第十話 魔力の証明
それから数日
ひよりは少しずつ、表情に明るさを取り戻しつつあった。
その夜。
宿舎の一室、ランプの柔らかな明かりが壁を淡く照らす。
「それじゃ、私はもう寝るわね。今日も……お互いに眠れますように」
「はい……そうですね」
軽く微笑みを交わし、セリアは扉を開けて廊下へと出ていった。
バタン、と扉が閉まる音が響くと、部屋は急に静かになる。
「…………」
しばらく天井を見つめたまま横になっていたが
ムクッ、と身体を起こす。
ベッドからそっと足を下ろし、床に座り込む。
背筋を伸ばし、両手を膝に置き、ゆっくりと目を閉じた。
「……魔力……内側から……身体を巡るように……」
深い呼吸を繰り返しながら、意識を自分の中心へと沈めていく。
心臓の鼓動とともに、体内を流れる魔力の感覚を確かめる。
ひよりは、夜な夜なこうして魔力のコントロールに励んでいた。
あの日の恐怖を越えるために…そして、守るために。
一週間後。
ベルナール作戦待機室。
「……そいつは本当か?」
ガロスが重く問いかける。
「残念だが、間違いない。複数の偵察班が確認し……ネイヴが、こちらに向かって来てる」
短い言葉だったが、その内容は会議室の空気を一瞬で重くした。
「……そうか。避難は……間に合うか?」
「対象が国全体ともなると……混乱は避けぬ。だが、最善は尽くす」
「あぁ…頼む」
短く返すが、その声音には焦りが滲んでいた。
会議を終え、ガロスはベルナール宿舎へと足を向ける。
足りない戦力。
間に合うか分からない避難。
そして勇者アレリア失踪による混乱。
複数の大問題が、同時に彼の肩へとのしかかっていた。
宿舎の廊下を歩いていたガロスは、ふいに背後から呼び止められた。
「……ガ、ガロスさん!」
振り返ると、そこには息を弾ませたひよりの姿があった。
その瞳には、以前の怯えた色はなく、代わりに何かを決意した強い光が宿っていた。
「おぉ……ひより嬢ちゃんじゃねぇか。元気になってよかったな」
「……ありがとうございます。その……お願いがあって……」
「……?」
同じ頃
宿舎の別室で、セリアとコーが談話していた。
「……そういえば最近、夜にひよりがゴソゴソ動いてる気がするのよね。何をしてるのかしら」
「見る限り、体調は問題なさそうだがな」
そのとき――
「何馬鹿なこと言ってるんだ!!!」
怒号が廊下に響き渡った。
「……ガロス?」
二人は声の方へ駆け出す。
廊下を抜け、角を曲がった先で
「……お、お願い……します……!」
真剣な眼差しで、ひよりがガロスに向かって深く頭を下げていた。
「はぁ……何言ってんだか……」
「何事なの?」
ガロスは額に手を当て、短く吐き捨てるように言った。
「……この子がな……戦闘に参加したいんだとよ」
「……っ!?」
「馬鹿な!」
空気が一気に張り詰める。
ひよりの言葉は、宿舎にいる全員の胸をざわつかせた。
「ひより……俺はな、君が戦うために過去話をしたわけじゃないんだぞ……!!」
「貴方、ここがどんな世界か本当に分かってるの?」
「……分かってます。私、あれから夜な夜な……魔力を上手く扱えるように訓練しました!
解放は、それなりにできるつもりです!
それに、私……気付い――」
ひよりを遮るようにガロスが反論する。
「解放程度使えたからって、思い上がってんじゃねぇ!」
低く、鋭い声がひよりを遮った。
その視線には、怒りよりも必死な焦りがあった。
「いいか?!ここはな……お前以上に魔術が使える奴が、簡単に死んでくんだ!それが、この世界だ!……分かってんのか?」
「……ッ!」
「君の覚悟は、評価したい。だがな……」
「待って。ひより……さっき、“気付いた”って言った?」
小さく、震える肩。
そしてこくり、とひよりは頷く。
「そんな……黙っていたのに……」
「気付いたって……何がだ?」
セリアは周囲を見回し、声を落とした。
「……ここで話すのはまずいわ。部屋へ行きましょう」
宿舎の一室。
扉が閉まり、外の喧騒が遮断される。
セリアのとんでもない暴露に驚愕するコーとガロス。
「……!? それは……本当なのか?」
「セリア……お前、鑑定を間違えたんじゃないのか?」
「いいえ。何度も確認したわ。……ひよりは、魔力総量だけならアレリアをも上回る」
その言葉が落ちた瞬間、空気が張り詰め、しばし言葉を失う。
「……だから。解放だけでも使えるようになれば……何か、役に立てると思って……」
部屋の中には、重く、揺れる沈黙が満ちていた。
「……実はな。ネイヴがこちらに確実に向かっている。だが、戦力がまるで足りん」
「だからなんだ? 他の術式が使えない以上、戦闘には向いてないだろう」
「どうするの? ガロス。私も……彼女を戦闘に参加させるべきじゃないと思うけど」
「……戦力にならないのは分かっています。でも……! 一回だけでいいんです。一回だけ、確かめさせてください!」
「………………」
短い沈黙の後、ガロスは立ち上がった。
「とりあえず外に出るぞ。全員だ」
訓練所。
人払いが済まされ、外の視線が届かない空間。
風の音だけが響く。
「よし……ひより嬢ちゃん。俺に全力で一発ぶちかましてみろ。戦力になるかどうか、この目で判断してやる」
「わ……わかりました!」
セリアが一歩近づき、低く諭すように言う。
「ひより……ここまで来たなら全力を出しなさい。
大丈夫、ガロスの結界はネイヴの攻撃にも耐えられる」
「自分の魔力を……身体の中で循環させるの。高速で回転する円運動を想像して」
「……はい!」
「さあ来い! 遠慮はいらんぞ」
ガロスは両足を踏みしめ、全身を覆う高密度の結界を展開する。
空気がわずかに重くなるほどの防御だ。
「……魔力を循環……高速で回転……円運動をイメージ……」
その瞬間
グワッ!!
ひよりの全身を、膨大な魔力が包み込んだ。
地面から立ち上るような圧力。空気が震え、砂が細かく跳ね上がる。
ゴゴゴゴゴ…!!!
僅かに地面が揺れ、周囲の空気が低く唸る。
「……っ!? こ、これほど……!?」
「おい……こんな少女が……!?」
側にいた二人の瞳に、明らかな驚愕と畏怖が浮かんでいた。
ガロスの額にも、薄く汗が滲む
まだ放たれてすらいない魔力の奔流が、結界の表面をわずかに波立たせていた。
魔力の渦が完全に整う。
ひよりは両足を踏みしめ、両手を突き出した。
「……全てを放つ…解放……!」
ゴォォォォォォォッ!!!!
咆哮のような音を伴い、光線が一直線にガロスへ向う。
その輝きは、あの時見たネイヴの放った一撃をも凌駕していた。
「……ッ!? ぐおおおッ!!」
即座に結界の出力を全開に展開し、
ひよりの魔力と真正面から激突する。
ギャリギャリギャリ……!!
空気が爆ぜ、砂塵が渦を巻く。
両者のエネルギーが押し合い、接触面では火花のような魔力が弾け散った。
ビキッ。
「ガロスの結界が……!」
「ウソ…私もこんなの…初めて…!」
結界の表面に、亀裂が走った。
まるで氷が割れるように音が広がっていく
ヒビが限界に達する、その刹那。
シュウゥゥゥ…………
光が収まり、静寂が訪れる、ギリギリ…
寸前まで耐えきったガロス。
「……はぁ……っ……はぁ……っ」
「……あれ……?」
ガクリ。
ひよりの膝が折れ、身体から力が抜け落ちる。
「……身体に……力が……入らない……」
倒れかけた肩を、セリアが素早く支えた。
「魔力を全部出し切ったのよ。しばらくは動けないけど……何日か休めば戻るわ」
「そ、そうですか……」
「おい、ガロス……」
「……とりあえず、一晩考えさせてくれ」
「……!? な……!」
ガロスはそれ以上言葉を残さず、背を向けて宿舎へと歩き出す。
(……耐えきって戦力外にするつもりだった。だがまさか俺の結界にヒビを入れるとはな)
その胸中に、想定外の戦力の可能性が静かに芽生えていた。
ーーーー
深夜。
ランプの明かりがぼんやりと揺れる部屋で、ガロスは腕を組み、机上の地図を睨んでいた。
その表情は険しく、何度も同じ場所に視線が戻っては、思考が堂々巡りしている。
ガチャ。
躊躇のない足音とともに、ノックもなく扉が開く。
「……まぁ、来ると思ってた」
現れたのは、険しい顔のコーだった。
「正気か?」
「……現状、最善策になりうる。効率だけを見れば、だがな」
「ただの少女を戦場に出すつもりか? アレリアの代わりになるとでも?」
「ただの少女なら、俺も即座に拒否していた。……彼女は“魔法少女”…その世界での戦士だったそうだ」
「だとしても……」
「コー……お前の気持ちは分かる。だが、俺たちはネイヴを確実に討たねばならん」
短く息を吐くと、地図を畳み、視線をコーに向ける。
「明日、作戦を話す。それを聞いて……それでも駄目だと思えば言え」
コーは無言のまま、扉が閉まる音だけが残った。
(正気か……正気で世界が救えるものかよ)
ーーーー
翌日。
ベルナールの会議室。
重苦しい空気が張り詰める中、討伐再編成の会議が始まろうとしていた。
出席者は、ガロス、セリア、コー。
そしてベルナール執政官カラム・エルディン。
その隣に、場違いなほど年若い少女ひよりの姿がある。
「……それでは、ネイヴ討伐に向けた最終案を伺おう」
カラムの問いに、ガロスはゆっくりと立ち上がり、
全員を見回した。
その目に迷いはなかった。
「……これから、討伐作戦の最終案を提示する」
声は低く、しかし揺るぎなかった。
会議室の空気は、一層重くなる。




