第二十四話 希望の代わり
魔物との戦闘も終わり、負傷者の手当てと軍の帰還準備が進んでいた。
ひよりは肩で息をしながら、そっとその場を離れようとする。
しかし――
「待て!君は一体…?」
一人の兵士に声をかけられ、足を止める。
「あ、えっと……」
言葉が詰まり、どうにか誤魔化そうとするが
間に割って入ったのはガロスだった。
「すまんね、コイツは密かに温存していた援軍でね。報告は後回しにしていたんだ」
「は、はい!」
ひよりも慌てて合わせる。
「さ、とりあえず魔車に乗ってくれ」
あくまで「他人」を装うように、ガロスは淡々と促した。
そこへセリアとコーもやって来る。
「あ、私もいいかしら?」
「俺も同行する」
「ひ、ひぃ……」
魔車に乗り込んだ途端。
誰一人として言葉を発さない。重苦しい沈黙が、狭い空間を圧していた。
(みんな……やっぱり怒ってるよね……)
気まずそうに縮こまるひより。顔を上げれば、セリアとコーの表情が目に入る。
普段の優しい眼差しではない。
今にも怒号を浴びせられそうな、冷たい視線。
(うぅ……こ、怖い……)
ようやく宿舎へ到着。
ひよりが降りようとした瞬間
「とりあえず……この後すぐに俺の部屋に来い」
ガロスの低い声。肩が震えていた。
「……はい」
その姿はひよりの目に、鬼か怪物のように映った。
ガロスの部屋へ向かう途中、後ろからセリアが声をかける。
「ガロスの後は……私たちの番だからね?」
まるで冷徹な魔女のような声音だった。
ガチャリ。
「失礼します……」
「おう」
椅子に腰掛けるガロスの前に、机が一つ。
その机越しに座らされたひよりは、胃の奥がキリキリと痛むのを必死に堪えていた。
ドガァン!!
唐突に、ガロスの拳が机を粉砕する。
木片が散り、床に響く轟音。
「ひっ……!」
ひよりの膝がガクガクと震える。
(こ、殺される……!)
だが次の瞬間、ガロスは
人差し指を口元に当てて「シーッ」とジェスチャーをした。
「……え?」
困惑するひよりをよそに、ガロスは彼女から視線を外し、扉の方へと向き直る。
そして、壁に向かって怒号を叩きつけた。
「何勝手に動いてんだ!?ああ!!?」
「自分の立場がまだ理解できねぇのか!?てめぇの勘違いで誰かが死んだらどう責任取る気だ!?言ってみろッ!」
恐ろしく響き渡る声。
だがその矛先はひよりではなく、なぜか扉の方。
(?…???…!?)
状況が理解できず、ただ震えるしかないひより。
一方、部屋の外。
扉の近くで耳を澄ませていたセリアとコーは、顔を見合わせた。
「……とりあえず、私は必要なさそうね」
「……そうだな」
二人は静かにその場を離れる。
「ガロスがあんなに叱ってるの、久しぶりに聞いたわ」
「そうなのか?」
「訓練教官時代は鬼教官なんて呼ばれてたのよ」
部屋の中。
ガロスはしばし耳を澄ませ、気配が遠ざかったのを確認すると、ふぅと息を吐いた。
「……ま、表向きの説教はこんなもんだろ。こうでもしなきゃ話す時間が取れたんだ。さて、嬢ちゃん座ってくれ」
「え……え?」
怒号から一転、落ち着いた声色で促すガロス。
あまりの落差に、ひよりは戸惑いながらも、恐る恐る椅子に腰を下ろした。
「あ……あの……すみませんでした。勝手に動いて……」
ひよりはうつむき、震える声で口を開いた。
ガロスは腕を組み、少しだけため息をつく。
「まぁ、そうだな。勝手な行動は確かに叱られもんだ。……だが、それを言う前にひとつ、俺からも言わせろ」
ひよりが顔を上げる。
「嬢ちゃんのおかげで、犠牲者は出なかった。
これは紛れもない事実だ。……礼を言うぜ」
「そ、そんな……」
意外な言葉に、ひよりの胸が熱くなる。
「これで貸しが二つだな。まったく、討伐隊が聞いてあきれるぜ」
「……そうですか」
ガロスの目がふと遠くを見え、思い出を語る。
「実はな……あの時のお前を見て、同じくらいの年のアレリアを思い出したんだ」
「アレリアさん……!」
「そうだ。あいつも分からず屋だった。幼い頃から奇跡の存在なんて呼ばれて、さぞ大事に扱われてたはずなんだが……」
ガロスは苦笑し、頭をかく。
「それでもあいつは、こう言ったんだ。
なぜ助けられる可能性を実行しない!?ってな。
だから俺とよく衝突したもんだ」
「……」
「その点、お前は素直だ。こうして謝ってきてくれてる
、助かるぜ」
ひよりの目に、自然と涙が滲んだ。
それは怒られる恐怖ではなく、思いもよらない言葉への安堵と、胸を打つ温かさのせいだった。
「嬢ちゃんもそうなんだろ?
あっちの世界でも、助けられる人や困ってる人を見つけたら
身体が勝手に動いちまうんだろ?」
……コクッ。
ひよりは小さく頷いた。
「決定的な被害は出なかった。……だがな、おかげで新たな問題が発生しちまった」
「そう……ですか?」
「今まで嬢ちゃんの存在は誤魔化してきた。だが今回の戦いで、兵士や国民に目撃されちまった」
「!?」
「まぁ、正直こうなるかもと予想して、一応策は打ってある。……だが気休め程度だな。ある意味、戦闘より過酷な日々が始まるかもしれん」
「どういうことですか?」
「この世界じゃアレリアは神様みてぇな存在だ。勇者一行だなんて言ってるが、実際はあいつ目当てで人々は動く。
なのに、俺たちが国に来てもアレリアは現れない。……それどころか、謎の少女が勇者並みの力を発揮した」
「えっと……つまり?」
「正直、俺もこの辺は専門外だ。だから明日、教会のお偉いさんに会わせる。詳しくはそこで聞いてくれ!」
「えぇ……」
ひよりはガロスの行きあたりばったりに、少しだけ引き気味になる。
「そんなことより、せっかく時間が取れたん。今日は少し語ろうぜ!ほら、飲み物だ。」
「……はい!」
気づけばひよりの顔に、いつもの笑顔が戻っていた。
恐怖と緊張は完全には消えなかったが、ガロスの言葉が確かに支えになっていた。
その後しばらく談笑し、ひよりは自室へ戻っていった。
扉をそっと開けると案の定、コーとセリアが待っていた。
だが、その表情は先ほどの険しさとは違い、どこか気まずそうだった。
「め、迷惑おかけしました……」
おずおずと口を開くひより。
最初に応じたのはコーだった。
「まったくだ。……運が良かったからこそ助かったが」
遮るようにセリアが言葉を挟む。
「待って、先に言うことがあるわ」
「ひより。あなたのおかげで国民は守られた。本当にありがとう。色々説教したいところだけど……ガロスが全部持っていっちゃったしね」
「む……それは確かに礼を言うべきだ。
しかし、それとは別に――」
コーが口を開きかけると、ひよりは慌てて遮った。
「え、いや、私は勝手に……」
「そう!また勝手な判断して……!本当に心臓が止まるかと思ったわ」
「同感だ」
コーは厳しい声を返すが、次に放った言葉は予想外のものだった。
「ところで……避難所から正門まで、滲身で走ってきたんだな?」
「は、はい!」
「いい速度だった。鍛錬を怠っていなかったんだな」
「そうそう!それに空まで飛んだじゃない、ひより!あの拡散攻撃もそうだけど……驚きっぱなしだったわよ」
「がむしゃらで……なんとか上手くいってよかったなと……」
さっきまで怒られていたのに、褒められている。どう受け止めていいのか分からず、ひよりは戸惑う。
そこへ、さらにもう一人が部屋へ姿を現した。
「よーし、みんな揃ってるみたいだな」
ガロスだった。
「明日、急遽マーキスク城へ行くぞ。ひより嬢ちゃんもだ」
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翌日――マーキスク城、国王エドマールの私室。
広い部屋に、エドマール・カーヴェルが椅子に腰掛けていた。
その鋭い視線は、ひよりにまっすぐ注がれる。
「その方が……ひより殿であるか?」
「はい……桃瀬ひよりと申します」
緊張で声が少し震える。
「そうか。私はこの国の代表、エドマール・カーヴェルだ」
彼はゆっくりと頷き、言葉を続ける。
「まずは国王として、国民を守ったことに感謝を申し上げよう」
「あ、いえ……私なんて」
その場をつなぐようにガロスが口を挟む。
「この嬢ちゃんは異界から来たばかりだ。慣れないことも多い。大目に見てやってくれ」
「それは構わんが……」
「ふむ。ガロス。お前は、この子をどうするつもりなのだ?」
重苦しい沈黙を破り、ガロスは低く、しかしはっきりと答えた。
「昨日の戦いで見せた力、成果は皆が確認した。……俺は、ひより嬢ちゃんを勇者の代行人に仕立て上げる」
「なぬっ!?」
その場が一気に揺れ動く。
国王の眉が跳ね上がり、セリアとコーも驚愕の声を上げた。
「代行人ですって!? 冗談でしょガロス!」
セリアが思わず前に詰め寄る。
「おい……ガロス……
ひよりにそんな重荷を背負わせる気か!?」
ひより自身は息を呑み、返す言葉を失っていた。
「セリア、コー。お前らももう分かっただろ?
ひより嬢ちゃんは俺たちが止めても勝手に戦線へ出ていく。それに、こんな馬鹿げた魔力を持つ者を誰が止められる?
俺たちだって骨が折れるぜ。まったく、昔のアレリアそっくりだ」
セリアは口をつぐみ、コーが険しい顔で反論する。
「だがな……ガロス。少々血を見た程度で、アレリアの代わりが務まるとは思えん!」
「感情的には、私も反対よ……でもね、コー。
残念ながら私たちに強く反論する資格はないわ」
「なぜだ?」
セリアはひよりを見やり、苦々しそうに続けた。
「昨日の戦い、ひよりがいなければマーキスク国は甚大な被害を受けていた。……私たちは、一人の少女に守られてしまったのよ」
ガロスが補足するようにうなずく。
「それにな。アレリアが活動してから最近、幹部どもが妙に活発になってきてる。ベラフならともかく、最上位のゼルハザが出てきたら……俺たち三人じゃ歯が立たん」
部屋の空気が一気に重く沈む。
やがて、ガロスはひよりにまっすぐ向き直った。
「ひより嬢ちゃん。決めるのはお前だ」
「幸い、この国は魔術研究が発展してる。セリアや優秀な研究員もいる。ここに残って帰る方法を探す道もある」
「だがもう一つの道は……俺たちと共に行くことだ。隣にいる仲間が明日には死んでいるかもしれない、そんな残酷な戦場にな」
言葉を切り、ガロスは深く息を吐いた。
「俺の本心を言えば……手を貸してくれたら、心からありがたい」
部屋の中に、重く鈍い空気が満ちていた。
ひよりは膝を震わせながらも、心の奥で決意を固める。
「……私は、やります! 皆を……助けたいです!」
その声は震えていたが、しっかりと前を見据えていた。
ガロスの厳しい表情が、ふっと和らぐ。
「……決断、ありがとよ。お前ばかりに重荷を背負わせるつもりはねぇ。そこは俺たちが補助する。……二人も、それでいいな?」
セリアは小さく息を吐き、肩をすくめる。
「はぁ……現状、厳しいのは事実だもの。魔術の基礎を最低限、叩き込むしかないわね」
コーはしばし沈黙していたが、やがてひよりをまっすぐ見た。
「ひより。……滲身を脚力に変換するのは問題なくできるんだな?」
「一応は……」
「俺は、それなら条件を一つつける。……君には逃げる権利を残すことだ。若きアレリアとは違うのだからな」
「うーむ……まぁ、それでいいだろ」
ガロスが頷き、国王に振り返る。
「エドマール、そういうわけだ。あとは教会の説得を頼んだぜ」
エドマールは苦笑しながらも力強く答える。
「もとより拒否権などなかっただろうがな。……最善は尽くそう」
こうしてひよりは正式に、勇者一行へ加わることとなった。
勇者の代行人として、歴史に名を刻む戦いが始まったのだ。




