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ルシアは踵を返す。

 診察室から出て待合室へ戻る時、来た時と同じ匂いがした。

 やっぱり気のせいではないのかもしれない。

 じゃあ一体何の匂いなのか。考えようとした時、一つの記憶が刺激された。

 ——まだルシアが聖女だった時。新しい聖女に対話を任せっきりにしていた時。病院で同じような匂いを嗅いで——。


 ルシアは思い出した衝動をそのままに踵を返す。考えているうちに既に待合室に戻っていて、ラモンは既に会計を始めていた。


「え、あ、ちょ、ルシア!?」


 走り出したルシアを引き留める声を背中で受けながら、足を動かす。


 ——あの甘い匂いに、心当たりがあった。


 もうずっと前のこと。ルシアがまだ聖女で、新しい聖女が、最近実地の仕事に入るようになったという時だった。

 聖女の役目として、月に一回、慈善病院に出仕することになっていて、その病院にも、仕事の一貫で行った。


 件の扉が見えてきて、走る速度を上げる。きっとあの先は薬の調合室だ。


 ——その病院はどうやらあまり豊かではないようで、だからその匂いは調合室ではなく、診察室からしていた。

 天井に吊るされていた、干からびた薬草の群を思い出す。きっとあの中に根源があった。その下、澱んだ目の医師を、濁った匂いを、思い出す。


 次の月、彼は違法薬物売買の疑いで、逮捕された。麻薬を作って、闇市に売っていた。


 診察室に入ったその瞬間から、違和感はあった。嗅いだことのない匂い、見たことのない薬草。けれど。


 けれど、言えなかった。

 口止めされていたとか、そんな大層な理由はない。ただ、気のせいだったら、間違えていたら、と。

 それだけだ。


 彼が捕まったと聞いて、思った。後悔した。

 やつれた医師とそれに蠱惑的な視線を向ける看護婦。——ああ、あの時、それらの違和感を口にしていたなら。


 ついに扉の前に出て、一つ息を吸う。その音が、震えていた。肺に入る重く甘い匂いをもう一度確認して、思い切って、ドアノブを捻った。


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