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邪竜  作者: Final Tuna MK-2
3/5

邂逅

「重っ⋯⋯?!」


 男の身体が、石畳へと叩きつけられる。それと同時に、男の懐から、一通の書面が滑り落ち、地面に転がる。


「ッ⋯!しまっ⋯」

「これは⋯⋯!この街の自警団が使うはずのない、隣国の密偵の紋章⋯⋯!?」


 助けた若者が、落ちた書面を見て叫ぶ。その声に呼応するように、周囲で見守っていた街の人々や、衛兵たちが一斉に動き出す。


「おい!今のを見たか!

あの男たち、本物の密偵だったのか!」

「若造、よくやった!衛兵!奴らを捕らえろ!」


 完全に、想定外の事態。頭に響いた、あの言葉に従った行動をしただけで、

一人の若者を救い、街の危機を未然に防いでしまった⋯


「本当に、ありがとうございました!

あなたのあの一言がなければ、誰も、彼らの正体に気づけませんでした⋯⋯!」


 薬師の青年が、涙を浮かべながら、深く頭を下げる。⋯ただ、自分は、

あの言葉に従っただけなのだが⋯

 だが、感謝の気持ちは、素直に受け取った方が良いだろう。


「いいや、感謝される事でも無い」

「お礼に、出来ることなら、何でもおっしゃって下さい!」


 何でも、か。それなら、あの単語は知ってるだろうか。


「⋯貴方は『邪竜』という言葉を、知っているか?」

「⋯⋯すみません。聞いたことが無いです。

ですが、王国であれば、その答えを得られるのではないかと」

「その、王国は何処にある?」


 すると、青年は懐から何かを取り出し、こちらに差し出してくる。それを手に取り、じっくりと観察してみる。

 まこと奇妙な、丸い金属の塊。開閉式の、蓋。そして中にある、針らしきもの。


「これは、一体?」

「⋯?それは、羅針盤と言うんですよ。

北へと示す、針に従って歩けば、いずれは王国にたどり着ける筈です」

「なるほど⋯⋯」


 じっくりと注視しながら、蓋の、開閉を繰り返す。


「⋯あのー、どうされましたか?」

「あ、いや。何でも無いぞ」


 開閉式の蓋。震えながらも、一方向を示す針。見ているだけでも、面白いじゃないか。


「⋯さて、そろそろ王国へと、向かおうかな」

「お気を付けて。道中には、盗賊も出るので」


 何?盗賊だと?


「良く、出没するのか?」

「はい。物資を運ぶ荷車などが、襲われることが多いようで」


 うーむ、恐ろしいな。もし、襲われてしまったら、身ぐるみなどを剥がされ、金品も奪われてしまうのだろうか。

 ⋯いや、当たり前だろう。

そういう奴らは、それが目的で、略奪を恣にしているのだ。


「ご注意、ありがとう。あなたもお気をつけて」

「はい。こちらこそ」


 そうして、自分は王国へと、向かっていくのだった⋯





「なぁ、このガキは一体何だ?

ここを一人で通るなんざ、馬鹿がやることだぜ」

「知らねぇよ。見た感じ顔は良いが、金になるもん身につけてねぇ」


 案の定、遭遇してしまった。青年が言っていた、盗賊というやつに。


「あなた達は、何者なんだ?」

「あぁ?見りゃ分かんだろうが。盗賊さんだよ。と・う・ぞ・く」


 ⋯そんな事、言われた通り、見れば分かる。  一人は棘付きの棍棒を担ぎ、一人は抜身のナイフを弄び、一人は曲剣を腰に帯びている。

 しかし、自分の方はと言うと、完全な丸腰。  一応、魔術とかいうのが扱えるが、あれは体が勝手に動いただけで、能動的には、発動出来そうにない⋯全く不便である。


「あいつの持ってる、羅針盤と、

あいつ自身を売り捌いちまえば、それなりに腹の足しにはなるだろうよ」

「そいつぁいいな」


 眼前の盗賊達は、これからの会議をしているようだ。うーん⋯どうしよう?

逃走か、あるいは、戦闘。 どちらかと言うなら断然逃走である。

 なぜなら、こちらは魔術も禄に扱えない、ただの一般人だからだ。

格闘戦に持ち込んでも、体格差で負けてしまう。

 そもそも、まともに体術や修練も収めていない少年である自分が、

あんな筋肉達に、勝てる訳無いのだ。


 と、くれば⋯⋯踵を返し、足に力を込めて地面を蹴る。

逃げるが、正解である。


「あ!おい、待て!」

「お、俺の昼飯の金が、逃げていくぅ!」

「おいッてめぇら!グダグダしてんじゃねぇ!」


 後ろから、盗賊達の声が聞こえてくる。

だが、自分はどんどん距離を離していく。

 盗賊。それは、略奪を恣にする、賊の一種⋯だが、話に聞いたより、そこまで大したことは無かったな。


「ん?」

「おい、やべぇぞ。てめぇら!早くずらかるぞ!」

「お、おう!兄貴!」


 突然、盗賊達の足が止まり、踵を返して走り去っていく。

何だ?自分を追うのではなかったのか?

 だが、丁度良い。このまま、逃げ切らせてもらって―――


 瞬間、視界が眩い光に包まれる。

爆発の如く、地面は隆起し、凄まじい轟音を響かせる。

 体は吹き飛ばされ、地面を転がる。だが、骨などは折れていない。


「⋯クソ⋯な、なんだ⋯?」


 顔を上げると⋯巨大な飛竜が、目と鼻の先で、こちらを見据えている。暴君のような、赤い瞳。 等間隔で並んでいる、鋭い牙。 棘のように鋭く伸びた、黒い外殻。 攻撃のみに特化したような、翼脚の爪。 細く、しかし、筋肉質な身体。


 静寂に包まれていた空気が、彼の荒々しい来訪により、ピリついた空気へと塗り替えられる。

 それも、物理的な意味で。恐らく、電気の類なのだろう。それはそうと、この飛竜は一体何者なのだろうか?


「貴方は、一体⋯?」


 眼前の飛竜に、問いかけてみる。気性の荒い猛獣に問いかけるなど、自殺願望を持っているような者でなければ、しようとも思わない行為だが。


「⋯⋯スンスン」

「へ?」


 目の前の飛竜は、自分の匂いを嗅いでいるようだ。何をして⋯?


「スンスン⋯⋯」


 眼前の飛竜は、自分の匂いを嗅ぐの止め、鋭い目つきで睨みつけてくる。


「⋯お前ェ、誰だァ?」

「⋯⋯え?」

「誰だと、ィ言っている!」


 あろうことか、眼前の飛竜は喋った。⋯そう、喋ったのだ。余りにもありえない現象が今、目の前で起きている⋯


「え、えっとー⋯私は⋯」


 少しばかり、言葉に詰まってしまう。先程、恐怖心は無いと言った。今、この状況でも、何故か恐怖心は湧いてこないが、

 この飛竜の、眼力が強すぎる余り、言葉に詰まってしまうのだ。


「⋯⋯名無し、か」


 あっさりと見破られた。何も、言ってないのだが。


「お前からは、かつてのあいつを感じさせるがァ⋯」


 ⋯?かつて?あいつ?何を言っているんだ?こいつは。


「⋯まあいィ。殺せば、分かる」


 ⋯⋯え?

 飛竜は、無造作に翼脚を振り上げて、こちらに―――


 瞬間、背後から服を掴まれ、何者かに引っ張られる。

鋭く巨大な爪が、自分の顔を掠めていく。

 服を掴んでいる手は、ひょいと自分を振り上げ、そこから担がれる。まて、状況を飲み込めない。自分を担いでいるのは誰だ!?


「おい!ま、待ってくれ!あんた誰だ?」


 制止の声を呼びかけるが、一向に止まらない。丁度良く、今、自分を担いでいる、人物の容姿などが分からない。

 だが、命の危機を救われた事は、感謝しよう。


「待てェッ!!」


 飛竜は、獣の如く、地面を這って追ってくる。速い。自分を担いでいる人も、人間とは思えない速度で走っているが、この調子だと、すぐに追いつかれてしまいそうだ。



「⋯⋯チッ」


 足を止め、地面と足の摩擦で、止まる。そこから、地面を強く蹴り、再び疾走を行う。方向は森。

 ⋯なるほど。森の中のような、障害物が多い地形であれば、必然的に飛竜の走行速度も落ちる。

 しかし、こちらは体が小さい分、森の中を縦横無尽に動ける。

これなら、逃げ切るのは容易だろう。



ゴゴゴ⋯



「え?」


 轟音。 何と飛竜は、木々をなぎ倒して追ってくる。

それも、全く速度を落とさずに。

 思い切り、顔面にも木がぶち当たっているが、

痛くないのだろうか?それとも、痛みを感じないのだろうか?


「⋯⋯掴まってて」


 担いでいる人はそう言い、背中から何かを抜く。

かろうじて見えた、それは無骨な剣。

 跳躍し、大木へと斬撃を放つ。銀色の軌跡を描いたそれは、

容易く大木を両断し、飛竜の頭上へと落下していく。


「無駄ァ!!」


 飛竜は翼脚を薙ぎ払い、落ちてきた大木を弾き飛ばす。

どういう膂力なんだ⋯⋯


「やってくれるなァ!?スペルビアのガキィ?」


 自分を担いでいる人の種族は、スペルビアというらしい。

名前だけを言われても、どのような種族かは分からないが。


「貴方もよ、ルナティクス。こんな子供を狙って、何のつもり?」


どうやら、あの飛竜の名は、ルナティクスというらしい。


「お前の背負ってる、その、ガキ。そいつから”あいつ”の気配が感じるんだ。

お前も、おかしい話だって、思わなかったのかァ?封印された筈の”あいつ”の気配が感じるなんてよォ?」


 ルナティクスは、間髪を容れずに翼脚の爪を、

自分たちへと振るう。

 再び跳躍を行い、回避する。

そこから木に張り付き、ルナティクスを見下ろす形になる。


「そんなの、私には分からない話だわ」




「まぁいい。お前ら全員、纏めてお陀仏にしてやらァ!!」


 刹那、ルナティクスの翼脚が青白く発光し、

周囲が眩い光で、照らされる。


「⋯ッ!」


 人は、それを見るなり、

木から飛び降りて、ルナティクスから距離を取っていく。


「おいっ!あんた、いきなりどうしt」

「しっかり掴まって!!」

「⋯へ?」


 瞬間、視界が蒼白い閃光に包まれて―――





 ―――雷。

 

 それは、万物を等しく焼き尽くす、天界からの矢である。

しかし、その前提は、古代において、既に大きく塗り替えられていた。

 ある飛竜が放つ、破壊の光。 それは万物を等しく焼き溶かす、

真なる破壊をもたらす者の為の、大いなる力である。

 その飛竜が放つ、破壊の光は、古代の人々からこう呼ばれた。



『雷霆』






 轟音すら響かない。 その光が自分の視界を覆った瞬間、

自分の世界は、刹那の間に、無音の世界へと変わった。

 火傷をするかと思う程の、熱波。 木々は吹き飛び、ルナティクスの周囲の地面は赤熱化し、所々液状化している。

 この世のものとは、到底思えない程の火力。 当たったら、灰になるどころでは済まないだろう。


「⋯⋯クッ⋯化物⋯」


 幸い、火傷などの傷は負っていない。この人があの狂気じみた攻撃を、事前に察知したおかげで助かったのだ。

 あの場から、すぐさま離脱していなければ、完全に蒸発していただろう。


「あァん?まだ、生きてやがるか」


 ルナティクスはこちらを、見据えている。  だが、その姿は豆粒かと思う程に、小さくなっていく。

 彼のような速力をもってしても、この距離を覆すことは不可能だろう。

しかし、20m程は距離が離れていたというのに、

 そこまで熱波が届くということは、とてつもない威力の電撃だったのだろう。

なんとも、恐ろしい飛竜だった。


 ルナティクスの咆哮が、遠くから聞こえてくる。

次は会ったら、絶対に殺してやるという、恨みや怒りを感じさせる咆哮。

 ⋯⋯二度と行かない、あんな森。 ルナティクスの咆哮も聞こえなくなり、

真の静寂が、訪れる。


「なぁ」

「何?」


 少し突き放すような、声色。


「助けてくれて、感謝する」

「⋯⋯礼は、いらないわ」


 自分は、何か悪いことをしてしまったのだろうか。この人に対して、

何か侮辱的な発言をしてしまったのか⋯


「あなた、目的地は?」

「王国だ」

「なら、私も同行するわ」


 ⋯え?なんで?この、自分と同行する意味が、この人にあるのだろうか。


「あなたみたいな子供一人だと、危険な目にあった時、

何も出来ない。そうでしょ?」


 ⋯その通りです。


「沈黙ってことは、肯定ね」

「え!?ちょ、ちょま―――

「何も言わない、貴方が悪いのよ」


 完全に、言いくるめられてしまった⋯それはそうと、この人は自分を担ぎ始めてから、一切の休憩を取っていない。

 しかも、途中で剣を振るといった、体力の消耗が激しい動作を行っている。

この人は平静を装っているが、あれほどの激しい運動をした後だ。

 疲労が溜まっていないなんて、そんなのありえない。


「なぁ。少し休憩をしないか?」

「⋯貴方はいいの?」


 背中越しで、またもや、突き放すような声。 

だが、自分よりも他人の心配をしたほうが、もっと良い筈だ。


「ああ。あんたは命の恩人だからな」


 そうだ。 自分を救ってくれたこの人は、正に命の恩人なのだ。

恩に報いないのは、それこそ愚者のやる行いだ。

 瞬間、流れていく視界が止まる。 彼女は足を止めたようだ。


「⋯分かったわ。休憩をしましょう」


 その人は、自分を地面へと下ろす。 やっと、この人の姿を拝める。

そう思って顔を上げると、そこには明らかに、人間ではない存在が佇んでいた。



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