第10話 神の設計図
週末の夜。
机に広げた分厚い医学書のページを見つめながら、あかりは胸を高鳴らせていた。
(……ふふっ。ここまできたら、もう“肛門宇宙論”をじっくり深掘りするしかないわね……!)
ページをめくると、カラフルな解剖図が飛び込んでくる。
そこに描かれていたのは、直腸から肛門へと続く複雑な筋肉の層だった。
「へぇ……便が直腸に溜まると、その刺激が“センサー”に届いて……内肛門括約筋がゆるむ。で、外肛門括約筋を自分の意思で開けば、便が排出される……」
声に出しながら、思わず鉛筆の先が震える。
(そうか……外側は“意志でコントロール”できる。だけど内側のゲートは“無意識”に働いている……。
じゃあ逆に、便が溜まっていないときに――どうやって内側を開けるの!?)
思考が一気に加速する。
肛門の図解を見ながら、あかりはさらに踏み込んで考える。
(つまり……内肛門括約筋は常に閉じている。だけど“ある条件”のときだけ無意識にゆるむ。
それを“意志のゲート”と連動させれば――宇宙の二重ドア、エアロックとまったく同じじゃない!?)
ページをめくると、さらに検査機器の図が現れた。
“直腸用超音波プローブ”――そこに描かれていたのは、棒状の器具だった。
形は、ペンライトを少し太くしたような円柱。先端がなめらかに丸く膨らんでいて、プラスチックと金属が組み合わさった冷たい質感をしている。
サイズは直径約18〜20mm。
(たしか……人間の肛門括約筋の通常時の直径って、せいぜい8〜10mm程度のはず……。
え!? じゃあ、この直腸用超音波プローブ……直径20mm近いのに!?
――入るの……⁉︎)
ごくり、と喉が鳴った。
ノートに殴り書きを始める。
「肛門の直径=8〜10mm」
「直腸用超音波プローブ=直径20mm」
「⁉︎」
(……肛門って、本当に“外からの侵入”を許す設計なの?
いや、もしかすると――もともと“拡張性”を前提にした神の設計図なのかも……!)
胸が震えた。
外肛門括約筋と内肛門括約筋――二重のゲートが、無意識と意識のバランスで働く。
それは、まるでブラックホールの事象の地平線が質量によって直径を変化させるように。
(片方向じゃない。出すだけじゃなく――受け入れることも可能なゲート。
人間の身体は“銀河の双方向ポート”として設計されていたんだ……!)
震える手でノートに書き込む。
「内肛門括約筋=無意識ゲート」
「外肛門括約筋=意志ゲート」
「二重ゲート=宇宙エアロック」
そして最後に大きく――
「神の設計図=肛門宇宙論」
鉛筆の芯が折れるほど力強く書き込み、あかりは深いため息をついた。
(ああ……やっぱり肛門はただの穴なんかじゃない。
宇宙に通じる“神の設計図”そのものなんだ……!)
その瞬間、胸の奥でまたひとつ銀河が芽吹いた。