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このワガートの街で店を出すと決めた時、どんな店にするかは然程悩まずに決まった。それは三人に共通してできる事など限られていたからだ。
レヴィアスは頭脳派で商店を営むのは得意とする分野ではあったが、今はあまり人と関わる気になれず仕入れや接客などをする気はまったくなかった。
逆にキラルは調理を得意とし接客も嫌いではなかったが、店の経営に関してはあまり自信がなく細かく計算して物事を考えるのは苦手とし、なるようになるというかなるようにしかならないと基本は大らかに構える性質だった。
そしてエルムは何でもそつなく熟すように見えるが、ただできると言うだけでそれが十分かは判断に苦しむ事も多い。多分性格的な問題なのかすべてが雑なのだ。
キラルは料理に関してだけは色々計算し分量もきっちり量って調理をするとしたら、エルムはすべてがその時の気分で目分量といった感じだし、レヴィアスが埃一つ手垢の一つも気にするのに反し四角い部屋を丸く掃くみたいなところがある。
かといって面倒くさがりという訳では無く体を動かすのを苦にしないのはエルムの褒められるところで、度々結果に関して言い合いになる事も多いがめげない図太さがエルムのそういった技術を向上させない所以だと思われた。
そんな三人が一緒に店を営むとなれば必然的に業種は限られ、職種もレヴィアスが経営担当でキラルが調理担当エルムが接客担当と簡単に決まった。
しかし三人には共通した思いもあった。それは別段店を流行らせる気はないという事だった。
働くのが嫌いな訳ではない。ただ単にここに店を出した理由がシャルを育てるための体裁でしか無く、シャルが居なければあのまま森に籠もった生活で十分だった。
できる事ならシャルと関わる時間を十分に持ちたいと三人共が考えていたので、店が忙しくなってしまっては本末転倒だと思っていた。
なのでパン屋なのに一般に売れそうなパンは作っていない。その日仕入れた具材でサンドイッチを作り値段設定も遠慮無くお高め。
あまり大きくもないショーケースには日持ちのする焼き菓子やケーキを並べ、ボードに書かれた本日おすすめのサンドイッチを注文が入ると作る方式の『パン屋』だった。
「価格設定が客層を決める」
というのがレヴィアスの意見で、安すぎる値段設定は店も安く見られそういう客が集まりやすくなると言う理由から、子供が小遣いを握りしめて来店できる店は却下になった。
多分レヴィアスは子供が騒ぐ賑やかさが苦手なのだろうと思われる。
それにエルムの接客にも少々不安が残るので、料理を提供をする店にしてもカフェやレストランは難しいと思われた。
そしてキラルのどうせなら健康に良い物を作り提供したいと言う思いからサンドイッチを主体にすると決め敢えてパン屋を名乗ったのだった。
なので知らずに店に入り戸惑う事がないようにガラス張りで店内が外から見えるようにしてあった。
レヴィアスの考えでは年に一度か二度贅沢をしたい欲求を満たしたい客が訪れ、然程流行らずに静かに過ごせる快適な店になるはずだった。
絶対にそうなるはずだったのだ。
なのに何故か今はイートインスペースは満席で、キラルはシャルの取ってきた店には置いていないはずの注文のパンを急ぎ焼いていた。
(フフ、これはまったくの予想外だ!)
レヴィアスはまったく自分の予想と反した状況を何気に楽しみ喜んでいた。まさかシャルがここまでやるとは思ってもいなかったのだ。
シャルは教会で教会職員にエルムの事を聞かれる度に素直に店の宣伝をし、その上わざわざ案内し一緒に連れ帰って来た。
教会職員も始めは価格設定に躊躇した様子を見せていたが、シャルが店で比較的安く飲める果実水を進めた事でイートインスペースはあっという間に占領された。
この店はイートインのためにコーヒーや紅茶にフレッシュジュースに果実水と飲み物も豊富に取り揃えていたのだ。それもかなり適正価格な感じで。
開店前にシャルにも店で扱う商品を食べさせ説明してあったが、まさか値段の設定まで覚えているとは思ってもいなかった。
そして教会職員(主に女性)はその安い果実水一杯で遠慮無く粘り店を賑わす事になり、結果近所の住人の興味を引き宣伝効果は抜群となってしまった。
「僕近所の人達に宣伝してくるね~」
シャルがそう言って出かけた結果、店に置いていないというか置く気もなかったパンの注文を大量に請け負って来て、今キラルはその注文を熟すために懸命に動いている。
「近所のおばあちゃんがね店まで来るの大変だから時々注文を聞きに来てくれると嬉しいって言ってた」
シャルは井戸端会議中の年配女性に臆する事無く話しかけ店の宣伝をし、パン屋と聞いた一枚も二枚も上手のお姉様達からの遠慮無い注文を喜んで持って帰って来たのだ。
「パン屋なら当然置いているんだろう」
「そうそう、日持ちするパンなら大歓迎だね。私も貰おうかね」
「それじゃあ、私の所にもお願いするよ。坊や偉いね。忘れないで頼むよ」
こうしてひっそりと経営していく予定だったパン屋は開店初日から大分予定を狂わせた。
そして接客をするエルムの取り繕った笑顔が引きつっているのをシャルは不思議に思う。
「お客さんが一杯で良かったよね」
「そうだな」
「すみませ~ん、果実水をもう一杯いただけませんか」
(ここは喫茶店じゃねぇよ!)
さらに笑顔を引きつらせるエルムにレヴィアスは吹き出しそうになるのをショーケースの内側に立ち我慢していた。




