第13話 すれ違うオービット
冬。吐く息は白く、冷たい空気が肌を刺す。
校庭のベンチに座ると、金属の冷たさがコート越しに伝わってきて思わず身震いした。
そのベンチに、あかりと光が並んで腰掛けていた。
光は首に巻いたマフラーを少し持ち上げながら、息を白く吐き出す。
「なあ、あかり」
「ん?」
あかりは自分のマフラーをぎゅっと顎まで引き上げ、首をすくめた。
冬の冷たさが、自然と二人の距離を縮める。肩と肩が軽く触れ合い、心臓がドキンと跳ねた。
光は少し照れくさそうに頬をかきながら、視線を泳がせる。
「最近……楽しそうだよな。なんか隠してる?」
――ドキッ。
あかりの胸が一気に熱を帯びる。
(や、やばい! “肛門宇宙論”のことなんて言えるわけない……!)
慌てて笑顔をつくる。
「な、なんでもないよ!ちょっとね、宇宙について調べてただけ!」
「へえ、宇宙か」
光は空を見上げた。冬の澄んだ大気に、白い月がうっすら浮かんでいる。
「俺もよく考えるんだよな。星って、何億年も光を放ち続けてる。でも、俺たちが生きてる間に見られるのはほんの一瞬でさ」
その横顔に、あかりは思わず見惚れてしまう。
(ひゃあ……なんかかっこいいこと言ってる……! こっちは肛門の皺がビッグバンの痕跡に見えるとか考えてるのに……!!)
マフラーの中で口元を隠し、胸の鼓動をごまかそうとした。
⸻
(そうだ……私と光は惑星同士……。近づきそうで近づかない……“すれ違うオービット”の関係……!
でももし万有引力が働けば――私と光は衝突して……ビッグバン的な……きゃーーっ!///)
想像の中で、冬の夜空いっぱいに星々が広がる。
二つの惑星が少しずつ接近し、そして……
「……おい、顔赤いけど大丈夫か?」
「な、なんでもないっ!!」
光がくすっと笑い、白い息が宙に弾ける。
「ほんと変なやつだな、あかり」
その笑顔に、あかりはますますマフラーの中へ顔を埋めてしまった。
⸻
(観察中……観察中……!)
廊下の影で、こっそり二人を見つめる段原美咲。
冷たい風が吹きつけても、彼女はまるで意に介さない。
(じれったいなぁ〜。寒さを言い訳にくっつけばいいのに。……まあ、その不器用さが面白いんだけどね)
ノートを広げ、鉛筆を走らせる。
「観察記録13号:寒さによりベンチ上で距離が縮まる。あかり、顔を真っ赤にする。理由は光の何気ない一言。推定、恋心による過熱反応」
カリカリと書きながら、口元は笑いを堪えきれない。
(まったく……肛門宇宙論よりも、よっぽど恋愛の方が宇宙的謎だわ。解剖図なんかより、こっちを研究した方が絶対楽しいじゃん)
ページの隅には小さくこう書き添えられていた。
「被験者あかり:世界ランク1位のアホ」
美咲は手帳をパタンと閉じ、また覗き込む。
心地よい寒さの中、二人はまだ距離を測りあうように座っていた。
(ふふん。こりゃあ面白くなってきた……!共犯者として、しっかり観察させてもらうからね、あかり)
冬空に、彼女の小さな笑い声がかすかに溶けていった。