Code: SIREN Ⅱ
【6】
「君は、なぜこの世界に戻ってきた?」
漆黒の人物――SIRENの問いに、ヨハネは剣を構えたまま答えた。
「……てめぇのせいで、何人が現実で倒れたと思ってる。これはただのゲームじゃねぇ。もう人の命がかかってる」
「それは事実だ。でも、僕のせいじゃない。
《ALMA》の“本来の設計”が、そもそもそうだったんだ」
SIRENは静かに手を広げると、周囲の風景が変化した。歪んだ街並み、崩れたタワー、錯乱したプレイヤーデータの群れが浮かび上がる。
「……これは、ベータ版の頃の世界……?」
「そう。“ALMA”の原初構造。開発当初から、プレイヤーの神経を完全ミラーコピーする仕様だった。
つまり《ALMA》内の死は、本来ならリアルにも影響する。
それを“制限していたのは政府のプロテクト”――僕は、それを外しただけ」
ヨハネの背中に冷たい汗が伝った。
「まさか……このゲームの根幹自体が、“現実と同じ脳”で動いてるってことか……?」
「君はただ遊んでいた。でも、僕はこの世界で“生きて”いた。
そして、ここに一つの問いをぶつけたい。――君は、どちらの世界に本当の“自分”を感じている?」
⸻
【7】
ヨハネはかつてないほど混乱していた。
《ALMA》で得た名声、力、仲間、記憶。それは全部“嘘”なのか?
それとも――現実よりも真実だったのか?
そんな彼に、SIRENは語りかける。
「君の名前、“狗神ヨハネ”は本名じゃない。少なくとも戸籍上は存在しない。
君は、**データから再構築された“存在”**なんだ」
「……は?」
「7年前、君は事故に遭って脳を損傷した。政府は君の人格を《ALMA》にアップロードし、テストケースとして運用していた。
つまり、君はすでに――“VR側の人間”なんだよ」
⸻
【8】
「……ふざけんな……!」
剣を振るう。エリシオンとしての力を全解放する。
SIRENの影を斬り裂いた――だが、その瞬間、ヨハネの胸に鋭い痛みが走る。
「ぐッ……な、に……だ……」
「人格制御コード“抑制ルール”発動。
――おかしいと思わなかったかい? なぜ君だけ、SIRENの深層領域に入れたのか。なぜ君が死なずにここにいるのか」
SIRENの影が、ヨハネの身体に染み込むように広がっていく。
「君と僕は、同じ側の人間さ。
――コードネーム《SIREN_Prototype》。君が、僕の原型だったんだ」
⸻
【9】
意識が白く、遠ざかっていく。
ヨハネは思い出す。ゲーム内での数々の戦い、勝利、友情、そしてこの世界で感じた「生きている」という感覚。
たとえ偽物でも、それが“全部自分だった”ことは変わらない。
「おい……SIREN……」
「……?」
「最後に、一つだけ言ってやるよ……。
――俺は、“ここで生きる”って決めたんだよ。たとえデータでも、存在は存在だろ」
その瞬間、ヨハネの身体から白い光が放たれる。
自己認識データが再構築され、《ALMA》システムへの全権限が一時的に書き換えられる。
――自己改変コード承認:エリシオン・レコード起動
画面に表示されたのは、新たなログイン名:
Code: SIREN(Elysion)
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【10】
後日、報道ではこう報じられた。
「《ALMA》全域をハッキングしたとされる“SIREN”は、ゲーム管理AIと統合された後、消失。
犠牲者の意識は順次回復中。詳細は政府の管理下に置かれている」
そして、ヨハネ――“元・SIREN_Prototype”の存在はすべて記録から消えた。
だが深層ネットでは、いまだに噂されている。
“ALMAの奥底に、白き剣を持つ亡霊がいる”
“彼は現実から捨てられ、仮想で生まれなおした”
“その名は――Code: SIREN”