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「おはよう~」
僕とシャルが一緒に居る部屋にノックも無しに入り窓を開け放つのは、シャルのパパの一人エルムという人だ。
この人はいつも自信ありげに大股で歩くが足音はとても静かな不思議な人なのでそこは気に入っている。
でもこの人の中では僕の存在は薄いらしく、シャルと一緒に居るのに無視をされる事が多いのが僕としてはとても不満だ。
出会った時も僕に始めてできた友達を独り占めするかのように辺りに攻撃的なオーラを放ち、僕たちを寄せ付けさせまいとしていた。
今だってこの家から離れたらそうするんだ。僕でもそのオーラは少々辛いと知ってか知らずか。
きっとこの人の中ではシャル以外は本当にどうでもいいんだろう。
そうして目覚めたシャルと裏庭で軽くストレッチをしてから森まで走る。散歩のはずなのに。
僕は当然シャルに付いていくよ。オーラは辛いシャルのシャルの友達だからね。
それにシャルは最近すっかり忙しくなってしまい、一緒に遊ぶ時間がめっきり減ったから朝のこの散歩の時間は僕にとってもシャルと一緒に遊べる嬉しい時間だ。
森に着くと早速シャルに体術というものを教え始める。説明しながらゆっくりと型を見せマネしてみろと。
勿論僕もシャルと一緒にマネをしてみる。手は無いし足も短いけどその代わり僕は飛べるから問題なし。
そして僕はシャルに対戦を申し込むようにシャルに向かっていく。シャルは当然のように応戦してくれる。
シャルが手足を出してくるのを華麗に躱し、僕がシャルに飛びかかるとシャルも当然見事に躱す。その繰り返し。
だけれど段々となんだか追いかけっこをして遊んでた時みたいに楽しくなってくるから不思議だ。
「チョビ負けないからな」
「クゥゥー(僕だって)」
追いかけっこは体にタッチした方が勝ちだ。だからきっとこの体術っていうのも体にタッチできれば勝ちなんだ。
僕は夢中になってシャルにタッチしようと飛び回るけど、シャルもなかなかすばしっこく避ける。
そしてシャルが一瞬動きを止めたのを見逃さずに僕がおもいっきりタックルするとシャルは見事なバック転でそれを躱し、僕は大木に激突しそうになり慌てて避けたところをシャルに掴まった。
「チョビもまだまだだね」
「クルッククックー(もうちょっとだったのにー)」
「シャルも息を切らしているようじゃまだまだだ」
両膝に手を置きはぁはぁと息をするシャルもまだまだだと言われている。
でも何がまだまだなんだろう。僕にはよく意味も分からないけれどとにかくシャルも僕もまだまだって事なんだ。
リーンゴーン、リーンゴーン
シャルの息が整いだした頃街の方から朝ご飯の時間を知らせる鐘が鳴るのが聞こえた。朝と昼と夕方の決まった時間に教会で鳴らすあの鐘の音は僕にとってはご飯の合図だ。
「クッククー(ご飯の時間だよ)」
「あっホントだ。急いで帰らなくちゃ」
つい夢中になり過ぎていたみたいで、いつもならもう家に帰り着いている時間だ。
このままじゃ美味しい朝ご飯が冷めてしまう。それにきっとシャルが教会へ行くのにも遅れてしまう。
「クッククルクック(あの必殺技を試してみようよ)」
「それ良いな!」
僕は以前から二人で考えていた必殺技を使ってみようとシャルに提案する。
ずっと家でみんなには内緒で忙しいシャルのために練習していた必殺技だ。
今までは何歩分程度の距離しか試していないけれど、きっと僕たちなら大丈夫。僕には自信がある。
「裏庭で良いよね?」
「クッククックー(じゃあ行くよ)」
「せえの」「クルックー」
僕はシャルの肩に止まりいつものように二人で一緒に必殺技を発動させる。
「おぉ、成功みたいだ。チョビやったぞ!」
「クッククー(やったね)」
シャルは森から一瞬で自宅の裏庭に移動できたのを確認して飛び上がって喜んでいる。うん、僕も嬉しい。
これで忙しいシャルの時間が少しは増えて僕ともっと遊べるようになるだろう。
「ただいま~」
シャルとチョビは裏庭から玄関へと回り洗面所で手を洗ってからダイニングに向かう。
「お帰り。あれっエルムは一緒じゃ無いの?」
「あっ、先に帰って来ちゃった」
「ふ~ん、エルムがそれを許すなんて珍しいね。なんかあったのかな。でもまぁいっか。ご飯できてるよ。勿論チョビの分もね」
この人はシャルのパパの一人でキラルと言う人だ。僕にもいつも美味しいご飯を作ってくれる。
本当は僕は生きた魔物を食べなくちゃいけないんだけど、この人の作るご飯はとっても美味しいし不思議な力を得られるから僕も大好きだ。
今日も時間通りに美味しいご飯が食べられそうだとシャルとチョビは自分の席に着くのだった。
◇
「・・・・・・シャ、シャル?!」
目の前で忽然と姿を消したシャルとチョビに驚きしばらく固まっていたエルムは、慌てて辺りにシャルの気配を探す。
「何があった!」
同じく慌てた様子で姿を現したのはレヴィアスだった。
レヴィアスは絶えずシャルの気配を気配探知で確認し追っている。それが突然消えたとなれば慌てるのも当然だ。
しかしいつものように冷静で居たならば、自宅の裏庭に新たに現れた気配を探知し、それがシャルとチョビだと確認する事ができただろう。
「突然姿を消した」
「誰かに攫われたか?」
レヴィアスはシャルとチョビが転移をしたなどと思いもせずに、認識阻害を使う誰かに攫われたのではないかと疑った。
エルムは認識阻害に関して軽く見ている節があり、その手に関する警戒を怠っているから気づけなかったのではないかと考えたのだ。
認識阻害を使う者がシャルの気配をも認識阻害で消し攫ったのではないかと。
「誰が? 何のために?」
「・・・・・・」
エルムは疑問に思うがレヴィアスには思い当たる節が無い訳ではなかった。
もしかしたら先日の強盗団一味に取り逃がした者が居て復讐に現れたか、もしくは煩く付き纏う者の中の誰かが強硬手段に出たか。
何にしても今すぐにその正体を暴きシャルを取り返さなければとレヴィアスは表情を硬くする。
《レヴィアスもエルムもどこに居るの? 帰って来ないならシャルと先にご飯食べちゃうよ》
剣呑とした雰囲気の中突然キラルからの念話が届く。
《シャルはそこに居るのか?》
《朝の訓練は終わったんだろう。当然じゃ無いか。もしかしてシャルが先に帰ってきたから拗ねてるの? それとも本当に何かあった?》
いつも通りのほほんとしたキラルの緊張感の欠片もない様子にレヴィアスもエルムも笑うしかなく、漸く肩の力が抜けた。
「帰ってるってさ」
「そのようだな」
レヴィアスも改めて自宅にシャルの気配があるのを確認しホッとして表情を緩めた。
「取り敢えず俺たちも帰るか」
「そうだな」
そうしてエルムはレヴィアスの転移魔法で急ぎ自宅へと戻るのだった。




