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第四十話 本来の幸せ

セリアの死から数日――。

悲しみを乗り越え、一行はスピーリン国を後にし、

魔王の本拠地へ最も近い「仮ドーツル国」へと向かっていた。


だがその途上、荒野を走る魔車は、突如として魔物の群れに襲われた。


「ひより!数を確認しろ!」


「はい!」


ひよりは即座にフードを押さえ、杖を握りしめて宙へ舞い上がる。

地平線の向こうまで蠢く黒い影。

通常種から大型種まで、ざっと見積もって三百体はくだらない。


「およそ三百体です!」


「ドーツル国はもうすぐだ!踏ん張れよ!」

ガロスは雷斧を構え、魔車の屋根から飛び降りる。


「ぬぁぁぁ!!」


ピカッ…!!バチチッッ!!!


戦闘の開始の合図の如く稲妻が走る。


「ひより、空から一気に殲滅しろ!俺とコーはデカい奴を優先する!」


「了解です!」


「ぬぅん!」

コーは拳を鳴らし、魔力を滲ませる。


土煙が舞い、魔車を中心に戦場が形成される。

轟音とともに魔物たちが押し寄せ、勇者一行は再び戦火の中へと身を投じた――。


雷鳴のような轟音が荒野を揺らした。

ガロスの雷斧が振り下ろされるたび、地面が爆ぜ、光の閃光が走る。

その隣で、コーの拳が、滲身によって放たれる衝撃波が波紋のように敵を薙ぎ払う。


「後どれくらい残ってる!?」

雷光の中、ガロスが聞く。


「さぁな!俺は百はやったぞ!」


その時、空の高みから澄んだ声が響いた。


「――ラブリー☆フラッシュ!!」


カッ!!!


天空が真昼のように輝く。

光線が雨のように降り注ぎ、

ズババババッッ!!

と連鎖的な爆発が走った。


一体、また一体――。

精密に、容赦なく、光の柱が魔物を貫き、

瞬く間に大地は静寂を取り戻していく。


焦げた風が頬をなで、戦場にわずかな静けさが戻った。


「なんてこった……ひより。あの頃の泣き虫とは到底思えねぇな……」


「強くなったな。恐らく…俺たちよりも遥かに。」


戦闘を終え、ひとまず安全地帯まで離れた一行は、荒野の岩陰で小休止を取っていた。

焚き火がぱちぱちと音を立てる。


「ドーツル国まで、あと半日ってところか」

ガロスが地図を広げながら言う。


「どんな国なんですか?」


「……もとは栄えてた国だ。だが、不幸なことにな。そこに“魔王”が突如出現して……国は一瞬で滅んだ」


「そんな……」


「今、魔王が居座ってるあの巨大な城…あれが元はドーツル国の象徴だった。

そして、その城から少し離れた場所に造られたのが“仮ドーツル国”。軍専用の拠点だ。

国というよりは……軍事力の実験場、そして魔術研究のための都市といった方が近い。

なにせ、このあたりは強力な魔物がウジャウジャいるからな」


「ガロス……協力は仰げそうか?」


「そこの剣議卿…つまり指揮官は、元々俺の上司だ。

あの人の性格を考えりゃ……まぁ、快く迎えてくれるだろう」

ガロスは笑いながらも、どこか懐かしげに呟いた。


「頼もしいな」


一行は簡単な食事を取り、しばしの休息を終える。

風が止み、陽が傾き始めるころ――彼らは再び向かう。


魔車を走らせて数時間後――。

荒野の先に、灰色の高い城壁が姿を現した。


「……あれが、仮ドーツル国か」


かつての文明の面影が残るスピーリンとは違い、

そこに広がるのは無骨で冷たい要塞都市だった。


正門は分厚い鉄扉に覆われ、

周囲は重装兵と魔導士たちによって厳重に警備されている。

空気はどこか焦げ臭く、

化学薬品や燃焼した魔力の匂いが鼻を刺した。




「ガロス様……お待ちしておりました」

門前で一人の将校が頭を下げた。


「おう、ご苦労さん。最前線で気を張る毎日だろう」


「はっ。ですが、得られるものもあります」


――ゴゴゴゴゴ……


巨大な鉄扉がゆっくりと開かれていく。

その向こうには、無数の兵舎と塔、

そして硝煙の漂う軍事都市――

鋼の国と呼ばれる、ドーツル国の全貌が広がっていた。


「ここが……ドーツル国……」

ひよりは魔車の窓から外を見つめ、息をのんだ。


ガロスの言う通りそこに広がる光景は“国”というよりも、“巨大な軍事基地”だった。

スピーリンやマーキスクで感じた人々の温もりはなく、

代わりに漂うのは緊張と規律の空気――。


街の中に民の姿はなく、

すれ違うのは訓練服を着た兵士や魔導士ばかり。

誰もが険しい顔で、

戦場の最前線に立つ者の覚悟をまとっていた。



「……まるで基地みたい」

ひよりが呟くと、ガロスが苦笑した。


「まぁ、実際そうだ。ここに王城はない。あるのは“司令塔”だけだ」

一行は魔車を降り、無骨な塔のような建物へと足を進めた。

その頂には、魔力で動く巨大な旗――

かつてのドーツル王国の紋章が、今もかすかに揺れている。


――ガチャリ。


扉が開かれると、そこに待っていたのは

壮年の男――フリードリヒ・アルノールト剣議卿。

聖剣協会にして、この“ドーツルの最高司令官”でもある男だった。


「久しいな、ガロス。相変わらずどうだ?」


「まぁ、なんとかやってます。……色々と報告はありますが」


「いい、すでに大体は把握している」

フリードリヒは軽く頷くと、ひよりの方へと鋭い視線を向けた。


「私が本当に知りたいのはそちらのヨーレ殿だ。

アレリア様に匹敵する実力を持つと聞くが……それは真実か?」


突然の問いに、ひよりの喉が小さく鳴る。

ガロスが一歩前へ出て、静かに答えた。


「ええ」


「残るは、ゼルハザと魔王か……。

セリア殿を失い、戦力は大きく削がれた。

ゆえに、我が軍との連携を求める、そういうことだな?」


「そうですね」


「結構。しかし条件がある」


「ヨーレ殿、貴殿の力を、この目で確かめさせてもらいたい。

私を“信頼させる”ことができれば、全面的に協力しよう」


張り詰めた沈黙。

次の瞬間、ガロスが口角を上げた。


「それは簡単なことですな……ヨーレ、見せてやりな」


ひよりは一度だけ深呼吸をし、

静かに頷いた。


「……はい!」


その瞳にはもう、迷いはなかった。

代行人として

試練の時が、再び訪れようとしていた。


案内されたのは、ドーツル国の広場。

そこは演習や訓練に使われる模擬戦場だった。

およそ百メートル先には、黒鉄で作られた巨大な壁がそびえ立つ。


「見ての通りだ」

「あの壁には高度な結界を施している。

この国のどの魔術師も、誰一人として破壊できた者はいない……。

――さて、ヨーレ殿。貴殿ならどうかな?」


「ヨーレ……もう大丈夫か?」

隣でコーが心配そうに声をかける。


「コーさん……ありがとうございます。

もう、大丈夫です」


ひよりの瞳には、迷いのない光が宿っていた。

あの時と同じ。ネイヴ戦の前に見せた、あの決意の眼。


「思えば、あの時もこんな感じだったな」

ガロスが懐かしむように呟く。


「はい……」


広場の周囲には、兵士や魔導士、研究員たちが集まっている。

その全員の視線が、一斉に彼女へと注がれた。

張り詰めた空気の中、ひよりは一度だけ深く息を吸い…

瞬時に杖を高く掲げた。


バッ!


「ラブリー☆ビーム!!」


キュインッ!!


光が走る。

次の瞬間――


カリュッ……ドガァアアアアアアン!!


閃光が一直線に黒鉄の壁を貫いた。

轟音とともに、結界が粉々に砕け散る。

魔力の余波で地面には亀裂が走り、

空気が震え、兵士たちの外套が激しくはためいた。


……静寂。


やがて誰かが、息を呑むように呟いた。


「……な、なんて威力だ……」


「嘘だろ……あの結界を、一撃で……?」


「溜めが…短い…?詠唱が関係してるのか?」


フリードリヒは沈黙したまま、砕け散った壁を見つめる。

そして、静かに――しかし確かに言葉を漏らした。


「素晴らしい……見事だ。これが……代行人ヨーレか」


その一言を皮切りに、

周囲はどよめきに包まれる。

まるで伝説を目の当たりにしたかのように、

人々は息を飲み、そして誰もが理解した。



ーーーー


そして司令室。


静まり返った空間の中、

魔力通信装置の微かな音だけが響いていた。

長机を挟み、ガロスとフリードリヒが向かい合う。


「増援には協力しよう……ガロス」


「それは助かりますな」


短い言葉のやり取りだが、互いの信頼と緊張が入り混じっていた。


「ところで……お前は本当に魔王を討つ未来が見えてるのか?」


ガロスの表情が引き締まる。

「……もちろんですよ。そのためにここまで来た。もうやると決めたらやる…それだけです。」


「そうか。私も同じ考えだ」


「だがな、私は“魔王を倒したその後”のことも見ている」


「その後…ですか?」


「そうだ。魔王という共通の敵がいなくなれば、

人類は再び争うだろう。

今度は“魔術”という新たな力を巡って、だ。

かつてよりも、もっと醜く、もっと血生臭い戦いになる」


「つまり……我々に協力する代わりに、

ヨーレの力を軍事利用させてもらうと?」


フリードリヒはゆっくりと笑った。

「その後の未来の話だ。……防衛力と言ってもらおうか」


「ふっ、変わりませんな、それについてはまた考えさせて下さいな。

貴方が剣議卿になったと聞いた時は、正直驚きましたよ」


「合理的な方が楽だ。私は信仰に興味はない。

だがこの立場は“利用価値”がある。

影響力、発言力、そして政治的な顔、

それらは戦場よりも強い武器になる」


「……なるほど」


「次の教会集会で提案するつもりだ。

“全兵力をここドーツルに集め、最終決戦の拠点とする”と」


「助かりますな…一杯どうですか?スピーリンのいいヤツ持ってきましたよ」



「頂こう…勝利を誓って」


二人が乾杯する。

だがその奥には――

信頼と同じくらいの“警戒”と“野心”が、確かに潜んでいた。



ガロスとフリードリヒが司令室で作戦会議をしている頃

宿舎の屋上では、もうひとつの静かな会話が交わされていた。


夜風が吹き抜け、月が淡く輝く。

街灯の明かりが二人の影をゆらゆらと揺らす。


「……ひより。寝れないのか?」

「……あ、そうですね」


短い沈黙が流れる。


「コーさん……ついに、魔王を討つんですね」

「そうだな」


コーは夜空を見上げながら、しばし考える。

(今なら……いや、ひよりの飛行能力があれば、いつでも行ける。だが――)


「ひより、今からでも――」


しかしその言葉を遮るように、ひよりは静かに微笑んだ。


「コーさん、ガロスさん、セリアさん……

ここまで私を育ててくれて、本当にありがとうございます。

セリアさんのためにも……絶対にやり遂げます」


その表情は、どこか寂しげで、しかし確かな覚悟を宿していた。

コーは引き止めようとしたが

覚悟を決めた彼女の横顔を見て、言葉を飲み込む。


「君の実力だ。俺たちは、きっかけを与えただけだ」


「そうだな……セリアのために、ルーリーのためにも、必ず討たねばな。

本当は、君は本来の“幸せ”を手にするべきだった。

……ここまで、俺からもありがとう」


「ふふ……セリアさんも言ってました。

みんな……優しいんですね」


「明日は死ぬかもしれん。

だからこそ、人は優しくもなる……さぁ、寝るぞ。

明日は準備が多い」


そう言って、コーは宿舎の中へと戻っていった。


残されたひよりは、夜風に髪を揺らしながら空を見上げる。


「本来の幸せ……」

彼女はぽつりと呟く。


「家族のみんな……友達……チュチュ……つばきちゃん……

久しぶりに思い出したなぁ。

それに……陽翔くん。もし帰ってこれたら、私の想い……ちゃんと伝えるね。

それまで……頑張って、生きてみせるから」


夜空の星が、ひよりの瞳に映る。

静かな決意が、彼女の胸に灯っていた。



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