表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

36/62

第三十六話 掻い潜るしぶとい執念

ヴァイスとの戦闘の少し前


深夜のスピーリン国。宿舎の廊下は寝静まっていたが、

突如として低い危険音が鳴り響いた。


ブゥゥゥゥ――ッ! ブゥゥゥゥ――ッ!


「……っ!? びっくりした……!」

 ひよりは心臓が跳ねるのを感じながら飛び起きた。

 夜気の冷たさよりも、警報音が胸を締めつける。


「これ……魔物……!?」


バァン!

 ドアが勢いよく開き、ガロスが飛び込んでくる。


「ひより、警報だ! 準備をするぞ!」

「はい!」


 ガロスは素早く鎧のベルトを締め、斧を肩に掛けた。

しかし、いつもなら即座に敵の規模や位置が連絡されるはず。

それがない、何かがおかしい。


 そこへ、息を切らせた憲兵が駆け込んできた。


「はぁっ……はぁっ……!!ガロスさん!!大変です!」


「どうした!?」


「門兵が二人……やられました!何者かに侵入を許してしまいました……!」


「なんだと!? 結界が破られたのか!?」


「いえ……! それが……結界を……」


言葉が続かない。憲兵の顔は、絶望と恐怖で歪んでいた。

その瞬間、遠くで閃光が走り、夜空を白く裂いた。


パァッ……!


ひよりの胸が、嫌な予感で締めつけられる。


「行かなくちゃ……ガロスさん!」


「ひより、俺も連れてけ!これは嫌な予感がする!」


「わかりました!」


ひよりはガロスと手を強く握り合うと、

魔力を解放し、一気に跳躍した。


ゴウッ……!


夜風を切り裂き、二人は閃光の走った方角へ飛び立つ。

ひよりは心の奥で強く願っていた。


「どうか……! どうか……これ以上犠牲者がいませんように……!!」




場面は変わり――ヴァイスと死闘を繰り広げるセリアとコー。


「うぐっ……あ……!」


ヴァイスの尾がセリアの腹部を貫き、無惨にも血を滴らせていた。

漆黒の尾の先端には、彼女の血が生々しく絡みついている。


「貴様ぁ!!」


怒りに燃えるコーは、拳に滲身で圧縮した魔力を込め、ヴァイスへ叩き込もうとする――その刹那。


パリッ、パリパリッ……。


ヴァイスは素早く尾を抜き取り、光の膜をまとって再び姿を変える。

現れたのは――。


「……………」


それは、コーの最愛の娘・ルーリーの姿だった。


「……!!」


コーの動きが一瞬止まる。手を差し伸べるルーリー。その指先が彼に触れようと迫る。


「ぬぅっ!!」


バキャッッ!!


コーは右拳を横薙ぎに振り抜く。

拳が空を切ったかに見えた次の瞬間――透明化して背後に潜んでいたヴァイスの顎を撃ち抜いていた。


「ギギギィィィィ!!!」


断末魔のような金切り声を上げるヴァイス。


「ルーリーは死んだ!俺の目の前でな……!!」


コーの怒号が夜空に響き渡る。


ヴァイスが身を翻し、距離をとって警戒の構えを取る。

対峙するコーもまた拳を構えたが、その足元には――血に染まり横たわるセリアの姿があった。


「……ごふっ……はぁ、はぁ……」

声を漏らすのもやっとで、今にも意識が途切れそうなセリア。


「セリア……すぐ終わらせる。だから耐えろ!」


だが、ヴァイスは低く唸り声をあげる。


「カロロロロ……」


次の瞬間、全身が強く輝き出す。


――バチィィッ!!


眩い光とともに、辺り一面に無数のヴァイスが出現した。

うじゃうじゃと幻影のように広がっていく。


「ぐっ……!落ち着け……所詮は幻覚だ……!気配を……」


冷静を装おうとするコーの額にも汗が滲む。

瀕死の仲間を庇いながら幹部と対峙するにはあまりに不利。明らかに戦況は傾いていた。


「「「ガァァァァッ!!」」」


無数のヴァイスが一斉に飛びかかる!


「くそっ……!!」


コーが拳を振り抜こうとした、その刹那――。


――カッ!!


「ラブリー☆フラッシュ!!」


上空から少女の声が響いた。


直後、夜空を切り裂くように眩い光線が拡散し、幻影の群れを一匹ずつ的確に貫いていく。


ズガガガガガッ!!


闇を覆っていた群生は次々と霧散し、閃光の矢がヴァイスを追い詰めていった。


分身が次々と霧散し、闇に溶けていく。

残ったのはただ一匹――本体のヴァイス。

その巨体は光の傷跡に焼かれ、表皮はひび割れ、息は荒くなっていた。


ひよりとガロスは急いで地に降り立つ。


「コー!無事か…!」

怒気を含んだ声でガロスが叫ぶ。


「俺は……無事だ。しかし――セリアが……」


視線を向けた先、そこには――。


腹部に大穴を穿たれ、血に染まりながら横たわるセリアの姿。

噴き出す鮮血が大地を濡らし、今にも光を失おうとしていた。


「…………そ、そんな……………セリアさん……?」

ひよりの声は震え、足がすくむ。


「おい……ふざけんじゃねぇよ……!」

コーは怒りと悔しさで拳を握りしめた。


「すまない……俺がいながら。奴はセリアの恋人に……そして俺の娘に化けた。セリアは、その一瞬を突かれたんだ……!」


その悔恨の言葉が戦場に重く落ちる。


ガロスが叫ぶ。

「総員!!ここで決着をつけるぞ!!」


――シュルッ。


ヴァイスが低く唸り声を漏らし、影のように後退した。

体表に光の膜を張り、逃走を図ろうとする。


「逃がすかぁぁぁッ!!」


ガロスは両腕をかざす。

瞬時に展開された結界が大地ごと覆い、ヴァイスの動きを絡め取った。


「ギッ……ギギッッ!!」


暴れるヴァイス。

だが、光の檻は揺らがない。


まるで巨大な虫取り網に捕らわれた獲物のように、漆黒のトカゲはもがき苦しむ。


「ぐっ……離さねぇ!!よくも……セリアを……!!」

ガロスの顔には怒りの炎が燃え、結界の光はさらに強く収束していった。



「食らわせてやる…!」


コーも怒りに拳を震わせ、魔力を収束させながらヴァイスへ突進しようとした――。


――ゴォッッ!!


突風のような衝撃がコーの前を横切った。

反射的に身構えるコー。攻撃かと思ったが、違った。


それは――怒りを爆発させた少女が生み出した風圧だった。


「うわあああああああああっっ!!!」


叫びと同時に、ひよりの拳がヴァイスに叩き込まれる。


ゴシャァッ!!

バキィッ!!

ドゴォォッ!!


一撃ごとに空気が弾け、大地が震える。

殴る、それだけの単純な動作。だがその威力は、まるで大砲の連射のように重く響いた。


「なんでっ!!……なんで!!なんでぇ!!……なんでそんな酷いことができるの!!」


涙と怒りが混じった叫びと共に、ひよりはただ拳を振り続ける。

それは魔法少女の華やかな戦いとは程遠い、純粋な暴力。

だが、その一発一発が確実にヴァイスの体を揺らし、砕いていく。


「ひより……っ!!」

コーは声を張り上げた。だが出る隙はなかった。

ひよりの拳は、今やコーの滲身すら凌駕していた。


ピクッ……ピタ……


やがてヴァイスの巨体は痙攣をやめ、地面に沈み込むように動かなくなった。

ひよりは両拳だけでなく、髪先から足元まで返り血に染まり、肩を大きく上下させていた。


「はぁ……はぁ……はぁ……!」


怒りと憎しみの色が残るその顔は、少女というよりも復讐者のそれだった。


「……やったのか?」

コーはまだ油断せず、警戒の視線をヴァイスに注ぐ。


しかし――別の悲鳴が耳に届く。


「ぐっ……ひゅっ……ひゅう……」


血を吐き、呼吸すらままならないセリア。

その姿に、ガロスの表情が凍り付く。


「セリア! おい、しっかりしろ!!」


「セリアさん!!お願い、目を開けて!!」

涙をこぼしながら、ひよりは腹部の穴を必死に押さえる。


「コー! 回復の詠唱はできるか!? 間に合うのか!?」

ガロスが叫ぶ。


「あ、……あ…………」

だが、コーの顔は絶望に歪んでいた。

滲身は治癒や代謝を高めることはできる。だが――破壊された内臓までは決して戻せない。

コーは悟っていた。誰よりも早く、誰よりも深く――セリアはもう助からない、と。


三人が必死にセリアを抱え、血で染まる大地にすがりつく。

その背後で――。


……ユラリ。


ほんのわずかに、空気が揺れた。

冷たい気配が、背筋を這い上がる。


その違和感に気づいたのは彼らの背後に目線を向けた

皮肉にも、すでに命の灯が消えかけていたセリアだった。

震える手を、必死に空へ伸ばす。


「セリア!もういい!動くな!必ず助ける!!」

ガロスが叫ぶ。


だが次の瞬間――。


パキィッ……


微細な青の光線が、セリアの掌から放たれた。

細く、それでいて鋭い冷気の閃光は、一直線に透明のヴァイスの片目を貫く。


「ギュアアアアアアア!!!」


断末魔のような悲鳴。暴れ狂うヴァイスが、地を砕き、黒煙を散らす。

しかしその視覚は確かに奪われた。


「…ひ…ひより……だめよ……」

血を吐きながらも、セリアはかすれた声で続ける。


「貴方は……魔法少女……だから……」

「らしく……倒して……」


その声に、ひよりは瞳を大きく見開き、涙を溢れさせた。

そして――強く頷く。


「セリアさん……はい……!」


震える手で杖を構え、全身の魔力を込めていく。

涙で声は揺れ、心は張り裂けそうだった。


「……ラブリー☆ビーム!!!」


キィィィィィィィィィン――ッ!!!


夜空を裂くような、凄まじい閃光が迸る。

高密度の光線がヴァイスを直撃し、その巨体を貫いた。


「ギュアアアアアアアア!!!!!」


耳をつんざく咆哮。

だがその声もやがて途絶え、ヴァイスの肉体は光に焼かれ、灰となって風に散った。



「ごぼっ……あぁ……犬死にだけは……避けられたみたい……ね……」


「セリア! もうしゃべるな……! 大丈夫だ……回復を――」

ガロスが必死に叫ぶが、セリアは首を振った。


「だめ……これは……わかる……内臓……やられた……」


セリアは、自分の死を悟っていた。

血の匂いが濃く、息はかすれ、瞳は震えている。


すぐさまひよりが駆け寄り、震える手でセリアの肩を支える。


「セリアさん!!お願い……お願いですから……!なんとか……回復を……!」


セリアは微笑もうとし、唇を震わせた。


「ひより……ごめんね……巻き込んじゃって……」


「……!」


「でも……妹が……できたみたいで……楽しかったわ……」


「嫌だ……! 嫌だ! 嫌だ! セリアさん……!!」


「でも…………アレリアに……謝りたかったな…………」


その声を聞きながら、ガロスもコーも言葉を失っていた。


セリアは震える指先で空をなぞるように祈り、かすれた声を絞り出した。


「どうか……ひより……が……無事に……帰りますように……アシュレイ……今いくね……」


「…………………」


その言葉と共に、瞳の光がゆっくりと消えていき、力なく手がポトリと落ちた。


「うわぁぁぁぁ!!!そんな!!!そんな!!うわぁぁ!!」


ひよりはセリアの体を抱きしめ、子供のように泣き叫んだ。

その声は夜のスピーリンの街にまで響くようだった。


ガロスは奥歯を噛み締め、拳を握り、無念を胸に抱いたままセリアを見つめる。

コーは目を固くつむり、己の無力と罪悪の念に押し潰されそうになっていた。


重く冷たい空気が、戦場全体を覆っていた――。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ