第十六話 夜の試練、朝の入国
レストリア王国を離れて数日。
一行は野営を繰り返しながら、マーキスク国を目指していた。
魔車の運転席にはセリアが座り、他のメンバーは車内から周囲を警戒している。
ただひよりは、まだ保護されている立場。
見張りというよりは、窓の外を眺めている時間の方が多かった。
そんなとき、草原の奥に群れを見つけ、目を輝かせる。
「――あっ!馬だ!」
だが、そのシルエットは彼女の知る世界のものとは少し違っていた。
通常の馬に似てはいるが、額には小さな角が生え、
全身が筋肉質で逞しい。
「ありゃあ、馬の魔獣だな」
ガロスが答える。
「馬の……魔獣?」
「嬢ちゃんの世界にも馬がいるんだな。魔獣ってのは高濃度の魔力を浴びた動物の変異体さ。気性は荒いが、魔族ほどの害はない」
「不思議な生き物なんですね」
「俺らにとっちゃ馴染み深ぇ存在だ。牛の魔獣の肉なんざ、クセはあるがなかなか旨いんだぞ」
すると運転席から声が飛ぶ。
「ひより、あまり妙なものを食べちゃダメよ」
「そ、そうですね……」
苦笑しながら頷いたひよりは、気を取り直すようにガロスへ問いかける。
「あの、ガロスさん」
「ん?」
「……私まで一緒に行って、迷惑じゃないですか?あの国にいた方が、皆さんのためになるのかなって……」
不安をこぼすその声に、隣のコーが低く応じる。
「気にするな。むしろ、我々がいなくなった後の君の方が心配だ。ネイヴを一撃で倒した力……悪用されかねん。だからこそ、君は我々が必ず守る」
「……ありがとうございます、コーさん」
礼を言うひよりに、すかさずセリアとガロスが突っ込む。
「退避の時の貴方から、随分と変わったわね。
点数稼ぎかしら?」
「おう、八つ当たり分を取り返すには、まだまだ足りんぞ」
「なっ!? 俺は……そんなつもりじゃない! ただ、素晴らしい活躍を見せてくれたから敬意を払っただけだ!」
「会話が噛み合ってないぜ」
そうして囁くような談笑が車内に広がる。
ひよりも自然と笑みを浮かべ、その場の空気に溶け込んでいった。
夜更け。
一行が眠りについている中、ただ一人セリアだけが見張りについていた。
ふと気配を察知し、低く告げる。
「……ガロス、コー。魔族の群生が近づいてくるわ」
薄暗い車内で、二人がゆるりと身を起こす。
「了解。なあコー、ここは任せて寝とくか?」
「馬鹿を言え。さっさと片づけて終わらせる」
車内が賑やかになり、少し遅れてひよりが寝ぼけ眼をこすりながら身を起こす。
「ん……えっ!?ま、魔族!?」
慌てて杖を取ろうとするひより。しかしセリアが穏やかに制した。
「ひよりはじっとしてて。すぐ片づけるから」
ひよりは唇を噛んだが、無理に反論はしない。
「……はい。お気をつけて」
「ありがとう。すぐ戻るわ」
そう言い残すとセリアは魔車から軽やかに飛び降りた。外では、魔族の群れが迫っている。
ガロスが悠然と数える。
「ざっと20体ってところか。よかったな、また寝れるぞ」
「眠たいからさっさと片づけてましょ、見張り交代して欲しいし」
セリアが細い指をすっと動かす。
瞬間、魔法陣が展開し、黄の輝きが辺りを照らした。
視界を広げ、迫り来る群れの輪郭を浮かび上がらせる。
ひよりはそっと馬車の外を覗き込んだ。
目に飛び込んできたのは、あまりに異様な光景だった。
あれほど恐ろしい存在の魔族。
だが三人は、それをまるで日常業務のように
淡々と片づけていく。
そこからは圧巻だった。
セリアは指先から解放による閃光により滅殺。
コーは滲身によって目にも留まらぬ速さで魔族を打ち砕く。
そして魔車を襲おうと迫る大型の魔族も、ガロスの結界に阻まれ、一歩たりとも進めない。
ひよりは改めて思い知る。
この人達は、魔王を倒すために選ばれた者達なのだ。
数分もしないうちに、地面は魔族の屍で埋め尽くされていた。
「……すごい。みんな、本当に強い……」
思わず漏れたひよりの声を背に、ガロスがセリアへ声をかける。
「とりあえず俺が杭を打っておく。お前らはもう寝ちまえ」
「あら、ありがとう。それじゃあお言葉に甘えさせてもらうわ」
「うむ。では、俺も休ませてもらおう」
セリアとコーは再び奥へ下がり、横になった。
ひよりは、まだ胸の鼓動が早いまま眠れず、ガロスの作業をしばらく眺めていた。
やがて気づいたガロスが、振り返って声をかける。
「……ひより嬢ちゃん、寝られねぇか」
「はい……目が覚めてしまって」
静かな深夜に、少し会話をする二人
「……戦えなくて、悔しいか?」
「いえ、そんな……」
「まぁ、焦る気持ちもわからんでもないが――」
ドッドッドッ……!
奥から地鳴りのような足音が近づいてくる。
やがて姿を現したのは、大型魔族。
しかも一回り大きな個体だった。
「ほぉ、こりゃでかいな……。
よし、ひより嬢ちゃん。アイツに一発ぶち込んでみな」
「えっ!?わ、私が!?」
「大丈夫だ。ネイヴに比べりゃ取るに足らん。
なんたらビームでもいいから、思いっきりやってみろ」
巨大な魔族が迫ってくるというのに、ガロスの表情は微動だにしない。
一方で、ひよりの顔には焦りが浮かんでいた。
(こ、怖い……!)
かつての襲撃の記憶が脳裏をよぎる。だがそれ以上に
ネイヴを討伐したあの達成感が背中を押した。
「てぇいっ!!」
魔力を一気に溜め、両手を前へかざす。
解放の速射。
ゴァッ!!
ギャオオオッ!!
光線が轟き、魔車ごと地面を揺らした。
直撃を受けた魔族は断末魔を上げ、その巨体ごと四散する。
「……ほぉ。お見事」
感心したように頷くガロス。
しかし、反動で揺さぶられた魔車が倒れ、
ひよりはセリアやコーと一緒にごった返すように転げ落ちる。
「な、何ごと……?」
「うっ、敵襲か……!?」
寝ぼけ眼の二人に、ガロスは苦笑しつつ肩を竦める。
「そこまで溜めてないが、やっぱり威力が桁外れだな」
ーーーー
魔車を戻すと、セリアとコーが同時にガロスに詰め寄った。
「ガロス! 貴方って人は!」
「強力な魔族に襲撃されたと思ったぞ」
二人の叱責に、ガロスは頭をかきながら苦笑いする。
「おぉ、すまんすまん。ちょうどひより嬢ちゃんのいい試し打ちが来たもんだからな。爆発しちまって魔力回収はできんが」
「そういう問題じゃないの!」
「ひより、ガロスの無茶振りにいちいち従わなくていいのよ。何かあったら私たちを起こしてくれて構わないから」
コーも腕を組み、追い打ちをかける。
「ガロス……彼女は戦闘に参加させるべきではないと、
あれほど言っただろう」
「戦闘に参加させるつもりはねぇさ」
「だが、ここは管理外地だ。何が起こるかわからん。
ある程度、魔族と対面する経験や自衛の手段を持っておく必要はあると思うがな」
「それはそうだが……しかし」
コーは言葉を濁す。
そんな空気を破るように、ひよりが小さな声を絞り出した。
「私は……大丈夫です。いざとなった時、何かできた方がいいかなって……」
沈黙の中、セリアが口を開く。
「まぁ……確かに。膨大な魔力を、きちんと調整できるようにしておく必要はあるわね」
「特にこれから向かう国は魔術の発展した場所。変に暴れたら、すぐに目をつけられかねないもの」
「とりあえずまずは、魔力の基礎から教えないとね」
ガロスも、ひよりへと向き直る。
「というわけで悪いが、ひより嬢ちゃん。ここからは少し苦労するが……大丈夫か?」
「はい! 迷惑をかけないように、頑張ります!」
ひよりは拳を握り、やる気のある表情へと変わる。
その横で、コーが念を押すように低く言った。
「ガロス……あくまで自己防衛のためだからな」
「もちろんだ。わかってるさ」
夜の重苦しい空気も、眠りとともに薄れていった。
そして早朝
一行はついにマーキスク国の城門前へとたどり着く。
門の向こうに広がる街並みは、レストリア王国と比べても格段に立派だった。
石造りの建物は縦横に整然と並び、屋根の一部は淡い光を放っている。
それだけで、この国の魔術技術が高度であることが一目で分かる。
ガロスは、門衛に声をかけた。
「魔王討伐隊の者だ。入国の許可はいただけるか?」
門衛は一礼する。
「はい、事前に通達を受けております。どうぞお進みください」
ごうん……と重々しい音を立てて、分厚い扉が左右に開いていく。
朝の光に包まれながら、一行はマーキスク国の大地へと足を踏み入れた。




