表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/30

第6話 叡智なる宇宙、エイナル

 英語の授業。

 黒板には先生の白いチョークが走っていた。


He fell down and got a bruise on his butt.


「はい、これは“彼は尻もちをついてお尻にあざができた”という意味ですね」


 その説明の途中で、後ろの席の男子が手を挙げた。

「先生! “お尻”って hipじゃないんですか?」


「いい質問ですね」

 先生は軽くうなずいてチョークを置いた。

「日本語で“ヒップ”といえばお尻全体を指しますが、英語の hip は腰の横の部分。

 実際のお尻は butt(バット)buttocks(バトックス)。やわらかく言うなら bottom(ボトム)ですね」


 男子が首をかしげて、さらに食い下がる。

「え、でも but って“でも”“しかし”じゃなかったですか?

 “お尻”と“しかし”が同じって、なんか変じゃないですか!?」


 教室に小さな笑いが広がった。

 先生は苦笑いしながら答える。

「発音は同じですが、単語の成り立ちは別物なんです。

 butt は末尾が二つの“t”。“but”とは違いますよ」


「なぁんだ、そうなんだ~」

 男子は照れ笑いをしながらペンをくるくる回した。


 ――そのやり取りを聞いた瞬間。


(……な、なにぃ!? お尻はヒップじゃなくてバット!?

 じゃあ……肛門は!? そもそも肛門って英語でなんて言うの!?)


 あかりの心臓がどくん、と鳴った。

 彼女は机の陰にそっと手を伸ばし、和英辞典をパラパラめくる。


anus【名】肛門

anal【形】肛門の


(アヌス……!? なんかローマ神話の神様っぽい響き!!

 しかも“アナル”はネイティブ発音だと“エイナル”……

 叡智なる宇宙……エイナル!!

なんて神秘的な響き……!)



   脳内で天使のラッパが鳴り響く。

宇宙の始まりのように、頭の中に閃光が走った。


(やっぱり間違ってなかったんだ、私の方向性……!)


(……ん? 似ているけど、同じじゃない……?)


あかりの脳裏で電流が走る。

ノートをにぎりしめながら、彼女の意識は暴走していった。


(but と butt。似て非なるもの!

 そういえば、さっき辞典で見た――肛門=anus、肛門の=anal。

 名詞と形容詞。これもまた、似て非なる!)


鼓動が高鳴る。

頭の中では既に宇宙の映像が広がっていた。


(そして、地球とケプラー1649c。

 NASAが発見した“地球そっくりの惑星”。

 でもほんのわずかな違いが、生命の有無を決定づける……!

 そう……似て非なるものこそが、宇宙の本質!)


机に突っ伏しそうになりながら、あかりは両手を震わせた。


(but と butt。anus と anal。地球とケプラー。

 全ては“似て非なるもの”でつながっている……!

 私が歩む肛門宇宙論の道に、一点の曇りもなし!!)


「……あかり? なんか顔がニヤけてるけど、英語の授業楽しい?」


前の席から振り返った女子に声をかけられ、慌てて姿勢を直す。


「た、楽しいっ! すごく!! 宇宙的に!!」


(やばい……! 授業中なのに、宇宙に行ってた……!)


 顔を真っ赤にして小さく震えるあかり。

 しかし周りから見れば、ただ辞書を熱心に見ている優等生にしか映らない。


 ――けれど彼女の胸の内では、またひとつ新しい宇宙が広がっていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ