第16話 エージェント
冬の午後、街中の商店街を歩くあかりと美咲。
あかりはコートのポケットに手を突っ込み、頭の中で今日の観察メモを整理していた。
「……ふう、今日は資料もいっぱい読めたし、妄想も整理できたかな……」
その時、遠くから見覚えのある人物が近づいてくる。
あかりの心臓は一気に加速した。
「……あ、あの人は……!」
通りすがりの眞鍋くんだ。しかも何やら鋭い目つきでこちらを見ているような……気がする。
(だ、ダメ……!見つかったら絶対に私の肛門宇宙論の秘密がバレるっ!)
あかりは咄嗟に美咲の肩を掴んで耳打ちした。
「美咲……隠れて……!」
「……はいはい、落ち着けって」
美咲は表面上は真剣な顔であかりを抱えるようにして隠れたが、心の中ではすでに爆笑モード。
(……あー、これ絶対妄想が止まらないパターンだわ。楽しみすぎる……!)
⸻
あかりの頭の中では瞬時にスパイ映画並みの妄想劇場が始まる。
(眞鍋くんは、実は敵組織のエージェント……!私の肛門宇宙論の情報を狙って街に潜入しているに違いないっ!!)
脳内では、眞鍋くんが黒いスーツにサングラス、手には暗号が書かれたUSBを持ってこちらに近づくイメージが浮かぶ。
「え、えっと……美咲、今のうちに防御策を……!」
美咲はあかりの手を握りつつ、軽く肩を揺らす。
(……あーもう、可愛いなぁ。必死すぎて泣き笑いしたい……)
あかりの妄想は止まらない。通りすがりの自転車のベルすら、敵の暗号通信装置に聞こえてしまう。
「ここは……星座の配置から推定して……あの角度から侵入してくるはず……!」
「……あかり?」
美咲の声に我に返ると、現実では眞鍋くんはただ通り過ぎるだけの普通の通行人だった。
「……はぁ、はぁ……違ったのね」
あかりは肩で息をつき、顔を真っ赤にしたまま美咲の背に隠れる。
しかし美咲は内心、涙をこらえながら爆笑していた。
(……やっぱりこの子、最高に面白い……!本当に世界ランク1位のアホだわ)
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通りすがりの眞鍋くんが消えると、あかりはようやく安心して立ち上がる。
「……あー、びっくりしたぁ……」
「ふふ、もう少しで本気で暴露されるところだったね」
あかりは美咲の言葉に、さらに顔を赤くする。
冬の街の夕焼けが二人を包む中、妄想宇宙と現実世界が微妙に交差していた。
(やっぱり、肛門宇宙論の研究よりも、こっちの妄想の方がずっと広がりがある……!)
美咲は心の中で、あかりの頭の中の銀河をそっと見守るように笑った。