第二十六話 総力結束
王城の執務室。
一行と国王エドマールが会議をしている。
「ガロス、勇者代行人の件は……発表は早いほうがよかろう」
しかしガロスは首を振った。
「そうなんだがな。それより先にベラフの討伐だ。幹部を討てば、代行人としての泊もつく」
「なるほど。で、見立ては?」
「奴は大量に魔物を生成した。今はどこかで魔力を温存してるかもしれん。……偵察隊を手配できるか?」
「すまん、先の戦いで負傷者が多くてな。死者は出なかったが、出動できる者が限られている」
「どこへ行っても人手不足か、こりゃ参ったな」
「でも偵察って、すぐに戦うわけじゃないんでしょ?」
セリアは、沈黙を崩すように提案する。
「ああ、場所を突き止めるだけだ」
「なら……いい考えがあるかもしれないわ」
ーーーー
翌朝
まだ太陽が昇りきらない早朝。
冷たい空気の中、城下から少し離れた空へ、二人の姿が舞い上がっていた。
「すごい……!ほんとに空を飛んでるのね、ひより!」
セリアは驚きつつも、どこか楽しそうに声を弾ませる。
「ありがとうございます!
でも、セリアさん大丈夫ですか?」
ひよりは両手でセリアと手を繋ぎ吊り下げるようにしながら、飛行していた。
「余裕余裕。これでも筋力には自信あるのよ」
「逞しいです」
二人は高度を保ちながら、ベラフが出現したとされる森林地帯へと向かっていく。
やがて視界の先に、異様な影が見え始めた。
「見つけたわ、あれがベラフよ」
地上にいたのは、十メートルを超える巨大な甲虫。
甲皮は鋼鉄のごとき光沢を帯びており八本の節足を広げ、まるで大地に根を張るかのように動かず、ただ山のような存在感を放っていた。
「大きい……ここから攻撃……は、しませんよね?」
「もちろん。普通の魔術じゃ有効打にはならないわ。でも目印くらいは、つけなければね」
セリアは片腕を離し、掌から細い光を収束させる。
それをベラフに投げ、甲皮に張り付く
「これで目印になるんだ……便利ですね。この世界の魔法って」
「便利なぶん、一つ一つがとても複雑なのよ。精密機械みたいにね、みて…あれを」
ひよりは目を凝らすと次の瞬間、背筋に冷たいものが走る。
地面に転がっていた石が、じわじわと黒く脈動し始めた。
倒れ伏した木々の幹が、節々からひび割れ、節足のような脚を伸ばす。
やがて、それらは一つ、また一つと異形の虫型魔物へと変貌していった。
カチカチと殻が割れる音、ぎしりと軋む羽音。
黒く濡れた甲皮が連なり、ぞわぞわと群れを作っていく光景は、悪夢そのものだった。
「……っ!」
「これが黒属性。自然を蝕み、魔物へと変える……ベラフの恐ろしさよ」
「……休んでいるように見えるけど、やっぱり厄介ね。
魔力を温存しているうちに対処したほうがいいわ。」
二人は互いにうなずき合い、飛行姿勢を変える。
背後では、ベラフがまるで森の主のように、悠然と蠢く影を増やし続けていた
夜のマーキスク国。
広間には灯火が揺らめき、兵士や魔術師たちの声がざわめきを作っていた。
その中心に立つのは、ガロス、セリア、コー、そして新たに正式に加わったひより。
「偵察ご苦労だった。今回も早めに蹴りをつけるぞ」
「奴の甲皮は相当に硬い。
下っ端魔物ですら俺達でなんとかって所だ。だからこそ、
役割分担を徹底する」
視線がひよりへ向けられる。
「そして……今回から正式に加わった、ひより。役割は理解しているな?」
「はい……大丈夫です」
声はわずかに震えていたが、その瞳は覚悟で揺らめいていた。
「よし、ここから先は、隣の奴が腕をちぎられようが死のうが、使命を優先しろ。
いいか?集中しろ、絶対に討伐すること」
重苦しい空気が場を覆う。
ひよりは喉を震わせながらも、強く答えた。
「……はい!」
「期待してるぜ。作戦に変更はなし、全員この通りで行く」
「ガロス、何かこちらでできることはないか?」
「エドマール、こぼれた魔物は恐らく国へ向かう。防衛の強化を引き続き頼む」
「分かった。国を挙げて防衛を固めよう。
勇者一行に、加護があらんことを」
再編成は終わり、突入の準備は整いつつあった。
ゴトゴト……。
魔車が軋む音と揺れが車内に響く。
ひよりは膝の上に置いた杖を強く握りしめていた。
(私……ついに幹部の討伐に参加する……)
(アレリアさんの代わりになるんだ……!)
怯えよりも、強く燃える決意の方が勝っていた。
やがて魔車は目的地に到着する。
停車すると同時に、皆が次々と外へ降り立つ。
湿った土の匂い。うっそうと茂る木々の奥からは、低い虫の羽音のような不気味な響きが聞こえていた。
「セリア、頼む」
ガロスの合図に、セリアが静かに頷く。
「任せて」
彼女は片手を掲げ、複雑な術式を描く。
そこから薄い光の帯が伸び、まるで道案内のように森林の奥へと差し込んでいった。
「セリアさん、これは……朝にやっていた……」
「ええ、目印よ。この先にベラフがいる」
淡く光る道を見つめ、全員の顔に自然と緊張が走る。
息を呑むような静寂の後、ガロスが短く命じた。
「ここからは走るぞ。総員、滲身を足に充填しろ」
ガロスの指示の瞬間、空気が張りつめた。
そこにいたのは、日常で見せる気さくな笑顔や不器用な優しさを見せる面々ではない。
勇者一行…世界を背負う者たちの、揺るぎない決戦の気迫があった。
ひよりはその背に思わず息を呑む。
(この人たちは……本気で世界を救おうとしてるんだ)
「ひより、ついてこい」
コーの低い声に、彼女は震える声で応じる。
「了解です!」
次の瞬間、一行は忍者のごとく、森林を駆け抜けた。
枝を蹴り、幹を蹴り、葉を散らしながら矢のように進む。
その最後方を走りながら、コーは心中で呟いた。
(俺たちの速度に問題なくついてきている……魔力の上達はやはり早いな)
だが、その疾走を遮るものがあった。
ザザァァッ……!!
森の奥から押し寄せる、津波のような虫型魔物の群れ。
枝を砕き、地を震わせ、一斉に襲いかかってくる。
「密集してやがったか、近いな!…ひより!」
「はいっ!」
ガロスが手を差し伸べ、ひよりを掴むと、そのまま軽々と高く跳躍。
木々を抜け、頭上の空が一気に広がる。
そこにいた、山のように構える巨体。
10メートルを超える甲虫の幹部、ベラフ。
朝よりもその体は活発に蠢き、周囲の岩や倒木を黒い魔力で虫型魔物に変えていた。
「いたぞ!高度を上げろ!」
「了解です!」
空中でひよりを放すと、ガロスは雷斧を構えた。
「とりあえず一撃かましてやるぜ!」
ドゴォォォォォ!!!
落下の勢いと雷撃を纏わせた一撃が、ベラフの甲皮へ叩きつけられる。
しかし。
シュウ……。
煙だけが立ちのぼり、甲皮には傷ひとつ付かない。
「チッ……かすりもしねぇか。第2作戦だ!」
ガロスは即座に体勢を整え、両腕を広げる。
次の瞬間、直径20メートルに及ぶ光の結界が展開され、ベラフを中心に閉ざされた檻が形成された。
「ここから出たきゃ、俺を倒してだ」
結界が一瞬だけ開き、そこに飛び込んできた影。
「ガロスの一撃も効かないか……」
コーだった。拳を握りしめる。
「文字通り、骨が折れる戦いになりそうだな」
「骨折で済めばいいがな」
二人の視線が交差した瞬間、甲虫の巨体が低く、地鳴りのように唸った。
少し離れてセリア、ひより
虫型や獣型の魔物が結界を取り囲み、外の景色は一切見えない。
蠢く影と甲殻が押し寄せ、まるで圧迫されるような空気にひよりは杖を握りしめた。
(数が多すぎる……ここはラブリー☆フラッシュで一掃した方が……)
そう思い、魔力を集中させようとした瞬間
パキパキッ……!
結界の外側を覆っていた魔物たちが、次々と凍りついていく。
甲殻も筋肉も動きを止めた。
「ひより!貴方は自分の仕事に集中しなさい!」
その顔は冷静で、余裕すら漂っていた。
そして、ひよりに視線を戻し、ふっと笑みを浮かべる。
「それと…あんまり私達を舐めないでちょうだいね?」
「すみません!頼りにしてます!」
胸の奥に熱が走る。
仲間が全力で支えてくれている、その確信がひよりの迷いを吹き飛ばした。
彼女は再び杖を構え、全身から魔力を循環させる。
ギィン!! ガキィン!!
雷斧と拳が幾度も甲殻に叩き込まれる。
「……ふぅ。眼球すら傷がつかんか。硬ぇな」
コーが渾身の滲身を拳に込める。
「ハァァッ!!」
バキッ!!
甲殻の足の端がわずかに欠け、破片が地面に散る。
「……俺も何発も入れて、ようやく足先が欠けた程度か」
拳を下ろし、苦々しい顔を浮かべるコー。
ギチギチギチギチ……
ベラフが不快な音を響かせながら、巨体を震わせる。
ズンッ!!!
突如、前足が大木を薙ぎ倒すかのように振り下ろされ、コーを狙う。
「来るかッ!」
地面が砕け、土煙が舞い上がる。
だがコーは紙一重で回避し、土埃の中をすり抜ける。
「動きは遅いな……しかし一発一発が致命的だ」
「まぁなだが、幸い魔力は全快って様子じゃない……いけるか、コー」
「俺はまだやれるぞ? もとより、ここで討伐するつもりだ」
「ハッ……大きく出やがって」
ガロスが笑みを浮かべた瞬間、背後からセリアの声が響き渡った。
「いけるわ! ガロス、お願い!」
「やっとか……というわけだ、コー。今回も譲ってやんな」
軽口を叩きつつ、ガロスは結界を縮め切り、ベラフの動きを完全に封じ込める。
「うむ、残念だな」
すぐさまコーが結界から抜け出す。
その間に、ひよりの魔力チャージは完了していた。
杖の先端に集まる膨大な光の粒。
キィィィィィ……
音は静か、だが密度は恐ろしく洗練されている。
セリアがその杖の先に手を添え、繊細な調整を始める。
「セリアさん、行けます!」
「ねぇ、ひより。貴方の詠唱、私も言っていいかしら? 多分意味はないけど……一緒に倒すわよ」
「もちろんです!」
二人の声が重なった。
「「――ラブリー☆ビーム!!」」
光が放たれた瞬間、昼のように照らされる。
ただの光線ではない。
ひよりの膨大な魔力をセリアの研ぎ澄まされた制御が束ね、
一点に収束したそれは――まるで神罰の如きレーザー兵器。
ギャリギャリギャリギャリ!!!
高い轟音とともに一直線の光がベラフを直撃。
甲殻を焼き抉り削るビーム。
ベラフの表皮に、初めて大穴が穿たれた――。
ギィィィィ――ッ!!!
ベラフが金切り音を響かせ、巨体を軋ませながらのたうち回る。
「気をつけろ!奴は虫型だ!首を跳ねても動くと思え!」
その言葉通り、ベラフは足をもがき、硬質な甲殻を
きしませてなお抵抗を続けていた。
ここで討ち漏らせば、この地一帯の魔物は活動し続ける。今こそ総力をもって止めを刺す時。
「ぬぅぅッ!!」
ガロスが雷斧を叩き込み、装甲の亀裂を広げる。
「だぁッ!!」
即座にコーが蹴りで斧を押し込み、さらに深く甲殻を砕き割った。
それでもベラフはなお暴れ、全身で抗う。
「ひより! 私達もいくわよ!」
セリアが振り返り、ひよりに声をかけた瞬間――。
「!っ……痛っ!」
ひよりの足元に、虫型魔物が噛みついた。
鋭い顎が脛に食い込み、血がにじむ。
ズキッ……!
焼けるような痛みが走る。
(い、痛い……! これ、毒……!?)
ひよりは思わず膝をつき、屈み込んでしまった。
「ひよりッ!」
すぐさま魔物を対処するセリア
しかし、毒は止まらない。
「嬢ちゃん!!」
振り向いたガロスの声も強く響く。
一人だけ、声を荒げずにただ静かに怒りを潜める男がいた。
「……貴様ら……!」
コーの低い唸りが、戦場の空気を震わせる。
次の瞬間、彼の左腕へと全魔力が集中していった。
血管が浮き上がり、肌の下で魔力が脈動する。
筋肉がうねり、骨が軋み、拳は黄金色に光り出す。
目にも止まらぬ踏み込みでベラフに接近
そして怒りの一撃…!!
「くたばれ害虫が!!」
バキバキバキッ!!!
コーの左腕が限界を超え、骨の破損と同時に放たれた一撃。
振り下ろされたその拳は、ベラフの鋼鉄の甲皮を突き破り。
ズガァァァンッ!!!!
衝撃音が大地を揺るがし、神経の塊が完全に飛び散った。
ドサッ……バタッ――。
周囲に蠢いていた魔物たちは、まるで糸が切れたように次々と倒れていった。
「……ベラフをやったか。持ってったな、コー」
荒い息を吐きながらガロスが言う。
「俺だけじゃ……不可能だった。それより…!」
ボロボロの左腕をだらりと下げたままのコーとガロスはひよりの方へ走る。
セリアはすぐにひよりの傍らに膝をつき、必死に確認していた。
「応急処置はした……でも毒の回りが速い。魔導書を取ってくるわ、解析と解毒が必要!」
そう言い残し、魔車へと駆け出す。
ひよりの足は赤紫に腫れあがり、噛まれた傷口が脈打つように痛む。
「はぁ……はぁ……痛い…!痛い…!」
頭が割れそうで、吐き気が込み上げる。
(……私、死んじゃうのかな……)
そんな彼女に、ガロスは大声で呼びかける。
「ひより!俺たちはやったぞ!もう大丈夫だ、今戻るからな!」
その声は終戦の伝え、しかしひよりの頭は朦朧としていた。
だが次に視界に映ったのはコーの左腕。
寄せ木で固定していたはずのそれを、自ら外して見せつけるように差し出した。
「ひより……辛いが、見ておけ」
コーは魔力を骨の奥深くまで流し込み、細胞を震わせる。
バキッ……ポキッ……!
砕けた骨が再生し、肉と血が形を取り戻していく。
「これが滲身の応用だ。細胞に魔力を込め活性化させる想像をしろ。治癒力と免疫力を高められる……君にも出来るはずだ」
「……っ!」
ひよりは必死に目を開き、震える体に魔力を巡らせた。
細胞ひとつひとつが毒を喰らい、押し出すイメージを繰り返す。
(毒なんかに負けない……!私の身体、頑張って……!)
やがて呼吸が整い、全身を覆っていた苦しみが少しずつ薄れていく。
「はぁ……はぁ……楽に……なってきました……」
その様子にガロスが目を丸くする。
「おいおい……すぐに応用するか。やっぱりとんでもねぇな、魔法少女!」
「あはは……ありがとうございます……」
汗まみれの顔に、ほんの少し笑みを浮かべるひより。
「ひより……俺たちはやったぞ……!」
コーもまた、言葉少なにその勝利をかみしめた。
こうして二体目の幹部、ベラフの討伐は完了した。
しかもまたしても犠牲者はゼロ。
それは奇跡と呼ぶにふさわしい結果だった。




