第二十話 この世界で生きてく為に
マーキスク城内部玉座の間。
国王エドマール・カーヴェルの前に進み出るガロス。
「久しいな、ガロス」
「ええ。しばらく忙しくしてましてね」
短い挨拶の後、エドマールの表情が一気に引き締まる。
「早速だが、わが国の近辺で
ベラフの目撃が確認された。早急に相談したい。
……少し二人きりにしてくれ」
その一言で、護衛兵たちは静かに退室していく。
静寂が落ちた瞬間。
「「……くくくっ…がははははっ!」」
玉座の間に、抑えていた笑い声が響いた。
国王エドマールとガロス、互いに肩を揺らして笑い合う。
「相変わらず偉そうだな、エドマール!」
「この瞬間じゃなければ、お前に王の威厳なんて示せんからな!」
エドマールは懐かしげに目を細める。
「訓練教官の頃から……ほんとにお前は変わらんな」
「俺はいつでも俺だぜ?」
国王は小さく笑みをこぼし、すぐに真面目な声へ戻した。
「あぁ、それと……教会からお前に渡したいものがある」
「すまん、その前に俺からも話がある。
お前を信じて打ち明けるが、緊急なやつだ」
ーーーー
エドマールは話を聞き終えると、重々しく話す。
「アレリア殿の転移……そして、ひよりという少女がこちらに来た、か」
「そうだ。正直、分からんことだらけだ。今は何とか誤魔化してるが……いつ教会に目をつけられるか分からん。そこでお前に、根回しをしてほしくてな」
「なるほど……。マーキスク国内なら何とかなるだろう。
だが、教会全体となると厳しいな」
「そこをなんとか頼むぜ。……俺とお前の仲だろ?」
エドマールは苦笑し、頭を振る。
「国と宗教の行方を仲で解決できるものじゃないぞ、ガロス」
すぐに、険しい声で続ける。
「まぁ……一番厄介なのはサマエルだな。アレリア殿と、お前たち三人以外は認めない。筋金入りの勇者信者だ」
「俺たちもただの人間なんだがなぁ……」
ガロスが苦笑すると、国王はわずかに表情を和らげた。
「とりあえず、できる限りはやってみる。これをお前に渡そうと思っていたのだが、少しは住民の安心とお前の強化になるかもな」
「……?」
二人の会談はそこで終わり、ガロスは城を後にした。
―――
宿舎に戻る途中、裏の開けた場所から声が聞こえてきた。
「もう一度だ、解放とは違う。文字通り身体、
細胞に染み込ませるのが滲身だ」
「はいっ!」
月明かりの下、コーとひよりの声が響いていた。
「おお、やってるじゃねぇか二人とも」
「……あら、ガロス。もう終わったの?」
「まぁな。詳しい編成は後日ってことになった。
コー、ひより嬢ちゃんの調子はどうだ?」
コーは腕を組みながら答える。
「初日だからな。なんとも言えん。……よし、ひより。俺の腹を殴ってみろ」
「えっ!? い、いいんですか!?」
「構わん。遠慮するな……フンッ!」
コーは低く息を吐き、全身に滲身を巡らせた。
見た目に変化はないのに、何かが変わったのは確かだ。
「ひより嬢ちゃん!構わねぇ、思いっきりやってみろ!」
ガロスが横から声を張り上げる。
ひよりは大きく息を吸い込み、頭の中で繰り返す。
(魔力を……細胞に……筋肉に……流し込むイメージ……!)
「てぇいっ!」
ゴッ……!
乾いた鈍音が夜気に響いた。
コーの身体が一瞬沈み。
「……!? おごぉっ!!?おっ……」
コーは顔を歪め、膝を折りかける。
想像以上の一撃に、息が詰まったように呻いた。
「おー!すごいじゃない、ひより」
セリアが目を輝かせて拍手する。
「こりゃたまげたな……コーが対人で落ちるとこなんざ、初めて見たぞ。ひより嬢ちゃん」
ガロスも感心したように笑う。
「えっ、いや……そんな……それより大丈夫ですか、コーさん!?」
慌てて駆け寄るひより。
「う……問題ない……これが滲身だ。……ただの少女でも、魔力を込めれば大の大人を倒す力になる……」
顔をしかめながらも、コーはゆっくりと息を整えて立ち上がった。
「は、はい……!肝に銘じます!」
ひよりは緊張で背筋を伸ばす。
セリアが苦笑しながら補足した。
「ちなみに、もしひよりがちゃんと魔力を込めて殴ってたら……コーの身体は弾け飛んでたわよ。……覚えたてで手加減ができなくて、逆に助かったのね」
「ひ、ひぃ……!」
ガロスは頭をかきながら溜め息をついた。
「……こりゃあ、本格的に訓練を詰め込まなきゃならんな」
コーの訓練を終えたひよりは、全身の力を抜かれたように宿舎の部屋へ戻ると、そのままベッドへと倒れ込んだ。
「……つ、疲れた……ひぃ……」
これまで部活や本格的なトレーニングとは無縁だったひよりにとって、今日の鍛錬は想像をはるかに超えて過酷だった。
息を整えながら天井を見上げ、ぽつりとこぼす。
「頑張るって決めたけど……辛いのはやっぱり辛いな……」
胸の奥に、ぽつりと不安が広がる。
「私……ちゃんと元の世界に帰れるのかな?」
魔法少女となり、この世界でも死線を越えてきた。
それでも気持ちが沈んでしまえば、ひよりはまだ年相応の少女だった。
コンコンとノックが響く。
入ってきたのはセリアだった。
「お疲れさま。訓練、大変だったでしょ?」
「はい……解放と違って難しいです。身体を動かすのもあんまり得意じゃなくて……」
「まぁ、すぐに覚えられるものじゃないわ。魔術は時間をかけて身につけるものよ。
でも、ひよりが“やる”って決めた以上、ここではやり遂げなければならない……少なくとも、この世界ではね」
「……そうですね」
セリアは微笑み、ひよりの隣に腰を下ろす。
「大丈夫。あなたは自分で思ってるより要領がいい。もっと自信を持って。私たちがついてるから」
「……ありがとうございます……!あの、セリアさん」
「ん?」
「もう少しだけ……ここにいてくれますか?」
「もちろんよ」
その夜、ひよりはセリアの気配に包まれながら、ようやく心を落ち着けることができた。
そして、一週間後。
コーに連れられて来たのは、人の気配のない山奥だった。
目の前にそびえるのは、五メートルほどもある巨岩。
「ひより、ここに拳を打ち込んでみろ」
「これに……ですか?」
「そうだ。君の魔力調整が上手くいけば、この程度は砕ける。やってみろ」
「……はい!」
ひよりは大きく息を吸い込み、意識を集中する。
魔力を血液に、皮膚に、指先に細胞の隅々にまで染み込ませるようなイメージをより深く描く。
すると全身の感覚が研ぎ澄まされ、世界が一瞬、鮮明に見えた気がした。
「はぁっ!!」
渾身の正拳突き。
ドガァァァァンッ!!
轟音とともに、巨岩は粉々に砕け散った。
あまりの結果にひより自身が呆然と立ち尽くす。
「ひ、ひぇ……これ、私が……?」
コーは、納得したように頷く。
「そうだ。これは君自身の力だ。鍛えればもっと硬く、もっと強くなれる。……細かい体術や魔力調整はこれからだがな」
「コーさん……ありがとうございました!」
「俺は君に最低限の防衛術を与えただけだ」
「あはは……そうですね」
コーのぶっきらぼうで素直になれない様子に、ひよりは小さく笑みを浮かべた。
「コーさん、滲身が使いこなせれば……どんなことができるんですか?」
「単純に言えば強力な身体強化だ。さらに高めれば、自身の治癒にも回せる。骨折程度なら数秒で回復できるぞ。かなり便利だ」
「なるほど……それは便利ですね」
満足そうに頷くひより。そのまま二人は山道を歩いて帰路につく。
だが、不意にコーの足が止まった。
「……?」
次の瞬間
ブオンッ!!
「――っ!?」
コーの足が閃き、鋭い回し蹴りがひよりへと迫る。
反射的にひよりはバックステップを踏み、ギリギリで回避した。
「……え?コーさん!?」
驚愕するひよりに、コーは淡々と告げる。
「体感しただろう。滲身は力だけじゃない。感覚も研ぎ澄まされる……よく避けたな」
「な、なんとなく……来るって感じて……」
「それで十分だ。今のは俺の五割程度の蹴りだが……君には素質がある」
ひよりは一つずつ、技や技術を習得し、できることが増えていった。
その後ろ姿はどこか浮き足立っていて、山を降りるひよりを見つめるコーは、一瞬、亡き娘の姿を重ねてしまう。
(……ウーリー。お前も、こんな風に笑っていたな)
ーーーー
宿舎の部屋。
ひよりはセリアに、今日の出来事を嬉しそうに報告していた。
「えぇっ!?いきなり蹴りかかってきたの!?」
セリアの目が大きく見開かれる。
「だ、大丈夫ですよ。避けられましたし……コーさん、多分当てるつもりはなかったと思います」
「はぁ……あの人は不器用だからなぁ、どうだか」
「でも!コーさんのおかげで、この世界の魔力をより理解できた気がします!」
その笑顔は、新しい服を買った子どものように純粋で、眩しかった。
セリアは小さく息を吐いて、口元をほころばせる。
「それは良かったわね。……じゃあ、次は私の番。解放の訓練をしましょうか。安心して、私は蹴りかかったりはしないから」
「そ、そうですね。ははは……」
「それじゃ、今日もちゃんと眠れますように」
「はい、セリアさんも」
そう言い残して、セリアは部屋を後にした。
廊下を歩きながら、ふと立ち止まるセリア。
壁に耳を当てると
ゴトッ……ゴソッ……
中から、夜な夜な何かしている物音がかすかに伝わってきた。
(やっぱり……夜中に訓練してるのね)
廊下を一人歩きながら、セリアは小さくつぶやく。
「魔力を上手く扱えるようになるのは良いことだけど……。無茶だけは、してほしくないわね」
月明かりに照らされた横顔は、優しさと不安の入り混じった、姉のような表情だった。
翌朝――。
突如として甲高い音が響き渡り、ひよりは飛び起きた。
ビビビッ! ビビビッ! ビビビッ!
「っ!?もしかして……!?」
レストリアで聞いた重々しい鐘の音とはまるで違う。
それは、電子音のような異質な響きが、街全体を揺さぶっていた。
宿舎の外から兵士たちの怒鳴り声が聞こえてくる。
「群生警報!」
「住民は直ちに避難準備を!」
慌ただしく駆け回る足音、閉ざされる窓、叫び声。
マーキスクに来てから初めての「魔物警報」。
ひよりの心臓は、激しく脈打っていた。




