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第三十四話 掻い潜る狡猾

スピーリン国の夜。

結界の石碑を確認し終え、帰路につくセリア。


「とりあえず問題なさそうで良かったわ……あぁ、帰ったら温水に浸かって……もう休みたい」


わずかに疲労の色をにじませながら、人気のない道をゆっくり歩いていた――その時。


ブゥゥゥゥ――ッ! ブゥゥゥゥ――ッ!


スピーリン国独自の

低く重い警告音が街を震わせる。

夜を裂くような「魔物警報」。


「……!?この時間に……?魔物警報……っ、はぁ……休ませてよ」


すぐに体勢を立て直し、宿舎へと走ろうとした瞬間――


ゴリュッッッ!!!


視界が揺れる。

激痛と共に右足が吹き飛び、血飛沫が夜気に舞った。


「…………っ……ッ!あ、あ……足が……っ」


石畳に落ちた右足が、何もない空間に浮かび上がる。

その輪郭がひび割れるように崩れ――


パリ……ピキピキ……。


透明の幕が解けていく。

そこに現れたのは、漆黒の鱗に覆われた巨大な影――

五メートルを超える異形のトカゲ。狡猾なる幹部ヴァイス。


「私の……結界に反応すらしなかった……!?……なんて、厄介なの……!」


セリアの瞳に、恐怖と怒りが同時に灯る。


「カロロロロロッ……」


ヴァイスが低く喉を鳴らし、姿勢をさらに低く構える。漆黒の体は地を這うように沈み込み、獲物を狩る獣そのものだった。


パキパキッ――!

セリアの右足に氷が走り、瞬く間に青色属性の魔力が凝固。

即席の義足が形を成す。


「……一人になるまで待ってたのね?舐めないでちょうだい」


額に汗をにじませながらも、セリアは手のひらに魔法陣を展開する。

その背筋からは、強者としての気迫があふれていた。


パリパリ……ッ。

光が屈折し、ヴァイスの輪郭が溶けるように消えていく。再び透明化。


「黄色属性の応用……器用な真似を……! はぁっ!」


セリアは即座に周囲一帯に薄氷を展開。地面から空中まで、細やかな冷気と氷の膜が網のように広がる。


ピシッ……ピシッ……!

一部の氷膜がかすかに震え、ヒビが走った。


「そこか――ッ!」


ギィィィィン!!!

手のひらから迸る黄色の速射レーザー。鋭い閃光が氷膜を突き破り、透明な影を貫いた。


「ギュアアアアアッ!!!」


ヴァイスの透明が解け、黒い鱗に焼け跡が走る。


「シィィィッッ!」


ヴァイスが甲高い声を上げ、全身を震わせながら怒りを露わにする。その瞳には互いにここで決着をつけると悟らせる、張りつめた気配が走った。


「はぁ…はぁ……!やっぱり、幹部になると……一撃じゃ仕留めきれない……援軍を待つべきか、それとも……」


セリアは荒い息を整えながら、頭の中で次の一手を模索する。討伐か、時間稼ぎか。脳裏でいくつもの可能性を巡らせた、その瞬間。


パッ――!


視界が闇に呑まれた。辺り一面が不自然な黒に覆われ、世界そのものが沈黙したような錯覚を覚える。


「……これは!?感知が……できない……っ!」


直径30メートルほどの漆黒のドーム。探知も封じられ、セリアは完全に孤立させられる。冷たい汗が背を伝った。


「……まずい……せめて……何か痕跡を……」


声を殺しながら必死に魔力を練るが、闇の奥からユラリと忍び寄る影。音もなく、気配も消え、死神の鎌のようにヴァイスが迫る。


――その時。


「はっ!!!」


ダァン!!!


重低音と共に、波動を纏った解放の衝撃波が闇を切り裂き、ヴァイスの体を叩きつけた。


「ギィィッ!!!」


呻き声をあげ、闇が砕けるように霧散する。世界に光が戻った瞬間、セリアの眼前に立っていたのは――。


「セリア!!!」


荒々しい息を吐きながら、拳を構えたコーだった。いつの間に現れたのか、不意打ち寸前のヴァイスを止めてくれていたのだ。


「警報を聞いて、異変に気付いた…間に合って良かった」


「コー!奴は結界を掻い潜って侵入するの!普通の探知は効かないわ!」


「……なるほど。どうりでお前が襲撃に遭うはずだ。

足……やられたか?」


「氷で義足を作った。怪我人扱いは無用よ」


「…………そうか」


コーの眼差しが鋭く光る。

「なら、ここで決着をつけるぞ」


「ええ……!」


セリアも氷の義足を踏みしめ、魔力を収束させる。

二人の闘志が一斉に燃え上がり、闇に潜むヴァイスを迎え撃った。


ギロッ――。


ヴァイスの両目が爛々と輝き、獲物を射抜くように睨んだ瞬間、世界そのものがぐにゃりと歪んだ。

地面も空も上下左右も、まるで水面に沈んでいくように揺らぎ、自分達の体すらねじ曲げられていく錯覚に陥る。


「……っ!?コー!奴は黄色属性を応用して、視覚を狂わせてる!惑わされないで!」


「問題ない」


コーは即座に目を閉じた。視覚を切り捨て、滲身で感覚を研ぎ澄ます。

風の揺らぎ、空気を裂くわずかな音、地面を踏む圧――それら微細な気配を拾い集め、全身で敵の存在を捉える。


ズッ!


「だぁっ!!!」


背後へ振り抜いた蹴りが空を裂き、硬質な手応えを返す。


バキャッッ!!!


本来なら空を切るはずの蹴撃が、ヴァイスの首元を正確に捉えた。

重い衝撃にヴァイスの巨体がのけぞり、血のような黒い体液が飛び散る。


「ギギ……ッッ!! ギギギィィ!!!」


喉を押さえ、苦悶の声を上げるヴァイス。確かに手応えはあった。


「……完全に気配を消すことはできんようだな」

コーは低く呟き、構えを崩さない。


「頼もしいわね!」

セリアも即座に動く。


青色属性の冷気がヴァイスの四肢を絡め取り、瞬く間に氷鎖のような檻を作る。動きが鈍ったところへ、黄色属性の閃光を叩き込む。


バシュウッッ!!


「ギィィィィアアアアアッ!!!」


強烈な悲鳴が夜空を裂き、周囲の建物や結界にまで反響する。闇に潜み狡猾に攻めていたヴァイスが、ついに真正面から苦痛を晒した。


「このまま、焼き尽くしてやるわ!!」


ギュイイイイ――ッ!!

セリアの手のひらから迸る高密度の解放魔術。光が夜を白く染め上げ、空気が震える。


「俺も次で一撃食らわせてやる……!」


ギュン!


コーもまた拳に滲身を集中させ、魔力の波動が皮膚を焦がすほどに膨れ上がっていく。


シュウウ……。

ヴァイスの身体は煙を立ちのぼらせ、弱ったように見えた。決着が近い――誰もがそう思った刹那。


パリッパリッ……。


ヴァイスの全身を覆うように、光の膜が展開する。

「コー! 透明化するわ!」

「おう!」


再び姿を消す――そう思った。

だが次に現れたのは、想像すらしていなかった光景だった。


「………………」


ヴァイスの輪郭が歪み、立ち現れたのは一人の青年の姿。

柔らかく笑う瞳、優しげな面影。

それは、セリアが少女だった頃に共に夢を語り合い、そして失ったはずの恋人


「……アシュレイ……?」


セリアの心臓が強く跳ねる。

「なんで……どこでそんな…情報を……」


完全に硬直し、瞳から力が抜けていく。


「セリアッ!!罠だ!!おい、目を覚ませ!!」

コーの怒号が響く。必死に呼び止めるが、揺さぶられた心は容易に戻らない。


「……はっ!……そ、そうね……でも、なん――」


立て直そうとした瞬間――


ザシュッ!!!


背後に回った

透明化を解いたヴァイスの尻尾が、音もなくセリアの腹部を貫いた。

鮮血が闇に散り、空気が鉄臭く染まる。


「……っ!!!あ……がはっ……」

セリアの口から血がこぼれる。


「セリアァァァァァ!!!!!」


コーの絶叫が夜を震わせた。

それは、怒りと絶望を混ぜ合わせた獣のような咆哮だった。


場面は変わり――ヴァイスと死闘を繰り広げるセリアとコー。


「うぐっ……あ……!」


ヴァイスの尾がセリアの腹部を貫き、無惨にも血を滴らせていた。

漆黒の尾の先端には、彼女の血が生々しく絡みついている。


「貴様ぁ!!」


怒りに燃えるコーは、拳に滲身で圧縮した魔力を込め、ヴァイスへ叩き込もうとする――その刹那。


パリッ、パリパリッ……。


ヴァイスは素早く尾を抜き取り、光の膜をまとって再び姿を変える。

現れたのは――。


「……………」


それは、コーの最愛の娘・ルーリーの姿だった。


「……!!」


コーの動きが一瞬で止まる。血に染まった手を差し伸べるルーリー。その指先が彼に触れようと迫る。


「ぬぅっ!!」


バキャッッ!!


コーは右拳を横薙ぎに振り抜く。

拳が空を切ったかに見えた次の瞬間――透明化して背後に潜んでいたヴァイスの顎を撃ち抜いていた。


「ギギギィィィィ!!!」


断末魔のような金切り声を上げるヴァイス。


「ルーリーは死んだ!俺の目の前でな……!!」


コーの怒号が夜空に響き渡る。




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