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「おいレヴィアス、お前まさかアレが聖獣の子供だと知らなかったとは言わせないぞ!」
エルムは家に戻ると庭先で薪割りに精を出すレヴィアスに詰め寄った。
レヴィアスはおよそ薪割りをしているとは思えないいつも通りのきっちりした風貌で、汗を掻いた様子もなく涼しげな顔のまま手を止めエルムに向き合う。
「いきなり何を言いたい」
「ダディー、ただいまが先でしょう」
後を付いて来ていたシャルがエルムの服の裾を引きながら窘める。
「あぁそうだったな。うっかりしていた。悪ぃ悪ぃ」
「何を騒いでるの?」
畑仕事をしていたキラルもエルムの騒ぎに気付き様子を見に来た事もあって、エルムの興奮はどうやら少し収まったようだった。
「ああ、その、えっとだな」
興奮が収まってしまうと何からどう説明したらいいのかエルムは途端に困った。
森に現れたシャルの『友達』はグレーのモコモコの鳥の様だったがおよそエルムの知る鳥類とは様子が違い、まだ幼いとはいえ精霊とはまた違う聖なる気を放ち若干とはいえ王者の風格のようなものまで感じさせていた。
『クゥ』としか鳴かない聖獣の子供相手にシャルは、まるで言葉が通じているかのように振る舞いじゃれ合っている姿を見てエルムはただただ固まり混乱していた。
(聖獣が人間に姿を見せる事があるのか? いや、まだ子供だからか? それにしても何故そこまで警戒心も無くじゃれ合ってる? というかどうして精霊の俺じゃなくて相手がシャルなんだ? 俺が警戒されてシャルに懐くなんてあり得ないだろうが・・・。あっ、コレってもしかしなくても親の聖獣も居るって事だよな。それって多分問題になるんじゃないか? 親に何か勘違いされたらシャルは間違いなく厄介事に巻き込まれるんじゃ無いか? ちょっとコレはヤバい、いや大分ヤバい。レヴィアスはコイツが聖獣の子供だと気付かなかったのか? アイツ何考えてやがる・・・)
エルムはシャルの気の済むのを待って急ぎ家へと戻った。という説明をレヴィアスとキラルに事細かに話して聞かせた。
「何か問題が?」
「・・・」
「シャルに友達が居たんですね。今度僕にも紹介してください」
「いいよ。でも家には連れて来られないよ。ダメって言われてるんだって」
エルムは自分とレヴィアスやキラルの温度差に焦れていたが、シャルの聞き逃せない言葉に一気に体温が下がる思いだった。
「おい、ちょっと待て。アイツが何を言ってるのか分かるのか?」
「うん」
平然と答えるシャルにエルムはまるで自分の方が何か間違っているのかと呆然となる。
「ダディーってば変な顔~」
「私達だって契約者とは意思の疎通ができるだろうが何の不思議もない」
「あの聖獣の子とシャルは契約したというのか?」
「そうだね、そう考えれば当然じゃないかな」
「本人達にそんな自覚もないのだろうがな」
「それが問題じゃないのかと俺は言ってるんだよ!」
エルムにしてみれば子供達が知らぬ間に勝手にした事とは言え、聖獣と人間の契約となればかなり重要な問題だ。親の立場にしてみればそう簡単に済ませられるとは思えなかった。
責任問題を突きつけられた時の対処を考えたいと言っているのに、どうもレヴィアスとキラルに上手く伝わらないのがもどかしい。
「そんな事よりこの際だシャルよく聞け。これからは私達を名前で呼びなさい」
「え~ぇ、どうして?」
「シャルが幼くて私達の名前を上手く発音できなかった対処としてそれぞれを識別させるための手段だったがシャルももう一人前だ。それにこれから街に出る事になったからにはそこはちゃんとしておこう」
「今のままじゃダメなの?」
「お前にシャルという名前があるように私達にもちゃんとした名前がある」
「でも、とーさんはとーさんで・・・」
「私はレヴィアスだ」
エルムは聖獣の子問題をそんな事扱いで葬り去られた事もあり、いきなりのレヴィアスの言い分に抗議をしようとするがキラルに制される。
「でもシャルも突然で寂しいだろうからレヴィアスパパ、キラルパパ、エルムパパってのはどうかな。パパなのは事実なんだしレヴィアスお願い、シャルがもう少し大人になるまで猶予をあげようよ」
キラルの言葉にレヴィアスは仕方ないとでも言うように溜息を吐きながら頷いた。
「シャル、名前はとても重要だ。大切な者なら尚更にちゃんと名前を認識し大事にするといい」
「そうだね。シャルの大切なお友達も名前を聞いてみたらどうかな。もっと仲良くなれるかも知れないよ」
「ああ、そっか、そうだね。分かった!」
エルムはここへ来て漸くレヴィアスが何を考えていたのかを理解した。要するにシャルと聖獣の子供とお互いに契約をしているのだと認識させようとしていたのだと。
しかしかといって責任問題に関して無視できない状況なのは変わらない。
「聖獣の親はどうするんだよ」
「それは私の役目だ任せておけ。問題ない」
確かにエルムは複雑に物事を考えることは苦手だった。
人間相手にはその美貌を武器に物腰柔らかく笑顔一つでさらりと切り抜け、特定の人間と深く関わる事を避けて厄介事を起こさないように努めていた。
エルムがまだ未熟だった頃は結局暴力で解決するしかできなくてその技術をひたすら磨いたが、今は解決方法も色々あると学んでいても不安になる気持ちは抑えられない。
だからこういう問題が起こると不安で心配で心細くてたまらなかったが、いつもはつい反発してしまうレヴィアスに『問題ない』と言われると何故かとても安心できた。
「ああ、任せた」
「じゃぁ明日は僕がシャルと出かけようかな。いいかなシャル?」
「うん、キラルパパにも僕の友達を紹介するね!」
シャルの純真無垢な笑顔に今まで何を大騒ぎしていたのかとエルムの心は軽くなるのだった。




