第47話 星の魔女マジェスタリアのお話
むかしむかし、
とある惑星にドール星という星がありました。
そこは魔法と使い魔がともに生き、
夢と希望があふれる、やさしい星でした。
その星に、一人の少女がいました。
小さなお城に暮らす彼女は、いつも人々の幸せを願っていました。
ある日、少女は古びたお城の地下で、
一つの不思議な箱を見つけました。
箱を開けると、とても大きく立派な魔人が現れました。
「願いを一つ、叶えてあげるゾーイ。」
少女は答えました。
「みんなの夢を、現実に変えたいの。
希望を、形にできる力がほしいの。」
魔人ゾーイは笑って言いました。
「よかろう、叶えてあげるゾーイ。」
こうして少女は、
人々の夢や願いを形にする力、ドールの魔法を手に入れました。
人々は喜び、次々と彼女に願いを託しました。
「ゴミ山をメカのガラクタに変えて、リサイクルしたい!」
「風船になって空を飛んでみたい!」
「眠れないの…いつでも寝られるようになりたい!」
少女はその夢を叶えるために、
ひとつ、またひとつと、ドール怪人を作り上げていきました。
彼女の作るドールたちは、みんな優しく、みんな特別でした。
星の人々は、彼女を“希望の魔女”と呼びました。
けれど…いつしか、人々は変わっていきました。
「次のドールはまだ?」
「早く便利なのを作って!」
「まだ?こっちは急いでるのに!」
夢の声は、命令の声に。
希望の願いは、欲望の命令に。
少女は疲れていました。
それでも人々のために、ドールを作り続けました。
1000体を超えるまで。
そして、ついに彼女は倒れてしまいます。
それでも星の人々は、彼女を責め立てました。
「何を休んでいるんだ!」
「倒れたら困る!」
少女の中で、何かが静かに壊れました。
「……私はずっと頑張ってきたのに。
どうして……どうして誰も、ありがとうって言ってくれないの……?」
彼女は絶望し、
ドールたちに命じました。
「今度は人々の夢を、壊してあげなさい。」
その瞬間、
やさしかったドールたちは、破壊の怪人へと変わり、
ドール星は混乱と悲鳴に包まれました。
逃げ出した一人の魔法使いが、再び封印の箱を見つけました。
そして魔人ゾーイを呼び出しました。
「どうか……暴れ狂う彼女を封印してくれ……!」
ゾーイはうなずき、少女を箱の中へ閉じ込めました。
その時、少女、マジェスタリアは、最後に叫びました。
「よくも……いいように使っておいて……!
私は必ず帰ってくる!!」
封印の光が消えるその瞬間、
マジェスタリアはドール怪人たちを、
希望と夢が満ちた星のトーキョーへと送り出しました。
そして、箱の奥深くへと沈んでいきました。
その後――。
封印を終えた魔法使いは、ひとりつぶやきました。
「もし、再びマジェスタリアが解き放たれたら……
誰が、彼女を止めるのだ……?」
ゾーイも封印に巻き込まれた今、
手段はもう残っていませんでした。
魔法使いは決意します。
「未来の世界で、彼女に対抗できる希望を育てるしかない……」
そうして呼び出されたのが、二匹の使い魔チュチュとクナギ。
「トーキョーという星で、ドール怪人が暴れている。
その星の正義ある人間と契約し、魔法少女として戦わせなさい。
100体集めれば、魔人ゾーイが現れて、願いを叶えてくれる」
それは嘘でした。
真実は、マジェスタリアの復活に備えた最後の希望を作るため。
何も知らないチュチュとクナギは、
トーキョーへと飛び立っていきました。
――精神世界。
つばきの頭の中に、
マジェスタリアのこれまでの人生が
まるで絵本のように流れ込んでくる。
けれど、その物語に“めでたしめでたし”はなかった。
「これが……貴方の……すべて?マジェスタリア……」
「そうよ、つばきちゃん。これが真実。
私はずっと頑張ってたのに……報われなかったの。」
「ずっと……一人で……ドール怪人を作ってたんだね……」
「そう。貴方と同じ…一人で、ずっと。
それなのに私を封印した。」
「……なんかわかる気がする、かも。」
「そうでしょ?だから……一緒に生きましょう。
希望も、欲望も……全部、自分のものにすればいいの。」
「………………」
場面は現実へ――
空には赤黒い満月。
マジェスタリアに取り込まれた
アンガー☆マジェスタつばきが、
ゆっくりと宙に浮かび上がっていた。
その衣装は深紅と漆黒が混ざり合う長いドレス。
背中には魔神のような黒い羽根の揺らめき。
かつての彼女の明るさは消え、瞳には冷酷な光が宿っていた。
「つばき……!貴様……どっちだ?」
アレリアが震える声で問う。
「どっち……?私は“つばき”よ。
貴方が転移してからずっと面倒を見てきた……
優しい、つばきよ?」
「…………そうか。なら、無理やりにでも取り戻してやる。」
アレリアは聖剣を構え、
全身の魔力を一点に集中させる。
「ブレイブ!ーー」
しかし――
つばきがただ、手をかざしただけで。
「う……ぐっ……!!」
アレリアの身体が地面へ叩きつけられる。
ドサッ――!!
「アレリア!!大丈夫かのだ!?」
「アレリア殿……!?一体何が……!」
チュチュとクナギが駆け寄る。
アレリアの唇から血が滲み、聖剣が手から離れた。
アンガー☆マジェスタは、
無慈悲に笑みを浮かべる。
「ふふ……やっぱりいいわ、この力。
もう誰にも負ける気がしない。」
紅い月が、不気味に彼女の背を照らした。
「アレリア!!起きるのだ!!しっかりするのだ!!」
「アレリア殿っ!! お願いですぞ!!」
チュチュとクナギは何度も声をかけた。
しかし、アレリアは微動だにせず、聖剣を握る手さえ力を失っていた。
「ムダよ」
冷たい声が響く。
「アレリアはしばらく起きないわ。……でも、大丈夫。」
「そのうち、私の“もの”にしてあげるんだから。」
その表情は――
欲しい人形を見つけた少女のようであり、
支配する快楽に酔う女王のようでもあった。
「つばき様っ……お願いです……!どうか、戻ってきてください!!」
「黙れ」
一瞬で、空気が凍る。
「よくも……私を都合のいい存在みたいに扱ってくれたわね。
いいわ、まとめて絶望を見せてあげる。」
かつての、感情豊かな怒りの少女は、もうどこにもいなかった。
ギュオオオオオオ――ッ!!
紅い風が吹き荒れ、つばきは夜空へと飛び立つ。
「ど、どこへ行くのだ!?」
チュチュとクナギが見上げたその先――
空を超え、彼女は惑星の外へ。
静寂の宇宙。
都市トーキョーが存在する蒼い星を、つばきは見下ろしていた。
髪がふわりと広がる。
その時、頭の奥で、囁く声がした。
『つばきちゃん……もう、なんでもできるのよ。
この惑星まるごと、貴方のもの。……どう?素敵でしょう?』
「ふふ……そうね。
誰でも……なんでも支配できるなんて、悪くないわね。」
『でもね……クナギもチュチュも、アレリアも、陽翔も……
街の人々も、学校のクラスメイトも。
貴方の苦労なんて見ようとしなかった。
自分勝手に利用して、都合のいい魔法少女扱いしてきたじゃない。少しくらい……痛い目を見せてあげないと、不公平よね?』
「…………そうね。」
紅い瞳がゆっくりと細まり、
つばきは惑星に手をかざした。
その掌から黒い霧が噴き出す。
ゆらめく霧は瞬く間に広がり、
惑星を覆い尽くすように、夜の帳を染め上げていく。
まるで、世界そのものを抱きしめるように。
優しく、しかし致命的に――。
空を覆った黒霧は、
やがて街にも、人々にも、静かに降り注いでいった。
トーキョー全域が、
まるで夢の底に沈むようにゆっくりと、飲み込まれていく。
チュチュも、クナギも、そして倒れたアレリアも……
例外ではなかった。
「……ぐっ……気絶していたのか……?」
アレリアは土の匂いで目を覚ました。
重たいまぶたを開けると、そこには――
「……ウェルミール……?私は……帰ってきたのか……?」
見慣れた空、懐かしい風。
彼女の故郷。
転移してから、何がなんでも帰りたかったその世界。
しかし、様子がおかしかった。
辺りを見渡すと、
かつて自分が守ったはずの都市は瓦礫と灰に沈み、
街は朽ち、草も育たず、風だけが吹き抜けていた。
「……そんな……まさか……私は……間に合わなかったのか……?」
震える声。
それでも、彼女は歩いた。
倒れた家々の間を進むと
そこにあったのは、山のように積もる遺体。
「……な……!!」
鎧の欠片、焦げたローブ、
そして、見覚えのある顔。
「ガロス……!!セリア!!コー……!!」
手が震えた。
体の奥から、怒りと悲しみがごちゃ混ぜになった叫びが漏れる。
「なぜだ……!なぜ……!!
せっかく……やっと帰れたというのに……!!
クソ!!クソ!!……すまない……」
膝が崩れ落ちた。
涙がこぼれ、血と混ざり合って土を濡らす。
誰も、もう、答えてはくれなかった。
「誰か…………!?」
アレリアは立ち上がった。
遠くに
ピンク色のフリルが揺れている後ろ姿が見えた。
チュチュの魔法の衣装…可愛げな杖
話には聞いてたが、見るのは初めてだった。
「君が…ひより……なのか……?」
アレリアはすがるように駆け寄る。
「すまない……私のせいだ……全部、私の……でも……君が無事で、本当に良かった……!」
少女は、ゆっくりと振り向いた。
「無事……そう思う?」
その声には、かすかな歪みがあった。
顔を見た瞬間、アレリアの呼吸が止まる。
血に塗れ、
瞳も、口も、肌の色さえも赤に染まった“顔のないひより”。
「……!!!」
「私ね……ここで、ずっと戦ってたの。
貴方は?何をしてたの?」
「ま、待て……ひより……!話を――」
「ねぇ、花火は綺麗だった?海は楽しかった?
そっちの世界では、美味しいものも、綺麗な景色も……
いっぱいあったんでしょ?」
アレリアの脳裏に、トーキョーでの日々が蘇る。
つばきと笑い合った日、夏の夜空、カフェでの静かな時間。
「……ひより、それは……」
「貴方は……本当に、帰りたかったの……?」
彼女の声が、まるで刃のように突き刺さる。
アレリアの心は揺らぎ、視界が滲む。
ーーーー
「ひ……ひどいことになってるのだ!!」
建物は倒れ、泣き叫ぶ人々が逃げ惑っていた。
「だ……誰が……誰がこんなことを……!!」
クナギが震える声で呟く。
その時――
「チュチュとクナギが!仕事をサボったのだ!!」
振り返ると、そこに立っていたのは
あの“魔法使い様”。
自分たちに使命を与えた、尊敬する主だった。
だが、その眼差しには慈愛の欠片もない。
「お前たちが怠けたから、こうなったのだ!
封印も解け、ドールたちは暴走した!!」
「そ、そんな……違うのだ!私たちはちゃんと……!」
チュチュの声は震え、クナギは首を横に振る。
だが――
次の瞬間、民衆が押し寄せた。
「お前たちのせいだー!!」
「この惑星から出ていけ!!」
「街を返せ!!希望を返せ!!」
石が飛ぶ。
誰も味方はいなかった。
「いたいのだっ!やめるのだ!!」
「すみません!すみません!!私たちはただ……!!」
チュチュは逃げることもできず、
クナギは身を挺してチュチュを庇う。
しかし
そのクナギにも、容赦なく石がぶつかった。
「クナギっ!!」
「だ……大丈夫です……私が……守りますぞ……」
けれど、その声はもう掠れていた。
群衆の怒声は止まらない。
ーーーー
黒い霧は、街全体を包み込んでいた。
家も、車も、人々の笑顔も――
まるで夢ごと溶かすように、静かに沈んでいく。
その中で、誰もが“自分だけの一番悲惨な地獄”を見せられていた。
「な……なんだ!? これは……空が……赤黒い……」
陽翔は校門の前で立ちすくんでいた。
見上げた空は、夕焼けではない黒と赤が混ざり合う、不吉な光。
「つばきちゃん……アレリアさん……大丈夫なのか……?」
心配を口にした、その瞬間。
シュゥゥ……
霧が彼の足元を這い、身体を包み込む。
「うわっ……!」
視界が真っ白に染まり、
次の瞬間――
「う……ここは……?」
白く、何もない空間。
前方には、ぐにゃりと歪んだ異次元のホールが浮かんでいた。
その手前に
制服姿の、ひより。
「ひより……!!よかった!会いたかった!!」
陽翔は迷わず駆け寄る。
スカッ。
「えっ……?」
ひよりの身体をすり抜けた。
温もりも、感触もなかった。
「な、なんで……触れられないんだ……!」
「陽翔くん……」
ひよりが微笑む。
その声は懐かしくも、どこか乾いていた。
「私、ずっと待ってたんだよ。
どうして……助けに来てくれなかったの?」
「う……それは……ごめん。
どうやって行けばいいか、わからなくて……!」
「私のこと……好きなら、もっとできたはずだよ。
……もういいよ。」
「待ってくれ! ひより!!ごめん!本当にごめん!」
必死に叫ぶ陽翔。
しかし彼女は、淡々とした声で告げる。
「つばきちゃんやアレリアさんと一緒に、
楽しそうにしてたね。
……私は、こっちの世界で新しい想い人を見つけたの。」
「……な……んだって……?」
「だから、もういいの。」
ひよりは背を向け、
歪んだホールの中へと歩み消えた。
陽翔は叫ぶ。
その声も、届かない。
「ひより!!!」
同じように、街の人々も。
それぞれが最も恐れる幻覚に囚われ、
泣き叫び、逃げ惑っていた。
誰も、もう“現実”を見ていなかった。
場面は切り替わる。
紅黒い惑星を見下ろす宙に、
アンガー☆マジェスタが浮かんでいた。
『ねぇ、つばきちゃん……見て。みんなの顔。
少しはスッキリしたでしょう?』
「……ふふ……そ、そうね……」
つばきの唇が震える。
その微笑みは、嬉しさか、悲しみか。
赤黒い光が彼女の瞳を染め、
惑星全体がゆっくりと、沈みはじめた。
マジェスタリアの意識を通して、
つばきの心には、全ての幻影が流れ込んでいた。
アレリアも、チュチュも、クナギも
そして陽翔も、クラスメイトたちも。
皆、苦しそうな顔をしている。
「……みんな、苦しそう……ふふ……いい気味だわ……」
唇が震えながらも、口元には笑みが浮かんでいた。
「……ふふ……ふ……違う……違うっ!!!」
『……何?』
マジェスタリアの声が頭の奥で響く。
ギリギギギギギィ……!!
精神世界そのものがきしみ始めた。
赤黒い空間が割れ、つばきの内側から激しい力が逆流する。
『ぐ……な、なによこの反発力……!
なんて強い精神力なの……!?』
「わ、私はねぇ……っ!!!」
「アンタみたいな、自分勝手な奴をぶっ倒すために!!
ここまで頑張ってきたのよ!!!」
怒り、悲しみ、誇り、全ての感情が爆発する。
「淋しいからって、変な同情で私を引きずり込まないでくれる!?私は哀れまれるために戦ってるんじゃない!!」
『ぐっ……うるさい!!
貴方だって同じでしょ!?
構ってくれなくて辛かったんでしょ!!
淋しかったんでしょ!!
貴方は私よ、つばき!!』
「うるさああああああいッ!!!」
叫びとともに、
つばきの全身が光に包まれた。
「私を取り込もうなんて…」
「千年はやいわ!!!
「ここでぶっ倒してやるわ!!!!!」
光と闇がぶつかり合う。
怒りの感情が正義へと変わり、
つばきの瞳が紅蓮に輝く
マジェスタリアの精神世界が、
音を立てて崩れ始めた。
その瞬間―
惑星全体を覆っていた黒い霧が、
空が白黒に点滅し、まるで世界そのものが息を吹き返すように震える。
「っ……!!はぁ……はぁ……!これは……幻覚……!?」
アレリアは地面に膝をつき、息を整えながら目を開く。
混濁していた意識がようやく晴れていくのを感じていた。
「うぅ……気持ち悪いのだ……」
「で、ですが……どうやら元の世界に戻ったようですな……!」
チュチュも、クナギも正気に戻っていた。
二匹の顔にも、安堵と疲労の色が混じっている。
アレリアは立ち上がり、遠くに揺らめく霧の中心
その発生源に視線を向けた。
「……つばき……君は、まだ一人で戦っているのか……」
強く、握りしめた拳に聖なる光が宿る。
「今、行くぞ――!!」
アレリアは全身に新たに得たブレイブの魔力を滾らせた。
その光は勇者としての信念そのもの。
「チュチュ!クナギ!行くぞ!!つばきを助けに!!」
「い、行くのだ!!」
「ぜ、絶対に助けますぞ!!!」
三人の想いが重なり、空気が震える。
ギュン――!!
眩い光とともに、アレリアたちは霧の残滓を突き抜け、
仲間を救うため再び立ち上がった。




