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邪竜  作者: Final Tuna MK-2
4/5

魔物。

 その人の姿は、人間の形にこそ近いものの、およそ、その姿は人間のそれとは、

大きく異なっていた。

 白い外殻。細長い体躯、身長は160cm台だろうか。自分が、少し見上げるくら

いだ。その顔は外殻に覆われ、表情を読み取れない。

 頭には二本の大きな角が生えているが、その片方は無惨に折れている。


「何?ジロジロと、私のことを見つめて」

「ああ、すまん。見慣れた姿じゃないもんでな」

「なら慣れなさい。これから、何度も見ることになるから」


 彼女は、深い青色をしたマフラーを直しながら、こちらを見据える。

白い外殻に、深い青色が非常に映える。 実を言えば、とても美しい。

 同族からは、凄く好かれていたんじゃないだろうか。 月光を反射し、

蒼白色に光る剣も相まって、自分ですら惚れ惚れしてしまう。


「なぁ。その角はどうした?」

「⋯⋯これは、昔に負った傷よ」


 彼女は、折れた方の角を右手で、撫でる。彼女は何故、片方の角だけを

折ってしまったのだろうか。 


「私が初めての狩りへ出向いた時に、飛竜が乱入してきてね。

そいつに折られてしまったのよ」

「あんな化物と?良く生き残ったな」

「ルナティクスは、飛竜の中でも別格よ。私が襲われたのは、

知能が著しく低い、白痴の個体よ」


 どうやら、飛竜という者たち全てが、会話できる訳では無いらしい。

あの、ルナティクスとかいう飛竜は、会話以前の問題だったが⋯

 会話にふけっていて時間を忘れていたが、もう夕暮れのようだ。ポケットから、

羅針盤を取り出す。蓋を開けたら、相変わらず震えながらも一方向を示す針。やは

り何度見ても、面白い道具だ。

 

「⋯⋯これからは、私に付いてきてよね」

「?なんでだ?」

「そのコンパスは、方向こそ示してはくれるけど、道中の危険は教えてくれないから。貴方みたいな、子供であればなおさらよ」


 ぐぅ⋯彼女の言っていることは、確かに的を射ている。ただ、頼れる人だという

事は、さっきの逃走劇から見て、明確だろう。

 そういえば、彼女の名前をまだ聞いていなかった。今の内に、聞いておいた方が

いい筈だ。


「君の名前は、なんだ?」

「私は、マールよ。貴方は?」

「⋯⋯ちょっと、待ってくれ」


 顎に手を添え、少しばかり思考する⋯⋯駄目だ、全く思い出せない。

マールには悪いが。


「すまん。自分の名前を覚えていないんだ」

「⋯⋯え?嘘じゃないの」

「嘘じゃないです」

「⋯⋯」


 呆然と立ち尽くし、目を見開きながら硬直するマール。記憶喪失だという事に、

ここまで驚くものだろうか?


「ど、どうした?」

「⋯⋯いいや。何でも無いわ⋯自分の名前すらも、覚えていないだなんて⋯」


 マールは顔に、手を当てながら悩む。

 うーん。だからと言って、名前が無いのも不便だな。呼びづらい。

仮の名前を、自分に付けておくか。

 どのような名前がいいだろう。例えば⋯⋯


「まあいいわ。もう、夕暮れだから急がないと。魔物に襲われる」

「魔物?」

「ええ。魔物は、夜の化身なの。旅人達は、夜の時間帯を避けるのよ」


 『夜の化身』だと?そんなもの居るわけ無いじゃないか。

確かに魔術とか飛竜とかいう常識外れな概念もあるが、そんな抽象的な存在⋯

 そんな思考を遮るように、彼女は、ガシッと自分の手を掴み、そのまま駆け出し

た。仕方無い、名前を考えるのは後にしよう。







 森の中を、マールに抱えられながら疾走し始めて、かなりの時間が経った。

あの羅針盤は、彼女に預けてある。

 マールの方が、自分より上手く扱えそうだからな。

だが、しっかりと方角通りで、しかも土地勘を持っている、彼女だというのに、

いっこうに森の中を抜けられない状態が続いている。

 すっかり、夕暮れも過ぎて、夜の闇が訪れようとしている。もし、本当に魔物が

いるのだとしたら、この現象は魔物の仕業なのだろうか?


「なあ。いつになったら森を抜けられるんだ?」

「⋯⋯それは、もうすぐよ」


 もうすぐ、か。それなら良かった―――


「危なっ!」


 彼女にしがみついている姿勢が大きく、グラッと揺れる。いきなり、どうしたの

だろうか。彼女に問いかけてみる。


「どうしたんだ?」

「⋯⋯」


 彼女は、返答を返さない。ただ無言で、自分を下ろしてくる。マールは姿勢を低

くし、身構える。どうやら、何かが近づいて来ているらしい。

 彼女は、背中の剣にそっと手を掛ける。彼女が見据えるその先。そこから、得体

の知れない気配が漂ってくる。


 森の奥から、這い出てくるように現れたそれは、月光を反射し、艶めかしくも、

恐ろしく視える、黒い異形の獣だった。

 四肢には鋭い爪が並び、大きい口にはナイフのような犬歯がチラつく。目には飛

び出してきそうな程の殺意と共に、薄緑が輝いている。


「⋯⋯下がってて。”あれ”は普通じゃない」


 彼女は、背中の剣を抜き、鋭い目つきで睨みつける。獣は、臆する様子も無く、

ゆったりと歩み寄ってくる。

 獣の細長く、引き締まった身体。その肉体が月明かりに照らされた、その瞬間。

獣の姿が、音も無く消える。


 彼女は、咄嗟に後方へとステップを踏む。空中から獣の爪が突き出され、そのま

ま地面をスコップのように抉る。

 前方に、力強く踏み込み、抜身の無骨な剣による斬撃を、獣に対して放つ。

獣は横へと地面を蹴り、その銀色の軌跡を躱す。

 そのまま、木々へと飛び移っていき、彼女の視界から消える。


 獣は、彼女の背後を取り、その背中を爪で薙ぐ。しかし、彼女は跳躍を行い、

獣の背中を、瞬時に剣で切り刻む。しかし、その傷は浅い。

 空中に居る、マールを鋭い爪が襲う。彼女は剣で爪を弾き、その反動を利用して、

獣から距離を取る。


 間髪を容れずに、地面を蹴って肉薄をする獣。大きな口をガバリと開け、彼女に

喰らいつこうとする。スライディングをし、獣の股下を潜り抜けていく。

 剣を構える。しかし、後方へと跳躍を行い、獣から距離を取る。瞬間、

彼女が居た所に、返しの付いた黒い棘が、無数に出現する。


 獣はゆっくりと振り返り、低い唸り声を上げる。それは人の笑い声にも聞こえ

る、悍ましいもの。

 彼女は再び剣を構え、獣と再び対峙する。獣は地面を踏み締め、低い体勢を取

る。獣が地面を蹴り、彼女との距離を詰める。


 これまでとは、比較にならない程速い。彼女は剣の腹で獣の突進を、

受け止める。地面の土を、つま先が削っていき、押し出されていく。

 瞬間、獣の目が輝き、地面から再び棘が生える。

それが彼女の身体へと突き刺さった⋯⋯かのように見えた。


 生成された棘は、彼女の外殻に触れた瞬間。ズルリと”吸収”されていく。

獣は、それに狼狽え、後方へと飛び下がる。

 しかし、彼女はそれよりも速く、肉薄する。獣の胴体へと向けて、一閃。

獣の身体は、一気に両断される。


 獣は力無く倒れ、その身体は光の粒となって、散っていく。彼女はこちらに、

向き直りながら剣を背中に、掛け直す。


「さぁ、進むわよ」


 その言葉と同時に、森の背景が消え、別の背景へと移り変わる。

森を抜けてすぐ近くの、街道に自分達はいたようだ。

 まさか、魔物という存在が、本当に居たとは⋯⋯彼女の言う事は、大抵のものが

信頼性のあるものだという事が、さっきの出来事で証明された。


「もうすっかり夜だわ。だけど⋯」


 彼女は視線を下げる。その先に、暖かな光が点々と光っている。

恐らく、家屋や街灯の光なのだろう。


「あそこで、か?」

「ええ。あの街で、宿を取るつもりよ。」


 彼女は外套を翻し、街道を歩いていく。自分も、その後を付いて行く。

後ろから見える、その背中は初めて見た時より、頼りがいがあるような、そんな雰囲気を纏っていた。



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