15 幕間SS 家族の証
シャルをお風呂に入れるのは大抵の場合キラルの役目だ。
「頭を洗うから準備して」
キラルはシャルに膝の上に寝転ぶようにと促した。
「僕はもう大きくなったんだからパパみたいな洗い方が良い!」
キラルはシャルを膝の上に仰向けに寝かせ風呂桶に頭を添えて髪を洗う所謂赤ちゃん洗いを続けていた。
だが今日のシャルはその赤ちゃん洗いを卒業したいらしいと知り、キラルはちょっと感動する。
「そっか、シャルはお兄ちゃんになったのか。分かったじゃあそうしよう」
「お兄ちゃん?」
「赤ちゃんじゃなくなったって意味だよ」
キラルはシャルを俯かせ頭からゆっくりお湯を掛け髪をたっぷり濡らしていく。
「今から洗うからちゃんと目を瞑って耳を押さえておいて」
「どうして?」
「フフフ~、この泡泡わね、シャルの目や耳の穴に入りたがるんだ。入ると痛いよ~。泣きたくなっちゃうよ」
「僕はもうお兄ちゃんだから泣かないよ!」
「ホントかなぁ」
「うん、ホント!!」
キラルはシャルの頭皮をマッサージするようにゴシゴシ洗っていく。
「あっ、こっちの方が洗い易い。シャルはどう? 痛くない?」
「うん、大丈夫~」
昼間掻いた汗をしっかり落とすように念入りに念入りに洗う。
「はい、洗い終わった。お湯を掛けるからちゃんと目をギュッとしてそのまま動かないでよ」
「ンッ!」
どうやらシャルは目と一緒に口もギュッと閉じているようだった。
キラルはゆっくりとシャルの頭にお湯を掛け泡を流していく。
「もうちょっとだからね。そのままそのままね」
「ンッ!」
シャルの額に手を置き指を立て、頭から掛けたお湯を立てた指で受け止めるようにしてガシガシと髪の間にお湯が流れるようにする。
こうすると比較的顔に泡が回らずに手早く泡を流せるとキラルは知っていた。そうして貰っていた事があったからだ。そしてたっぷりめの風呂桶二杯で素早く終了させる。
「はい、終わった。もう良いよ」
指の腹で目の周りの水を拭ってやりながらシャルに声を掛ける。
「ほら泣かなかったでしょう!」
「うん、お兄ちゃんだったね。エライエライ。次は体を洗うよ」
「それも自分でやる!」
「じゃぁちゃんとパパのマネをしてきちんと洗わないとダメだよ。分かった?」
「分かった!」
キラルはタオルを十分に泡立てシャルに渡し一緒に体を洗っていく。
「まずは耳の後ろ。それから首。そして肩。脇の下」
「くすぐったいとこだ~」
「そうだね。次は二の腕、肘、腕、手首、手の甲に掌に指の間も綺麗にね」
キラルは上から順番に体の名称を教えるように声に出し注意を促しながら洗っていく。
そうして全身を洗い終えた後、再度シャルの背中を洗ってやるとシャルもマネしてキラルの背中を洗ってくれる。それがちょっとくすぐったくて、知らず知らずに笑みがこぼれた。幸せを噛み締めた笑みだ。
キラルは全身の泡を落としタオルを良く洗い流し、洗い場も綺麗にしてから浴槽に浸かる。勿論シャルも懸命にキラルのマネをした。
「今日何か面白い事あった?」
「チョビがね森に入ったら急に元気になっていつもよりいっぱい話してくれた」
「ふ~ん、何を話したの?」
「チョビは海より森の方が良いって。チョビは海の魚は捕れないんだって。食べたかったのにって言ってた」
「チョビは魚が食べたかったのか」
「うん、珍しい魚食べてみたかったって」
「そうなのか・・・。じゃぁ今度は」
「ねえ、僕もう出たい!」
子供は基礎体温が高いせいかすぐにお湯から出たがる。のぼせさせる訳にもいかないが、キラルはもう少しだけシャルとお湯に浸かっていたかった。
「じゃぁ百数えてからね。数えられるかな?」
「うん、簡単!」
キラルはシャルと一緒に百を数えていく。段々と数えるスピードが速くなりつっかえる事も多くなるのが可愛くってちょっと楽しくなる。
「百!!」
一際大きな声で百を数え終わりお湯から出ようとするシャルをキラルは引き留める。
「まだ歌が終わってないよ。いつもの歌一緒に歌ってからね」
「そうだった」
「「おまけのおまけの汽車ぽっぽ。ポーッと鳴ったら上がりましょ」」
「ポーーー!! 上がってもいい?」
「良いよ」
この歌はキラルが契約している少女がかつて教えてくれた歌だ。
出会ってすぐまだ一緒にお風呂に入っている頃、その度に歌ってくれて知らぬ間に覚え習慣になっていた。
誰が作った歌でいつから歌われている歌かも知らないが、キラルはこの歌はキラルと少女を繋ぐ言わば家族の証のように思っていた。
一緒に居なくても気付けばいつも傍に居る。
だからキラルもシャルに歌って聞かせる。家族の証を継承するように。




