそのままヴァレンタ城の奥へと突入した。
人類のすべての想いを背負って。
ズシィィィィィンッ!!
大地が裂けるほどの衝撃。
ゼルハザが、ついに地上へと降り立った。
漆黒の鱗が雷光を反射し、焦げた地面を爪で砕く。
その片眼には、すでに光が戻っていた。
視力が、回復している。
「くっ……もう治りやがったのか!」
ガロスが歯を食いしばる。
「結界拘束、打てぇッ!!」
指揮の声が響き、数十名の魔導士たちが一斉に杖を掲げる。
ダン! ダン!
光の紐が束となって放たれ、ゼルハザの巨体を絡め取る。
まるで無数の鎖が竜を縛り上げるかのようだった。
「ギッ……ギィィィッ!!」
ゼルハザが怒り狂い、雷を撒き散らす。
しかし、結界の網は確実に締め上げていた。
「この程度で……止まると思うなよッ!!」
ガロスは前へと踏み出し、両手を突き出す。
――バチィィィッ!!
彼自身の魔力が結界に重なり、拘束の強度が跳ね上がる。
無数の紋章が地面に浮かび、竜の体を封じ込めるように光る。
「コー……お前の仇は、俺が果たす!!」
ガロスが吠える。
その叫びに呼応して、兵たちが一斉に攻撃を始めた。
「赤班、解放用意!
黄班、出力増加!
青班、冷却防御展開!」
「了解!!」
無数の魔力光が宙を舞い、
ゼルハザを中心に、三属性の光が交差する。
「撃てぇぇぇぇッ!!!」
ドドドドドドドドドドッ!!!
解放魔法の奔流が一斉に放たれる。
轟音。閃光。焦げた空気。
まさに“人類と竜”の全面戦争だった。
ゼルハザが咆哮する。
「ギィィアアアアアアアアア!!!!」
その音が、まるで空気を引き裂く刃のように響き渡る。
「怯むな!押し切れぇッ!!!」
ガロスの声が戦場全体に響いた。
人類軍、全力迎撃。
その命を懸けた決戦が、今まさに始まっていた。
ゼルハザと人類軍が激しくぶつかり合う中
ひよりは、ただひたすらにヴァレンタ城の内部を駆け抜けていた。
長い回廊。無数の崩れた柱。
どの部屋にも人の気配はない。
ただ、空気だけが異様に重く、魔力の圧で肌が焼けるようだった。
(……ここが、魔王の城……)
そして――
最上階へと続く巨大な扉の前に、ひよりは立っていた。
「……多分、ここだね」
ゆっくりと扉を押し開ける。
重厚な音が響き、空気が凍る。
中は広大な空間――玉座の間。
黒い石で作られた壁には、古代文字のような刻印が無数に光っている。
(……これが……)
ひよりは一歩、また一歩と足を進めた。
この瞬間、胸の中で何かが震えていた。
最初はただの目標だった。
「魔王討伐」という遠い話。
でも……セリアの死、コーの死、そして仲間たちの想い。
そのすべてが、今の自分をここへ導いた。
「……来たか。」
低く、重い声が空間を支配した。
闇の奥
玉座に座すその者は、3メートル近い巨体。
黒曜石のような肌に、赤く光る眼。
漆黒の鎧を纏い、まるで存在そのものが闇のようだった。
「今回は……やけに若いな。」
ひよりは、この時すでに常人を遥かに超える魔力を保持していた。
その総量は、勇者アレリアにも匹敵するほど
いや、もはや上回っていた。
だが、技量という点ではまだ未熟だった。
魔力の流れを読み取り、空間の歪みを感知するような繊細な探知技術
それはセリアやアレリアのような、
長年の研鑽を積んだ熟練の域でなければ扱えない。
それでも、探知の素人であるひよりにすら分かった。
肌を刺すような圧力。
心臓を鷲掴みにされるような重圧。
この魔力は、桁が違う。
それが魔王…いま堂々と目の前にいた。
「どうした? 私と戦うのだろう?」
「……!話が……できるの?」
「出来るとも。その程度の情報すら残せなかったのか」
「……魔王、で……間違いないんだね。」
「お前らが勝手にそう呼んでいるだけだが
まぁ、解釈としては正しい。」
ひよりは一歩前に出た。
声を震わせながら、しかし目は逸らさなかった。
「ひとつ……聞かせて。
なんで……セリアさんや、コーさん……
みんなを、襲ったり殺したりするの?」
魔王の紅い瞳が、わずかに細くなる。
「なんで……そんな酷いことができるの?」
しばしの沈黙――
やがて、魔王はゆっくりと立ち上がった。
「何を問うかと思えば……下らんな。」
「我々には侵略する力があり、それを行使できる意志がある。
それだけのことだ。
理由など不要。存在する者が、ただ存在するように、それが我々だ。」
「……っ……」
ひよりは唇を噛み、拳を握りしめた。
「……やっぱり、分かり合えないんだね。」
「そうだな、私はこの時を待っていたのだ。
お前との対決そして、“魔物と人類”の最終戦争をな。」
魔王が片手をゆっくりと掲げる。
次の瞬間、空間が歪み、城の外各地に無数の黒い穴が開いた。
そこから這い出してくるのは、異形の群れ。
獣、虫、爬虫類、形も定かでない混沌そのもの。
そしてそれだけでは終わらなかった。
鷲、サイ、ライオン、虎、キリン、ワニ
かつて世界に存在した獣たちが、
魔王の空間汚染によって魔獣へと変異し、より凶悪に、より濃く現界していく。
黒い裂け目の一つひとつが地獄への門と化し、
世界の境界が崩壊していく。
その数もはや魔物警報など比較にならない。
まさに、人類の存亡を懸けた終焉の戦争だった。
「……始まったか。最後の戦争が。」
ドーツルの戦場で、ガロスが低く呟く。
その背後では、無数の魔法陣が展開し、閃光と咆哮が交錯していた。
場面は再び、ヴァレンタ城――最上階。
「みんな……!」
ひよりは、外の混乱を察知しながら呟く。
「どうした? 世界を救うのだろう? 私を倒すのだろう?
ならば、そろそろ始めようか。」
漆黒の魔力が魔王の体を包み込む。
「……皆を信じる。私は…、あなたを倒す!!」
ひよりは両手を前にかざし、深く息を吸い込んだ。
眩い光の陣が展開する。
ドドォォン!!
轟音。閃光。
光と闇が激突し、玉座の間が揺らぐ。
ついに
人類と魔王、最後の戦いが幕を開けた。




