聖女は帰る場所を無くした。
次の日、ルシアは城の自室で起きた。あんなにダッシュで逃げても帰る場所は結局城だけだった。
ルシアの実家は、ルシアが聖女になった際に家庭内暴力も同時に国に見つかり、取り壊されていた。
つまり、今ここで追放されたら、ルシアには帰る場所が無くなる。
(けれど大丈夫。きっとどうにかなる。どこに飛ばされるのかもわからないけれどできるだけ生きて、無理なら野垂れ死ぬだけ。)
そんなことを考えているうちに王からお呼びがかかった。
ルシアは支度をしようと鏡の前に立つ。
暗い青の目に淡い金色の髪。脚の長さも顔の美醜もいつも通りのルシアだった。
こんな日くらい綺麗になれたっていいのに、と思いながら一人で支度を始める。
支度が終わりルシアは謁見の間に向かう。
昨日まではあんなにウキウキしていたが、実際にその日がやってくると、どうしたって落ち込んでしまう。
それに今日はいつにも増して、通る人々の陰口が多い気がした。きっと気のせいではないだろう。
謁見の間の前に出るとルシアは言った。
「聖女ルシアです。王に謁見賜りたく参りました。」
扉の奥から声がする。
「入りなさい。」
ルシアが部屋に入ると王は言った。
「儂が其方を呼んだ理由は分かっているな。」
「はい。して、私はどこに行くのでしょう。」
「プロラタウノだ。」
ルシアは目を見開く。
「プロラタウノ…ですって!?」
ルシアは思った。
(……どこだろ。)
ルシアは勉強が苦手だった。
王が言った。
「ああ。未開拓の地故其方には領主として開拓を進めて貰いたい。聖女ルシアは追放される身故爵位は与えられぬが、其方の頑張りを期待している。」
ルシアは答えた。
「ありがたいお言葉です。して、陛下。…最後に、ひとつだけ、よろしいですか。」
王は答えた。
「…許す。」
ルシアは言った。ありったけの思いを込めて。
「……本当に!…今までありがとうございました!」
ルシアをあの地獄のような実家から連れ出してくれたのは間違い無くこの王だった。
ルシアが役立たずの聖女となっても見捨てずにここまでルシアを保護し、城で育ててくれたのも王だった。
ルシアが人々から侮蔑されるようになっても、王とその周りだけは今まで通りに接してくれた。
だからこそ、ルシアもここまで生きてこれた。
だからこそ、ルシアは今、清々しいと同時に、落ち込んだ気持ちでいた。
「……ああ。」
王はその皺のある目尻に微笑みを湛えて言った。