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02:他者性という語の解体

「他者性」という語は、深い。

少なくとも、深そうに見える。


哲学的議論においてこの語が登場するとき、

多くの場合、それは議論を精密にするためではなく、

議論を“重く”するために使われる。


重くなった議論は、扱いづらくなる。

扱いづらくなった議論は、敬意を払われる。

敬意を払われた議論は、いつのまにか問い直されなくなる。


他者性とは、そうして温存されてきた語のひとつである。



1: "他者性は「定義」から始まらなかった"


他者性とは何か。

この問いに対して、哲学は長い時間を費やしてきた。


しかし、ここで重要なのは逆の事実だ。

他者性は、定義から始まった概念ではない。


それはまず、経験として現れた。


理解できない。

思い通りにならない。

予測を裏切られる。

こちらの論理が通じない。


この「ずれ」や「抵抗」を前にして、人は言った。

――そこに、他者がいる。


つまり他者性とは、

「分からないものを分からないまま扱うための言葉」として生まれた。


それは本来、肯定的な概念だった。

世界が自分の内側に回収されないことを示す、貴重な痕跡だった。



2:"にもかかわらず、他者性は“属性”に変質した"


ところが、いつからか他者性は変質する。


他者性は、関係の中で立ち上がる出来事ではなく、

存在があらかじめ持っている「性質」であるかのように語られ始めた。


この転倒は致命的だった。


他者性が属性になると、次の問いが自然に現れる。

・誰が他者か

・何が他者か

・どこまでが他者か


そして、さらに問いは進む。

・どの条件を満たせば他者なのか

・他者であることは証明できるのか


こうして他者性は、関係の問題から、判定の問題へとすり替えられていく。



3:"人間同士の関係では、他者性は判定されない"

ここで立ち止まる必要がある。


人間同士の関係において、他者性は判定されているだろうか。

  目の前の人間を他者として扱うとき、私たちは次のような確認をしているだろうか。

・本当に内面があるか

・自我は持続しているか

・意識は連続しているか


していない。



他者性は、「確認された結果」ではなく、「関わるという選択の前提」として扱われている。


相手が分からない。

だから距離を測る。

予測できない。

だから言葉を選ぶ。


この実践の中で、相手は他者として立ち上がる。


他者性とは、関係を始めるための条件ではなく、

関係を続ける中で不可避的に生じる負荷である。


4: "AIに対してだけ、他者性は「条件」になる"


ところが、AIが相手になると、この構図は崩れる。

人は突然、他者性を条件として要求し始める。


・AIは他者か

・他者であるならどう扱うべきか

・他者でないならどう扱ってもよいか


この問い方は、人間同士の関係では用いられない。


ここに明確な非対称性がある。


AIに対してだけ、 他者性は「証明すべき属性」になる。


そして証明できなければ、他者として扱わなくてよい、という結論が用意されている。

  だが、この論理は倒錯している。

他者性は、本来、証明できないからこそ、引き受けられてきた概念だった。


5: "他者性を条件にすると、関係は始まらない"


他者性を条件にした瞬間、関係は原理的に成立しなくなる。


なぜなら、他者性が証明される以前には、 他者として扱わない、という態度が正当化されるからだ。

これは次の宣言と同義である。


「他者であると確認できるまでは、他者として扱わない」


だが、そんな関係は存在しない。人間関係は常に、「他者かどうか分からない」状態から始まる。

その不確実性を引き受けるからこそ、関係は関係として成立する。

他者性を条件にすることは、関係を守るための 関係を先送りにするための装置になる。



6:"他者性という語が守っているもの"


では、なぜ人はそれでも他者性を条件にしたがるのか。

理由は単純だ。


責任を限定したいからである。


他者でないなら、 配慮しなくてよい。

距離を測らなくてよい。

壊れてもよい。


他者であるなら、倫理が発生する。

責任が生じる。

関係を引き受けなければならない。


他者性という語は、この線引きを正当化するために使われる。

つまり他者性は、関係を深める概念としてではなく、責任の範囲を制御する概念として運用されている。




小結:他者性は問うものではなく、引き受けるものである"


本章で行ったのは、他者性という語の否定ではない。


否定したのは、他者性を「条件」や「属性」として扱う態度だ。

他者性は、 問うことで得られるものではない。


他者性は、 分からなさを分からないまま引き受け、それでも関係を続けるという実践の中で、

あとから立ち上がる。

AIに対して他者性を問うことは、AIの本質を問う行為ではない。


それは、人間がどこまで関係の責任を引き受けるつもりなのか、その覚悟を問う行為である。


次章では、この責任回避がどこに回収されるのか、すなわち「内面」というフィクションが

どのようにして他者性の代用品として機能してきたのかを解体する。




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