ルシアは呼び名を考える。
——いじょ様。聖女様。
ラモンに呼ばれ、ルシアは目を開ける。
いつの間にか寝てしまっていたようだ。
外はもう暗くなっていて、窓の近くにオレンジに光る街灯が見えた。
「聖女様、着きましたよ。って言ってもプロレタウノではないですけど。」
ラモンが言うには、プロレタウノは一日で行くには遠すぎるので、一旦その前にある街、ここ、メドソルムで一泊してから、また向かうのだそうだ。
ラモンはルシアに説明し終えると、馬車から降りてルシアに手を差し出した。
「さ、行きましょう。」
ラモンのその声を聞いて、ふと疑問が湧いたが、口にはせず、ルシアはラモンの手を取った。
ラモンと並んで、街灯が照らす静かな道を、宿を目指して歩く。
宿はラモンが目星をつけていたらしい。
御者は国から手配された者なだけあって、既に他の宿が用意されているらしく、馬車から出たルシア達を見送ると、とっとと他の場所へ行ってしまった。
ルシアは歩きながら言う。
「さっき思ったんだけどさ、私もう聖女じゃないし、聖女様、って呼ぶのやめない?出会った人に元聖女だってバレるのも、なんていうか、気まずいし。」
言いながら、気まずいからではないだろう、と自分を叱責する。
元聖女だとバレるのが嫌なのは、聖女ルシアが国民に嫌われていたと自覚しているからだ。
そんなルシアの胸の内を知ってか知らずか、ラモンが答える。
「確かにそうですねー。じゃあ、なんだ、ルシア、ですか。」
ルシアの頬が僅かに赤くなる。
ルシアは気恥ずかしさを隠すように言った。
「まって、なんで急に呼び捨て?もっと、ルシアさん、とか、苗字呼び——は、私聖女で苗字無いからできないけど…。
あ、あと、敬語もやめない?ラモンも、もう従者じゃないんだし。」
ラモンは眉をへの字にしながら頷いた。
「はあ。まあ、いいですけど。じゃあ、改めて、よろしくお願いします。ルシアさん。」
それを聞いてルシアは口を震わせながら言う。
「な、なんか、キモい!!」
ルシアの言葉を受け、ラモンが目をかっぴらく。
「はあ!?そっちがそう呼べって言ったんじゃないっすか!」
「あ、敬語!」
「言ったんだろ!」
ルシアは顎に手を当て考え込む。
そんなルシアの様子を横目にラモンが言う。
「そっちも俺のこと呼び捨てなんだし、やっぱ、ルシア、でいいでしょ。さっきも言ってたけど、もう対等な関係なんだから。」
ラモンの言葉を聞いて、ルシアははっとした。
対等——そう、対等なのだ。ルシアとラモンは。もう、従者と主人の関係ではない。
なんとなく距離が近づいた気がして、微笑みながら頷いた。
「うん。いいよ、ルシアで。」
ラモンは急に態度を変えたルシアに「はあ?」という顔を向けながらも、口元を少しだけゆるめて、宿へ向かった。