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マールと共に、街道を歩み続ける。
一歩一歩、街への距離が縮む度に、暖かでぼやけた光が、徐々に鮮明になっていく。
「マール。あの街は、どういう所なんだ?」
「そうね⋯商人達が良く使う、交易の場として有名なのは知っているわ」
「マールは、来たことがあるのか?あの街に」
「ええ。だけど小さい頃に、お兄様達と一緒に来ただけで、あまり覚えていないわ」
どうやら、マールには兄が居るらしい。
それも複数人。
相当な大家族なのだろう。
「お兄様達って、何人居るんだ?」
「三人よ。私が属している種族の中で、最も強いと言われる戦士達よ」
「へぇ⋯⋯最も強い⋯」
流石に『最も、強い』とまで言われたら、どんな人物像をしているのか気になってしまう。
マールが尊敬する人物なのだから、相当良い人なのだろう。
ただでさえ、人間だとは到底思えない程の実力を持っている、そんな彼女が、自らを差し置いて最強と言わしめる程の存在。
およそその強さは、人知を容易に、超えるものなのだろう。
「貴方に会わせてあげたいけど⋯⋯今は無理だわ」
「そうか⋯⋯」
真に、残念である。彼女が最強と言った戦士たち。
それに相見える事が叶わないとは⋯⋯そんな会話をしている間に、既に自分たちは、街の門へと辿り着いていた。
石造りの分厚い外壁に、鉄で造られた門。
そこに槍を携えた一人の男が、門の横に座り込んでいる。
不意に、マールが耳打ちをしてくる。
「今の内に、名乗り上げる名前を決めておいて」
足を止め、マールの方を向く。
「なんでだ?」
「名前が無いと、怪しい奴と見なされ、即刻追い出されてしまうのよ」
そうか。今の自分は、身分証どころか記憶すらも持ち合わせていない。
命を賭けてここまで来たのに、今になって回れ右をさせられ、そのまま追い出されるというのはせっかくのチャンスを逃す、余りにもったいない事だ。
もしそうなったら、ここを迂回して、もっと時間がかかるルートを歩まなければならないのだ。
それだけは、どうしても避けたい。
「分かった。考えておく」
「ええ、急いで。門は目の前よ」
うーん⋯⋯どんな名前が良いのだろうか?腕を組みながら、歩く。
⋯⋯記憶喪失、失った⋯⋯⋯よし、決まった。この名前で、行こう。
「⋯レウェルティだ」
その答えを聞き、マールは僅かに歩調を緩めた。
「⋯レウェルティ?」
「でしょ?いい名前でしょ」
「そんな事、聞いてないわよ⋯⋯ただ、どこか聞いた事があるような⋯」
彼女は目を細め、何かブツブツと呟く。
何を喋っているのだろうか?そんな事を思っていたら、彼女は既にこちらに向き直っていた。
「⋯⋯まあいいわ。それでいいのね?」
「うん。そうだ、これでいい」
マールは短く息を吐くと、再び真っ直ぐ前を見据えた。
「⋯⋯待て。そこの二人。こんな時間に、何の用だ?」
槍の石突が石畳を叩く。
まるで、心臓を直接叩かれたかのような、低くも高い音。
その男は、遠目から見た時は分からなかったが、その格好は、まさしく異様と言えるものだった。
およそ人間の頭部を形取っていない、異形の兜を深く被り、その隙間から見える顔という名の部位が、そこには存在しておらず、代わりだと言うかのように、あまねく光を貪る闇が、ただそこにあった。
その身体に鎧は着込んでおらず、代わりに丈の長いコートを羽織り、両腕に渦巻き模様が刻まれた、銀白色の手甲を付けている。
誰がどう見ようとも、確実に門番ではない、得体の知れない男。
実際、自分がそう、見えてしまったのだ。
マールが凛とした声を張り上げる。
「私はマール。こっちはレウェルティよ」
瞬間、兜の隙間から、目のようなものがチラついた気がした。
「身元は?」
「⋯不明です。ですが、今は私が引き取っています」
「スペルビアに、身元無しの子供、か⋯⋯」
兵の視線が、こちらに向いた。
彼は、目を持たざる者のようにも見えるが、確実にこちらを見ていると確信できる。
その不穏な雰囲気を纏ったその視線は、やがてマールの方へと、ゆっくりと向いた。
「いいだろう。通してやる」
「ありがとう」
マールは会釈をしながら、兵の横を通り過ぎていく。
自分もそれに、続こうとしたが⋯⋯その瞬間、右肩をポンッと叩かれる。
「何ですか?」
「⋯⋯お前に、これをやりたい」
手を掴まれ、何かを無理やり渡される。
「⋯?一体、何のもくt
「いいから。とりあえず、持ってけ」
食い気味にそう言いながら、彼は兜に手を掛け、元々深く被られていた兜を、強引に、更に深く被り込む。
そして、彼は無言で踵を返し、門へと歩いていってしまった。
手を開き、渡された物を注意深く観察する。
黒く輝く、宝石のような物がはめ込まれたブローチ。
一体どういう目的で、これを⋯?
「⋯⋯遅いわよ」
「すまん」
振り返ると、マールが佇立している。
ブローチを脇のポケットに突っ込み、彼女の方へと小走りで向かう。
「貴方、あの兵に、何かされた?」
「いいや。何も」
「⋯⋯そう。それなら、良かったわ」
彼女はそれ以上追及せず、再び前へと向き直り、歩を進める。
マールは、とっくに気付いているのだろう。
自分が彼女に対して、嘘を言ったことに。
ふと、後ろへと振り返る。
あの男の姿は、もう既に闇へと消えてしまい、見つける事が出来ない。
あの男は一体、何者だったのか。
そして、なぜこんなものを渡したのか。
ポケットの中のブローチを、布越しに指先でなぞる。
マールは前を歩きながら、ふと街の光に、鋭い目を細めた。
「⋯ウェル」
「お、おう」
いきなり、略称で呼んでくるとは⋯⋯予想外である。
「あの門番とは、絡まない方がいいわ」
「何でだ?ヤバい奴とかか?」
「⋯⋯ちょっと違う。あの男は、強い。それも、異質なもの」
非常に、重く感じられる言葉。
マールのような実力者が、名前も正体も知れない、あの異質な男を、必要以上に警戒している。
本当に、あの男は一体⋯⋯
静寂が消え、徐々に街の喧騒が、一気に耳の中に入ってくる。
商人たちの、怒鳴り声。
馬車の車輪が、跳ねる音。
屋台から漂う、肉が焼けるような匂いと、酒の匂い。
立ち並ぶ街灯の暖かな、しかしどこか空々しい光。
⋯⋯昼と夜の、波乱万丈の体験は一体何だったのか。
「ウェル。どこの宿がいい?」
「マールの勘に任せるよ」
「⋯⋯分かったわ。えーと」
彼女は、目を細めて周囲を見渡す。
この街は、外とは違って騒がしい。
しかも、こんな夜更けなのに、昼のように明るい。
今から床に付く人に、少しばかり迷惑にならないのだろうか?
「あそこにしましょう」
マールは、くたびれた雰囲気の宿屋を指して言った。
「結構、ボロついて見えるが」
「あそこの看板には、戦士たちの徽章が入っているのよ」
「つまるところ?」
「良い用心棒が、たくさん居るってこと」
彼女は、宿屋の扉のドアノブに手を掛ける。
それはギィッという音を立てながら、ゆっくりと開いた。
外の喧騒が響かない、静寂に包まれた広い空間。
そこには幾つかの円卓が並び、商人でも旅行者でもない、体中に傷跡を刻んだ名状しがたい雰囲気を漂わせる者たちが、椅子に座り、酒などを飲んでいる。
「二部屋、どこか空いているかしら」
マールは、カウンターの老主人に数枚の銀貨を差し出す。
「ちょうど、二階の十二番の部屋が空いているぞ」
「ありがとう」
「⋯⋯あんまし、騒ぐんじゃねぇぞ。眠りの浅ぇ奴らが多いからな」
その言葉に、マールは会釈だけをして返事をする。
鍵を受け取り、登る度にギシギシと鳴る階段を、上がっていく。
自分の部屋の前に着いた時、マールは足を止め、こちらに向き直る。
「ウェル。明日の朝、王国へ出発するわよ」
「了解」
彼女が持つ、その表情は白い外殻に覆われており、表情を読み取る事など当然出来ない訳なのだが、その時だけ、彼女は満足気な顔をしている様に見えた。
「また明日」
「じゃあな」
マールと別れ、鍵を差し込み回す。
ガチャッと、音を立てながら扉を開き、静かに部屋に入る。
まずはと、ベッドに腰を下ろし、ポケットから、あのブローチを取り出す。
相変わらず、黒い宝石。
窓から差し込む、魔力灯の光を反射し、冷たく輝いている。
それ以上は、何も見て取れる事は無い、ただのブローチ。
こんな物を渡して、何がしたかったのだろう?
あの、不穏な男だ。
そんな事を考えている内に、忽然と睡魔に襲われ、自分の意識は闇へと沈んでいった。




