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第十四話 勇者なき感謝の儀


レストリア王国

ベルナール教会にて


荘厳な鐘の音が高らかに響き、大聖堂の中央に、

レストリア王と王国騎士団、そして市民たちが集っていた。

王は玉座から立ち上がり、一行とウーリス、ロベルトの前に進み出る。


「ネイヴ討伐、その偉業に、国王として深く感謝を申し述べる。そして、これまでの戦いで倒れ犠牲になり、帰らぬ者となった者たちへ哀悼の祈りを……」


王の言葉に合わせ、参列者全員が静かに頭を垂れる。

その後、国民たちの口からは感謝と歓喜の声が湧き上がった。

ひよりは列の中で、ひっそりとその光景を見ていた。


「ま、前が見えない……」


歓声と人波に押され、小柄な体がさらに埋もれていく。


ーーーー


儀式が終わり、ひよりは宿舎へと戻っていた。


コンコン。

控えめなノックの音。


扉が開くと、一行が揃って入ってきた。

先に口を開いたのはガロスだった。


「本当に良かったのか?俺が適当に理由をつけて、壇上に立たせることもできたんだが」


ひよりは首を振る。

「いいんです。本来ならアレリアさんが立つべきところですし……それに、色々と面倒になるって聞いてますから」


セリアが腕を組み、少し複雑な表情を見せる。


「皮肉な話ね……その判断が本当に助かっているの。聖剣教会さえ絡まなければ、もっと気楽に感謝されていたでしょうけど」


空気が少しだけ重くなる。


「聖剣教会……ですか?」


ひよりが小首をかしげると、セリアは深くため息をつきながら説明を始めた。


「そう、勇者信仰とも言われてる。魔王襲来の混乱期に生まれた新しい宗教で、勇者や強者を神に近い存在として崇めているの。

もともとは人々の心を支えるための祈りの集まりだったけれど、近年は特にアレリアを熱狂的に崇拝しているわ。

彼らの援助は正直ありがたいのよ。だけど同時に、勇者に偶像を抱きすぎて、現実を見なくなる人も増えてきたの。中にはアレリア様は世界を導いてくれると信じて疑わない過激派まで出てきているのよ」


セリアの目が少し険しくなる。

「アレリアは、勇者である前に一人の女性。

楽しむ時間、笑う時間も、本来は必要なのに……」


「まぁ、それくらいにしてやれ」

ガロスが軽く手を振って遮った。


「今は久しぶりの休暇だ。堪能しようじゃねぇか。

ひより嬢ちゃんも、しばらくはゆっくりしてってくれ。

なに、アレリア教だかなんだかは、大半は俺たち勇者一行の一言でなんとかなる。安心しな」


コーも穏やかな表情で口を開く。


「俺も今回の判断は正しいと思う。君はいわば不確定要素が強い存在だ。魔術師というのは、本来きっちり制度と資格が決まっている。まして異界の魔術なんて知れたら……黙っていられない連中も必ず出てくる」


ガロスは胸を張って言った。

「だがな……!ネイヴ討伐の一番の功績者は、

間違いなくひより嬢ちゃんだ。歴史書に刻まれなくても、俺たちは覚えてるぜ!」


「あはは……ありがとうございます」

ひよりは少し照れながらも、その言葉を心に刻んだ。


外ではまだ、祝宴の歌と笑い声が夜空に響き続けていた。



時間も経ち、ひよりは宿舎の布団に深く潜り込んでいた。


(ラブリー☆ビーム。どうして使えたんだろう…

魔力のコントロールが、うまくいったから? もしかして……

エターナルの魔法も使えるのかな?明日、時間があったら

セリアさんに聞いてみよう)


そんなことを考えているうちに、この世界に来てから初めて、起床時間を気にせずに深い眠りへと落ちていった。



翌朝。


ベルナールの街は、まるで祭りのような賑わいに包まれていた。

露店からは焼き菓子や香辛料の香りが漂い、広場では楽団が笛と太鼓を奏でる。昨日の勝利を祝う人々の笑顔が、どこを見ても溢れている。


「ひっさしぶりの休暇だな」

ガロスが腕を回しながら上機嫌に笑う。


「……まぁ俺はこのあとウーリスとロベルトに飯を奢る約束なんだが。コーもどうだ?」


「ああ、行こう」


「今度は無視するなよ?」

ガロスがニヤリとからかうと、コーは照れ隠しの様に顔をそっぽを向けた。


「……! も、もちろんだ」


そんな二人を横目に、セリアがひよりへと歩み寄る。

「それじゃ、ひより。私達はゆっくり買い物に行きましょう。いろいろ教えてあげるわ」


「あ、ありがとうございます!」

ひよりは思わず笑顔になる。


こうして一行は二手に分かれ、ガロスとコーは男同士の食事へ、セリアとひよりは活気あふれる市街地へと歩みを進めていった。


セリアに連れられて辿り着いたのは、街の中央広場だった。


そこでは魔術師たちが次々と術を披露している。

黄属性の光が空へと放たれ弾けて花火となり、観客から歓声があがる。

赤属性の炎はリズムに合わせて舞い上がり、まるでカーニバルの舞台のように熱気を生み出す。

そして青属性の魔術師が静かに手を掲げると、淡い光とともに氷が形を成し、広場の中央に勇者アレリアの精緻な氷像が浮かび上がった。


「へぇ、この国にも青持ちがいるのね。魔術の発展も進んでるようね」


セリアが感心したように呟き、隣のひよりを見やる。


ひよりは、目を輝かせながら演出を見ていた。


「わぁ……!すごい……!」


戦いの緊張と疲れを忘れ、無邪気に笑うその表情は、年相応の少女のものだった。


「……良かった」


「やっと、心からの笑顔になれたわね」 


セリアは胸の奥でそっと息をつき、柔らかく微笑む。


賑やかな広場を後にし、二人は売店を巡る。

色鮮やかな石をあしらった首飾り、見たこともない装飾品が並び、ひよりは目を輝かせながら手に取っては眺める。

ひと通り買い物を済ませ、休憩がてらテラス席に腰を下ろす。


二人は魔術について再び話し合う。


「ラブリー☆ビーム!」

セリアがひよりの杖を掲げ詠唱する。

しかし何も起こらない。


「……だめね。詠唱は合ってるはずなのに、やっぱり私には使えないわ」


セリアは興味深そうに目を細める。


「特定の人にしか発動できない魔術……本当に面白いわ。他の呪文も試したの?」


「はい。攻撃魔法は多分使えます。でも結局、異次元の魔法は使えませんでした。私にもよくわからなくて……」


「そう。それじゃあ、一緒にその魔法とやらを解き明かしていきましょうか」


「ありがとうございます!……あの、セリアさんって魔女なんですよね? 魔女って、何をする人なんですか?」


セリアは軽く笑って肩をすくめた。


「あ〜、別に魔女だからって特別なことはないのよ。優れた魔術師に与えられる、いわば勲章みたいなもの。

ただ……私のおばあちゃんが若い頃は、魔女どころか、

魔女の研究や、疑いのある事をしているだけで処刑される時代だったらしいわ」


「……それは、怖いですね」


「魔王が襲来してからね。皮肉なことに、おばあちゃんの魔女研究が役に立ったの。それ以来、魔女は称えられる存在になったわ」


セリアはふっと微笑み、杖の先で机を軽く叩く。

「……まぁ、こんな時に暗い話をしても仕方ないわね。ひより、あなたの世界のことも聞かせて」


「はい! 私の世界では――」


ーーーー


その頃、ベルナールの居酒屋は酔客の笑い声と香ばしい肉の匂いに包まれていた。

奥の席では、ガロスとコー、ウーリス、ロベルトの四人が木皿の牛肉と、牛の魔獣の肉を肴に酒を酌み交わしている。


「やっぱり、魔獣の肉は最高だな! 勝利の日にはもってこいだ!」


豪快に笑いながら牛の魔獣の肉をかじるガロスに、

ウーリスは顔をしかめた。


「ガロスさん……よく牛とはいえ魔獣を食べられますね」


「これが強さの源よ!」


そんなやり取りの中、ロベルトがふと思い出したように口を開いた。

「そういえば……あの少女は何者だったんですか?」


「……ああ、それはだな……」


ガロスは笑みを浮かべつつも、どこか言葉を探すように視線を泳がせる。

するとコーが静かに口を挟んだ。


「協力者だ。強烈だが、一度きりの魔術を使ってくれた。……もう関係のない人になった」


その低く抑えた声と険しい表情が、

それ以上は聞くなと暗に告げていた。


「ロベルト、まぁ……勇者一行には特別な事情があるんだよ」


ウーリスが軽く笑ってごまかすと、ロベルトは姿勢を正してうなずいた。


「そ、そうですか……」


「そういうことだ。内密にな」

ガロスは声を落として続ける。


「お前らの昇進は、ちゃんとカラムに念押ししておいたから安心しろ」


「「ありがとうございます!!」」


二人は揃って頭を下げ、その場の緊張はふっと和らぐ。

やがて四人は勘定を済ませ、解散する。



帰り道、コーが低く問いかける。


「……で、ガロス。次の任務はもう決まってるのか?」


「ああ、マーキスク国だ」


ガロスの口調は、先ほどまでの豪快さとは打って変わって引き締まっていた。


「魔術と宗教が絡む、なかなか面倒な国だ。その近くの森林でベラフの目撃情報があるらしい。明日には出発の準備を整える必要がある」


「……あと三体、か」


コーの声は重く落ちる。

「ひよりは……連れて行くつもりなのか?」


「そうだな。下手に国の保護下に置かれて利用されるより、俺たちと行動を共にしたほうが安全だ」


ガロスは、淡々と言葉を重ねる。


「二人には口止めしてあるが、どこから情報が漏れるかわからん。あの力を知った者が、黙っている保証はない」


「……そうか」


コーは腕を組み、しばし無言で歩いた。眉間には深い皺が刻まれ、心配を隠せない。


「大丈夫だ」

ガロスはわざと軽い調子を装い、コーの肩を軽く叩く。

「俺たちが守れば問題ない。それに彼女はアレリアが帰ってくる唯一の手掛かりだ。セリアもいるし、上手くやれるさ」


「ふっ……そうだな」


コーは小さく笑い返し、二人は静かに並んで歩き続けた。


そして翌朝


勇者一行は次なる幹部討伐のため、マーキスク国へ向けて魔車を出発させた。

王城の前には見送りのために多くの市民が集まり、国王自らが激励の言葉を送る。


「勇者一行に幸運と勇気を……そして、この世界に平和が訪れることを祈ります」


「感謝します」

ガロスが短く応じると、群衆から大きな歓声が上がる。

その声援を背に、一行はレストリア王国を後にした。


だが城門の奥、静かにその様子を見送っていた国王は胸中で呟く。


(……結局、アレリア様の姿は見えなかった。

極秘の任務と聞かされたが……本当なのか?)


レストリアを出てしばらく経ち、遠く王国の姿が霞んで見えなくなる頃。

魔車の荷台から、セリアが声をかけた。


「ひより、もう出てきても大丈夫よ」


「は、はい!」


荷物の影からヒョコっと顔をのぞかせるひより。


この世界に来て、魔族の脅威を知り、そして幹部をも倒した少女。

だが、マーキスク国でもまた、新たな試練が彼女を待ち受けているのだった。


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