第二十八話 ヨーレとしての役割
ベラフを討伐し、応急処置を終えた一行はマーキスク国へと帰還した。
数日後――。
薄暗い部屋の中、ひよりはまだベッドに横になっていた。
窓から差し込む光にまぶしそうに目を細めると、すぐそばでセリアが本を閉じ、微笑む。
「ひより、調子はどうかしら?」
「思ったより、大丈夫です。痛みももうあんまりなくて」
「そう。解毒の魔術がうまく効いたのね。あの毒は単純な構造だったから助かったわ」
そう言ってセリアは胸を撫で下ろす。
そこへ、ギシリと扉が開く音。
包帯を巻いた腕を押さえながら、コーが部屋に入ってきた。
「それもそうだが……滲身による免疫の向上もある」
「コー……貴方こそ、本当に無茶するんだから。あんな骨折の仕方をして……治癒しても骨片が残るのよ?後処理がどれほど大変か分かってるの?」
「緊急事態だったからな、俺は問題ない」
「はぁ……はいはい、相変わらずね。」
ひよりは2人のやりとりを見ながら、小さく微笑んだ。
部屋にはようやく、戦いの緊張から解き放たれた穏やかな空気が流れていた。
「ひより、もう歩けるの?」
セリアが心配そうに問いかける。
「はい!全然大丈夫です!」
「それなら良かったわ。……実はね、ガロスから伝言があって。ひよりが歩けるようになったら来てほしいって」
「わかりました」
やがて3人はガロスの元へと足を運んだ。
腕を組んで待っていたガロスは、彼女を見るなり豪快に笑った。
「おっ、ひよりも来たか。よし、これで揃ったな。……これからエドマールんとこに行くぞ。ひより、お前の“第2の試練”だ。気を張る場面になると思うが、頑張ってくれ!」
「あっ……えーっと……」
「勇者の代行人として、教会に向かうのよ。……覚えてる?」
「あ……あ~……思い出しました!!」
ひよりは慌てて頷く。
「アレリアと君は違う。変に比べようとしなくていい。自分のままで臨めばいい」
その言葉に、ひよりは少しだけ表情を和らげる。
ーーーー
広大な大広間には人々が溢れ、ざわざわとした声が天井へ反響していた。
緊張と期待が入り混じる空気の中、エドマール国王がゆっくりと教壇へ歩み出る。
王は朗々とした声を響かせた。
「民よ耳を傾けよ!
この国を長らく脅かしてきたベラフは、勇者一行の力によりついに討たれたのだ!」
その瞬間、場内は割れるような拍手と歓声に包まれる。
涙を流し、隣人と抱き合う者もいた。
エドマールは一度手をかざし、民の熱を静めると、さらに声を張り上げる。
「だが、まだ道半ばである。
我らが希望――アレリア様はさらなる力を求め、確実に魔王を討つため、自ら異界へと赴かれた。
だが案ずるな。アレリア様は決して我らを見捨てはしない。
彼女はすでに、己が代行人を密かに育てておられたのだ!」
ざわめきが広がり、民衆の視線が一斉に壇上へと注がれる。
「今日、この場にて正式に告げよう。
アレリア様の意志を継ぎ、天より降り立ちし御方
その名は、ヨーレ殿である!」
その名を呼ばれ、ひよりはフードを深く被ったまま、静かに教壇へと歩を進める。
足取りは震えていたが、一歩ごとに場内の視線が集まっていく。
「……子供?」
「あれが代行人だと?」
「アレリア様に比べて、あまりにも若すぎる」
懐疑と不安の声があちこちから上がる。
だが同時に
「いや、私は見たぞ。あの人が天を舞い、空の魔物を裁いた姿を!」
「そうだ、確かに閃光を放ち、群生を一掃したのはあの者だ!」
賛否入り混じる声が渦巻き、場内は再びざわめきに包まれていった。
「静まれ――!
疑う心は無理もあるまい。だが、忘れるな。奇跡はすでに示されたのだ。天を舞い魔物に神の如き閃光を放つその姿を
この御方こそが勇者の代行人。アレリア様の意志を継ぎ、我らを勝利へ導く者なのだ!」
再び拍手と歓声が起こる。だが、その中には消えぬ疑念と畏怖が確かに混ざっていた。
(あわわわ……こ、こんなに……全部私を見てる……!
でも……言わなきゃ……!アレリアさんの代わりに!)
フードの奥で震える瞳。
けれど、ひよりは小さな体に大きな決意を込め、声を張った。
「わ、私は……!
必ず魔王を倒します!
皆様、どうか……応援を宜しくお願いします!」
刹那、広間は水を打ったように静まり返った。
ピタリと止まる空気。エドマールは内心で冷や汗を流す。
一瞬の沈黙。だが、次の瞬間――
「どうかヨーレ様!我々に希望を!」
「お願いします……!魔王を!」
「我らは信じます!信じます!」
爆発するように歓声が沸き上がった。
涙を流し、両手を掲げて祈る者。拳を握り、歓喜に震える者。
歓声は熱狂に変わり、大広間を揺らした。
「え……えっと……これで……よかったですかね?」
「……まぁ、大丈夫だろう。民は熱狂を求めている」
だが、その喧噪の中で、頑なに拍手を拒む者たちもいた。
冷たい視線を突き刺す一団。その中心に立つ
教導師サマエル・ロドリスは、
腕を組み、険しい眼差しを一切崩さなかった。
「サマエル司教……これは、果たして宜しいのですか?」
背後に控えていた若い聖職者が、恐る恐る問いかける。
「許されざる行為だ。アレリア様に“代行人”など存在してはならぬ。あのお方は聖剣を抜いた唯一無二の存在。謎の子供を祭り上げるなど……異端そのものだ。エドマールは一体、何を考えている」
「そ、それでは……! 今すぐ抗議を……」
「待ちなさい。この歓声の中で言葉を投げても、誰も耳を貸さん。民は盲目的に喝采を送っている……今は無意味だ」
「で、では……どうすれば……?」
「機会は必ず訪れる。その時こそ、我らの正義を示す」
サマエルの方を確認するエドマール
懸念が明らかになった。
「……やはり、彼女を認める気はないか」
歓声と疑念、信仰と拒絶。
大広間には、祝福と不穏が入り混じった熱が漂っていた。
マーキスク城、国王エドマールの私室。
広い机に並んだ料理を前に、勇者一行と王はひとときの休息を取っていた。
「がははは!いい演説だったぜ、ひより!」
ガロスは骨付き肉を豪快にかぶりつき、笑い飛ばす。
「笑い事じゃないわよ、ガロス。今日の一言で、この国だけじゃなく時代の価値観すら動き出してるの。今後の流れは複雑になるわ」
「所詮は依存だ、人は何かにすがらずには生きられん。神だろうと、勇者だろうと。だが信じて救われるとは限らん。自らを信じて歩める者が、一体どれほどいるか」
エドマールはため息をつく。
「まったくだ……。わが国の民ときたら、あれほど歓声を上げておきながら、次に何を求めるか分からん。神でも人でもなく、ただ“偶像”を欲している……はぁ……」
「まぁエドマール、ほいほい信じる信者がいるからこそ、こうやって物事は回ってるんだろ」
「ガロス……これは楽観視できる話ではない。裏を返せば、新しい信仰が現れれば、民はそちらに流れるということだ。信仰は時に剣より鋭く、国を揺るがす」
「心配すんな、うちの代行人ヨーレとやらが、これから皆を率いてくれるさ。なぁ、ひより?」
突然話を振られ、ひよりは慌てて背筋を正す。
「は、はい!私……私も、アレリアさんみたいになります!」
「ひより、そんなに肩肘張らなくていいわ。貴方は貴方なりにやればいい。あんまりこのおじさんの言葉を鵜呑みにしちゃだめ」
「重荷になるようなら、やめてもいいんだ。君には、まだ選択肢が残されている」
「おいおい、セリア、コー。ひよりの覚悟を無下にするんじゃねぇ。本人が決めたことだ、信じてやるのが仲間ってもんだろ」
「まぁ、大半の人々は代行人を崇めるだろう。しかし反対の声を上げる組織もある。サマエルなどは、その代表格だ。さて……ここからが私の手腕というわけだな」
エドマール国王は杯を置き、ゆっくりと笑う。
「頼むぜ、エドマール。俺も“雷神様”を演じてやるからよ」
「うむ。それでガロス、この後はどうするつもりだ?」
「スピーリン国にヴァイスが潜んでるらしいが、目撃情報は乏しい。姿はトカゲに似ているらしいが……まずは他に優先すべきことがある。出国はその後だな」
「というと……?」
ガロスは答えず、ただ隣に座るひよりをじっと見つめる。その視線の意味を悟り、ひよりは背筋を正した。
ーーーー
翌日・山奥の訓練場
広々とした山奥。澄んだ空気の中、鳥の鳴き声さえ遠くに響く。
ひよりは杖を握りしめ、勇者一行と向き合っていた。
「ひより!お前は魔力こそ膨大だが、無駄が多い。これから数週間で、その余計を削ぎ落とし、最低限の戦力に仕立て上げてやる。アレリアの代わりになるんだろう?」
「はい!……数週間……なんとかやってみます!」
声は震えていたが、瞳には決意が宿っていた。
「本来なら数年かけて身につける技術だ。だが幸いここには
解放、結界、滲身、それぞれの達人がいる。死ぬ気で吸収しろ!」
「数週間で勇者に仕立て上げる……私達も本気で教えなければね」
「結果的に、全てがいい方向へ繋がる
遠慮はするな、全力でぶつかってこい」
ひよりは深く息を吸い込み、力強くうなずいた。
「頑張ります!」
こうして、異界から来た魔法少女の、勇者代行人としての本格的な鍛錬が始まろうとしていた。




