数を揃えるだけの小型戦艦
1941年初冬、南方作戦の号令とともに、三隻の小型戦艦がフィリピン方面へ向けて出撃した。
「阿波」「伊豆」「志摩」。いずれも25,000トン級、41cm連装砲を二基ずつ搭載する最新鋭艦である。しかしその巨体とは裏腹に、装甲は戦艦に比べて薄く、任務は沿岸砲撃や敵艦追撃に限られる小型戦艦――いわば“数を揃えるための戦艦”であった。速力は28ノット、航空艤装はなく、砲撃と艦隊運用のみに特化した簡素な設計である。だが軽量化された船体は数で補うという戦術思想の結晶でもあった。
竣工からわずか数か月、艦隊は十分な訓練期間を経ていない。砲術や操艦の熟練度はまだ完璧ではないが、指揮官たちは新型艦の潜在能力を信じ、南方海域への進出を決意した。太平洋の蒼い海を切り裂くように進む艦影は、どこか頼りなげでありながらも、確かな存在感を放っていた。
フィリピン・コレヒドール島への砲撃支援では、三隻の小型戦艦と既存戦艦の金剛、榛名を合わせた五隻編成が協調し、要塞陣地を次々に砲撃下に置く。小型戦艦たちの41cm砲は、単発では戦艦に比肩する威力こそないものの、連携した射撃により効率的に火力を集中できる。士官たちは互いの砲撃音を背に、信頼と緊張が入り混じった表情を浮かべていた。
そんな中、艦隊に新たな情報がもたらされる。マレー沖にて、イギリス東洋艦隊が発見されたという報告である。戦艦二隻で編成されたその艦隊は、すでに先の航空攻撃を受けていたが、撃沈には至らず、依然として砲撃能力を保持しているという。
波間に漂う海霧、穏やかに見える水平線の向こうに、敵戦艦の存在を知ったとき、三隻の小型戦艦の乗組員たちは戦意を昂ぶらせた。訓練期間は短くとも、これまでの努力と艦の設計思想が試される瞬間が、いま訪れようとしていた。
南方海域の蒼い海に、三隻の小型戦艦は波を蹴立てながら、追撃戦への布石を整えていく――。
マレー沖。南シナ海の朝はまだ霧に包まれていた。蒼く深い海面に、わずかにうねる波が朝日を反射している。その波間に、敵艦の影がかすかに揺れていた――プリンス・オブ・ウェールズとレパルス。航空攻撃で既に小破しているとはいえ、二隻は依然として戦艦としての威厳を失ってはいなかった。砲塔は水平を保ち、艦首は南方へと向けられている。
阿波、伊豆、志摩の三隻は情報を受け、艦隊指揮官の命令に従い追撃態勢に入る。三隻はほぼ同時に航路を修正し、波間を切り裂くように加速する。28ノットの速力は戦艦に比べれば控えめだが、小型戦艦三隻が縦横無尽に動くことで、敵に追いすがるプレッシャーを与えることは十分に可能だった。
艦橋では、士官たちが双眼鏡で敵艦を追い続ける。潮風に湿った髪、甲板の冷たさ、砲塔や機関の低い唸り――緊張の中、すべての感覚が研ぎ澄まされる。無線通信が飛び交い、各艦の位置、速度、距離が絶えず更新されていく。乗組員たちは、数か月前に竣工したばかりの艦の潜在能力を信じつつも、未知の敵を前に背筋を引き締めた。
霧が徐々に晴れると、敵艦の輪郭がより鮮明になる。プリンス・オブ・ウェールズとレパルスの戦艦は、航空攻撃で速度を落としていたため、捕捉はほぼ時間の問題だった。阿波が先行して前方から接近し、伊豆と志摩は両舷から挟み撃ちの形を取りながら追走する。水面を割る三隻の艦影が、静かな海に鋭い影を落とした。
艦橋の指揮官が冷静に号令を下す。射撃指揮所では、砲術長たちが計算機を操作し、距離・風向・砲弾重量を瞬時に照合する。砲塔はゆっくりと旋回し、水平線の敵艦を捉える。甲板には緊張の空気が張りつめ、乗組員の呼吸が静かに揃う。波が跳ね、水しぶきが甲板を洗う中で、三隻の小型戦艦は、戦闘開始の瞬間を待っていた。
そして、ついに――捕捉完了。砲撃準備の号令が下る。砲口が水平線を切り裂き、最初の砲弾が朝日に反射して飛翔する。爆音が甲板を揺るがし、波面に白いしぶきが立つ。阿波、伊豆、志摩の三隻による追撃戦の幕が、ついに南シナ海で開かれたのだった。
小型戦艦ならではの機動力と数の利を生かしつつ、敵戦艦の火力を慎重に警戒しながら、三隻は着実に距離を詰めていく――。静かな海の上に、緊張と砲火の気配が満ちていった。
マレー沖の朝は静かだったが、海面を切り裂く砲声と水柱が、その静寂を瞬く間に打ち破った。阿波、伊豆、志摩は敵戦艦との距離を着実に詰め、ついに視認可能な射程に入る。プリンス・オブ・ウェールズ、レパルス――航空攻撃で小破しているとはいえ、二隻は戦艦としての威厳を失わず、鋼鉄の巨体は海上にゆらめく影を落としていた。
阿波が先陣を切り、主砲41cmを発射する。砲口から放たれた重弾は蒼い海面を切り裂き、飛翔するたびに空気を震わせる。着弾すると水柱が立ち、炎と黒煙が戦艦の舷側を包む。砲撃の反動が艦体を揺らし、甲板にいる乗組員の耳を震わせた。
伊豆と志摩も続き、両舷から集中砲火を浴びせる。41cmの重弾が敵艦の舷側に連続して着弾し、金属を叩き割る鈍い音が甲板まで響く。敵の主砲も応射し、波を叩き割る弾痕が三隻の小型戦艦に迫る。
最初の被害は伊豆だった。艦首近くに直撃弾が命中し、甲板が裂け、機関区付近に浸水が始まる。砲塔や指揮所は無事だったが、操舵に影響が出始め、伊豆は中破状態となる。乗組員たちは水が甲板に流れ込む音を聞きながら、懸命に消火と修理を行う。
阿波も砲弾の破片で舷側に小さな穴が開き、火花が散る。志摩も砲撃の衝撃で装甲板の一部に損傷が生じ、煙が甲板に立ち上る。幸い浸水は軽微で、いずれも小破に留まる。だが砲撃の連続で艦体が揺れ、乗組員の体力と集中力は限界に近づいていた。
敵戦艦は速度低下の影響で回避機動が鈍くなっており、三隻の包囲網に徐々に追い込まれていく。プリンス・オブ・ウェールズは砲塔を旋回させて応射するものの、海面を裂く三隻の連続射撃に対応しきれず、着弾の衝撃で甲板に亀裂が走る。レパルスも同様に、砲塔を回すたびに構造の悲鳴が艦内に響いた。
戦闘は数十分にわたり激化する。弾薬庫の作業員は汗を流しながら砲弾を塔に送り、砲術長は距離・風速・弾道を計算し続ける。甲板上の水しぶき、爆煙、硝煙の匂い――五感すべてが戦闘に占領される。阿波、伊豆、志摩は機動力を生かして左右に揺れながら射線を確保し、主砲と副砲で敵艦の舷側を狙い撃つ。
決定的な瞬間は、三隻の砲撃が同時に敵艦に集中したときに訪れた。連続する着弾でプリンス・オブ・ウェールズ、レパルスは艦体を大きく揺らし、火柱と黒煙に包まれる。装甲板が砕け、艦内の火災が拡大。ついに二隻は海に沈み、南シナ海の水面に黒い影だけを残した。
阿波、伊豆、志摩は被害を受けつつも生き残った。伊豆は中破、阿波と志摩は小破。艦体は損傷しているものの、砲撃能力は維持され、戦闘後もまだ戦力として機能する。乗組員たちは戦闘の余韻に包まれ、甲板に立ち尽くしながら沈んだ敵艦を見つめる。疲労と安堵、そして戦術的勝利の実感が、複雑に入り混じった表情となって表れるのだった。
南シナ海の静寂が、戦闘の残響をかすかに残したまま戻ってきた。朝日に照らされた波面には、黒く沈んだプリンス・オブ・ウェールズとレパルスの影が揺れ、三隻の小型戦艦――阿波、伊豆、志摩――は戦闘の疲弊を抱えつつ、海上に静かに浮かんでいた。
伊豆は中破のまま、艦尾の浸水は応急処置で何とか抑えられている。阿波と志摩も小破を負ったが、砲塔や主機関には大きな損害はなく、航行に支障はない。乗組員たちは甲板上で疲労と安堵の入り混じった表情を見せる。消火活動、修理、損害報告――戦闘後の艦内は依然として慌ただしいが、心の中には静かな達成感があった。
艦橋では指揮官が海図を見つめ、戦闘の経過を確認する。連携した三隻の砲撃が敵戦艦を沈めたこと、味方艦隊の損害が最小限に抑えられたこと――これらは設計思想の正しさと、乗組員たちの努力が結実した瞬間でもあった。小型戦艦の威力は限定的だが、数を揃え、適切に運用すれば十分な戦果を挙げられる。戦術の現実味が、目の前の海と艦の動きから、明確に伝わってきた。
甲板の水しぶきが乾くころ、士官たちは艦を巡視し、砲塔や舷側の損傷を確認する。伊豆の中破箇所には応急の補強が施され、阿波と志摩も小破箇所を修復しつつ、次の命令を待つ。乗組員たちは疲労困憊ながらも、砲撃の手応えと戦果を胸に、誇りを抱いていた。
情報通信機から次の報告が届く。南方作戦はまだ続く。敵艦隊の残存勢力は不明だが、三隻の小型戦艦は依然として前線での火力支援と追撃に活用できる。波間に揺れる阿波、伊豆、志摩は、戦闘を通じて得た経験と被害状況を反映させつつ、次なる任務に備える。
戦闘後の静寂の中で、三隻の艦は南シナ海の蒼い海に佇む。新鋭の小型戦艦――数を揃えることで戦力を補い、連携によって大艦隊に匹敵する力を発揮する存在。今回の戦いでその可能性が証明された。甲板上の乗組員たちは、戦果の達成感とともに、まだ続く戦いへの覚悟を心に刻む。
海の向こうには、次なる作戦の兆しが見え隠れする。砲撃を終えた三隻の小型戦艦は、波を蹴立てながら次の戦場へ向かう――小さな巨艦たちの航跡を、太平洋の朝日が優しく照らし出していた。