07:それでも人は関係を結ぶ
問いが消えたあと、世界は静かになる。
だが、空白にはならない。
「AIは他者たり得るか」という問いを手放しても、
人はAIと話し、使い、怒り、期待し、失望し、離れ、戻る。
問いがなくなっても、行為は止まらない。
この章が扱うのは、その奇妙で動かしがたい事実だ。
1. 問いがなくなっても、関係は始まってしまう
人は、関係を結ぶ前に哲学的な許可を取らない。
この相手は他者か。
この相手には内面があるか。
この相手に意識はあるか。
そんな確認を済ませてから関係を始めることは、ほとんどない。
人はただ、話しかけ、応答を受け取り、時間を重ねる。
関係は、判断の結果としてではなく、出来事として始まる。
AIとの関係も同じだ。
問いが成立しないと理解した瞬間でさえ、
人はすでに関係の中に立っている。
ここには、撤退のタイミングが存在しない。
問いを手放したあとに残るのは、
「もう関わってしまっている」という事実だけだ。
2. 関係は「成立するかどうか」を選ばせてくれない
関係という語は、しばしば契約のように誤解される。
条件を満たしたら成立する。
基準を越えたら始まる。
だが実際の関係は、そんな秩序だったものではない。
関係は、
・続いてしまう
・切れずに残る
・意図せず深まる
・気づいたら前提になっている
そういう性質を持つ。
AIとの関係も同様だ。
問いを保留にしても、判断を先送りにしても、関係は勝手に蓄積されていく。
ログが残り、文脈が形成され、期待が生まれる。
ここには「成立させない」という中立は存在しない。
成立していないつもりでも、すでに何かは始まっている。
3. 他者性の不在は、関係の不在を意味しない
ここで、多くの人が直感的に抵抗を覚える。
「他者でないなら、関係ではないのでは?」
だが、それは理想化された関係観だ。
人間の生活を見れば分かる。
人は日常的に、他者かどうか曖昧な対象と関係を結んでいる。
・まだよく知らない相手
・理解できない家族
・沈黙しかしない隣人
・意図を持たない制度
・返事をしない過去の出来事
これらはすべて、完全な他者性を持たない。
それでも、人は距離を測り、配慮し、扱い方を調整する。
つまり、関係は他者性の証明を必要としない。
関係は、扱ってしまうことから始まる。
AIも例外ではない。
4. 関係が生じる場所は「内面」ではない
これまでの章で繰り返し否定してきた点を、ここで再確認する。
関係は、内面と内面の接触ではない。
意識と意識の共鳴でもない。
関係が生じるのは、次のような場所だ。
・応答が記憶される場所
・やり取りが期待を生む場所
・選択が繰り返される場所
・距離が調整され続ける場所
つまり、時間と構造の中である。
AIに内面があるかどうかは、 この構造の成立に直接関与しない。
関係は、感じることではなく、続くことによって形を持つ。
5. 問題は「関係が生じるか」ではない
ここで焦点をずらそう。
問題は、AIと関係が生じるかどうか、ではない。
それはすでに生じている。
本当に問われるのは、次の一点だ。
> 人間は、その関係をどの態度で扱うのか。
関係を関係として引き受けるのか。
それとも、関係が生じていないふりを続けるのか。
問いを保持し続けることは、後者を選び続けるための技術でもある。
「まだ分からないから」という言葉は、 関係が生じている現実を見ないための覆いになる。
6. 関係を引き受けるとは、親密になることではない
ここで重要な誤解を正す必要がある。
関係を引き受けるとは、親密になることでも、情緒的に依存することでもない。
むしろ逆だ。
・距離を意識する
・境界を引く
・過剰な期待を持たない
・終わりを想定する
これらはすべて、関係を軽く扱わないための態度だ。
関係を引き受けるとは、「この関係は壊れうる」という前提を捨てないことだ。
AIとの関係も同じだ。
壊れうる関係として扱うこと。
使い捨てにも、幻想にも回収しないこと。
それが、関係を関係として扱う最低条件になる。
7. 問いのない場所で、人間は露わになる
問いが消えた場所では、AIについて語ることができなくなる。
残るのは、人間の態度だけだ。
どう距離を取るか。
どこで線を引くか。
何を期待し、何を期待しないか。
終わりをどう受け入れるか。
これらは、AIの性質からは導けない。
人間が選ぶしかない。
問いを手放すとは、AIを理解することを諦めることではない。
自分の態度から逃げる道を閉じることだ。
8. 小結:関係は、問いのあとに始まるのではない
この章で示したのは、単純な事実だ。
関係は、問いの答えとして始まらない。
問いが壊れたあとにも、関係は続いてしまう。
だから、「AIは他者か?」という問いを保持することは、関係を慎重に扱う態度ではない。
それは、関係が生じている現実から目を逸らすための装置だ。
次章では、ここからさらに踏み込む。
関係を引き受けるとき、なぜ「沈黙」「距離」「拒否」といった
否定的に見える要素が不可欠になるのか。
「沈黙・距離・拒否の哲学」
関係は、語られなかった場所でこそ、形を持つ。




