第三十五話 夜空に咲く、ふたりの想い
トーキョー。
夏休みも終わりに差し掛かっていた。
いつものようにアレリアの部屋でダラダラと転がるつばき。
「夏………夏……まだ何かしてないことがあるような…」
一方のアレリアは、畳に静かに精神統一をしている。
「つばき様。月末に夏祭りがございますぞ」
クナギがそっと提案すると――
「あーーーっ!!そうよ、それだわ!!」
「また急に騒がしいな、君は」
「うるさい!私は中学最後の夏休みなのよ!?これは締めにふさわしい大イベントなの!」
「はぁ…分かった、分かった」
「ふふふ…今回の私は一味違うわよ。今度こそ……陽翔くんを誘う!クナギ!浴衣の準備を!」
「はっ!」
バタバタしだす、つばきとクナギ
「チュチュ、毎度思うのだが、たかが誘い事ひとつで、なぜここまで大げさになるのだ?」
「あ〜…この世界の乙女にとっては、きっと命を懸けた決断に等しいのだ…」
「命を懸ける……?」
アレリアは首をかしげる。
――そして、つばきはスマホを握りしめ、送信ボタンに全てを託した。
「おおおおお……押すわよ!ええいっ!」
ポチッ。
夏祭りに「二人で遊ぼう」と送信した瞬間――
「おおおおおお!押しましたぞ!」
「やったのだ!!!ついに、つばきちゃんは一皮むけたのだ!」
「……さっぱり分からん」
「あ、あわわわわ……で、でも、私……強くなったわ!」
顔を真っ赤にしてガッツポーズをするつばき。
その姿はまるで、ひとつの戦場を突破した戦士のようであった。
スマホの画面にかじりつくようにして、返信を待つつばき。
「既読…既読……既読……既読ッ!!」
「つばき様…!顔が画面にくっついておりますぞ!」
クナギが慌てて止める。
「……何かに取り憑かれているのか?」
「大体、当たってるのだ」
息を詰めるように待ち続けるつばき。
そして――
ピロンッ!
「き、きたぁぁぁぁ!!!」
「なんと!?どんなお返事が…!」
ーーーー
夏祭り当日
夕暮れの街を彩る赤提灯。
屋台から漂う甘辛いソースの匂いと、金魚すくいの水音が夏の終わりを告げるように賑わっていた。
「つばき様…浴衣が大変よくお似合いです…!」
クナギが感嘆の声をあげる。
「ううう……そりゃ……ドーモ……。陽翔くん、予定があるなんて…」
つばきは肩を落とす。
「アレリアも立派に着こなしてるのだ!」
チュチュが元気よくはしゃいだ。
「うむ、これがこの国の伝統衣装か。確かに動きづらいが、悪くはない」
アレリアは赤と金色を基調とした浴衣姿。
洋風の面立ちに和の装いが不思議なほど映え、髪はかんざしで上品にまとめられている。
「あ〜……陽翔くんと最後の夏デートしたかったのに……。結局、アレリアで我慢するしかないのね」
「私は陽翔の代替品か。まぁいい、付き合ってやろう」
「なにその上から目線っ!!」
ぷりぷり怒りつつも、つばきはふとアレリアをまじまじと見つめる。
提灯の灯りに照らされた横顔は、どこか凛として艶やかだった。
「……綺麗ね……」
思わず呟いた一言は、祭り囃子にかき消されると思っていた
――が。
「そうか。それは良かった」
アレリアは静かに微笑んで返す。
「ちょっ……!聞こえてたの!?」
つばきの顔が一気に赤くなる。
「君がわざわざ選んでくれた浴衣だろう?それを綺麗だと言ってもらえたのは嬉しい」
「そ、それはそうだけど……」
「それに、戦いとは無縁の衣装に袖を通すと……不思議と心が落ち着く。こういうのも、平和の証拠だな」
(……アレリア、なんか女子力上がってない?)
つばきは動揺しながらも、心のどこかで嬉しくなっていた。
「も、もういい!分けわかんないこと言ってないで、特別にこの世界の祭りを案内してあげる!感謝しなさいよ!」
「ふっ、頼んだぞ」
「つばき様が元気を取り戻しましたな…!」
「良かったのだ!」
夜空に小さな花火が打ち上がり、夏祭りの夜は本格的に幕を開けた。
つばきはアレリアに夏祭りを案内した。
たこ焼き、焼きそば、かき氷の美味しさ。
金魚すくいや輪投げの楽しさ。
そして、賑やかな人々に紛れて笑い合うことが、どれほど胸を躍らせるかということを。
――しばらく遊び回った後。
「あ〜……疲れた……! 草履ってほんと足にくるわ」
ベンチに腰を下ろし、つばきがため息をつく。
「お疲れ様でございます」
クナギが扇子で風を送る。
「……そうだな。少し休むとしよう」
「……えっ? 珍しいじゃない。アンタがそんなに優しかったっけ?」
「休養を取ることも必要だ。それだけだ」
「はいはい。いつもの理屈ね」
短い沈黙が流れる。
祭囃子が遠くで鳴り響き、屋台の光が赤く揺れている。
ふいにアレリアが口を開いた。
「……つばき。君のもとで過ごして、もうそれなりに経つな。……礼を言う。ありがとう」
「な、なによ……突然」
「余り考えないようにしていたが……もし私が勇者に選ばれていなかったら、どうなっていただろうと。戦い以外の人生など想像すらしていなかったが
君と過ごして、新しい世界を知った。不思議な感覚だ。……そして最近は、それを楽しいとさえ思うようになった」
アレリアの声音は普段よりも静かで、真っ直ぐだった。
つばきは胸がざわめくのを感じ、慌てて強がる。
「ら、らしくないわねアレリア! そんな女々しいこと言って!久々に見たわよ、しんみりアレリア!」
「ふふ……そうだな」
あっさり受け流されたことが、逆に気まずい。
(い、言い返さない……!? なによもう、変に真剣なんだから……!)
アレリアは続けるように口を開いた。
「皮肉なものだな……こちらの世界に来て初めて、戦い以外の感性に気づくとは……。少し揺らいでしまっている自分がいる。それが、情けない」
「ア、アレリア……」
隣でチュチュが心配そうに見上げる。
(げぇ……今回のアレリア、特段に重いじゃないの……!ここ夏祭りよ!?私の中学最後の夏祭りなのに!なんでこんなシリアス空気で過ごさなきゃいけないのよ……でも、アレリアの過去的に、こういう機会しか弱音吐けないのかしら?……うーん、どうすれば)
つばきが頭をフル回転していると――
ヒュー……ドーン!
大きな花火が夜空に咲いた。
赤、青、黄色。幾筋もの光が夜を彩り、祭りの喧噪に重なるように大輪を広げる。
「……綺麗だな」
アレリアが呟く。
初めて見る花火に目を見開き、その横顔は一瞬、戦士ではなく感動に心を奪われた女性のものだった。
つばきの胸がきゅっと鳴る。だが、すぐに言葉を吐き出した。
「……じゃない!アレリア!」
「む?」
「ドール集めて、さっさと帰って平和にしたら、アンタの世界でも花火打ち上げればいいじゃない!祭りだってすればいいじゃない!赤だの黄だの、解放…?の力を持ってるんでしょ?簡単にできるはずじゃない!」
「た、確かに……似たような術ならあるが……」
「元々、脳筋勇者だったアンタが、魔法少女の力まで手に入れたらめちゃくちゃ強いに決まってるわ!だったら帰って、ハチャメチャに無双してやんなさいよ!」
そして、拳を握って叫ぶ。
「そんで……!怪人がいない日くらいは仕方ないから、私が毎度付き合ってあげるわよ!」
アレリアは驚いたように目を見張り、やがて静かに頷いた。
「……やはり君は強いな。……一緒にいてくれて助かる」
「も、ももも、もうっ!!そういうこと言わないでよ!!」
つばきの強引な慰めは、不器用ながらもまっすぐだった。
今のアレリアに必要なのは、きっとその真っ直ぐさだったのだろう。
背後ではクナギとチュチュが涙ぐんでいた。
「うう……つばき様、大変成長なされた……」
「人って変わるのだ……!」
アレリアは花火の光を浴びながら、再び剣を握るような決意を胸に宿す。
「そうだな……確かに、今の私は魔法少女の力でさらに強化されている。……魔王討伐も、より確実に果たせるはずだ」
夜空にまた一つ、色鮮やかな花火が開いた。
「そうなりゃ、とっとと怪人ぶったおすわよー!!うおーー!」
「ですぞ!」
「なのだ!」
夜空に咲く大輪の花火が、つばきの声に呼応するかのように弾け散る。
赤、青、黄色、幾筋もの光の花が降りそそぎ、彼女の昂った気持ちをさらに煽った。
その隣で、アレリアは静かに空を見上げる。
鮮やかな光に照らされる横顔は、どこか遠いものを見ていた。
「……もし、異次元の魔術が安定すれば……
ガロス、セリア、コー……君達にも、この景色を見せてやりたいな」
彼女の呟きは花火の轟音にかき消され、誰の耳にも届かなかった。
ーーーー
翌日
カリカリ……
机にかじりつき、宿題の山にペンを走らせるつばき。
額には汗をにじませていた。
「むぅ〜……あと、数学と英語と……うぅ、まだ全然終わってない……」
ピコピコピコピコ!
「怪人なのだ!」
「えええーーっ!?今!?宿題してるのに!!」
つばきは机に突っ伏し、頭を抱える。
「さっさと討伐すればいい……君が昨日、花火の下で言ったことだろう?」
アレリアは冷静に聖剣を手に取る。
「うぐっ……そ、そうだったわね……!わかってるわよ!……変身!」
「いくぞ!」
「はいですぞ!」
「なのだ!」
夏の名残を運ぶ蝉の声が遠ざかり、制服姿から一瞬にして魔法少女へと姿を変える。
煌めく光の中、二人はまた日常を離れ、怪人との戦場へと舞い戻っていった。




