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青天の霹靂 5

「えーーっ、花先輩しばらく来れないんですかー?」

 放課後の職員室のざわめきの中、自分の声がおもいのほか響いて、背中がひやっとした。

 「花先輩がいないなら、わたしも行きたくないですー。」

 少し声を落としたものの思いっきり不機嫌な声が出た。きっといますごくぶすったれた顔になってる。けれど、ゆるしてほしい。だって花先輩にお近づきになりたいがために続けている部活なのに。花先輩の視界に入りたくて、花先輩と時間を共有したくて、花先輩に名前を呼ばれたくて、サッカー部員目当てのたくさんのキラキラした女の子たちから勝ち抜いて掴み取ったのに!じゃんけんだったけれど、わたしが勝ったときのあの女の子たちの陰険な視線は本当にこわかった。思い出したら少し身震いしちゃうほど。

「仕方ないだろう。家庭の事情なんだ。すまないが君ら3人でしばらく頑張ってくれよ。たのんだぞー。」

 ちっともすまなそうではない顧問をうらめしそうににらみつけて、職員室を後にする。

 「まぁまぁ、しばらく休部って言ってたから、そのうち花先輩戻ってくるでしょー。それまでがんばろ。」

 もう一人の一年生のマネージャー、佐々木桃になだめられしぶしぶうなずくけど、ちっとも気持ちは静まらない。家庭の事情って先輩、大丈夫なのかな。自分の心と裏腹に雲ひとつなく澄み切った青空ですら今はうらめしい。


 花先輩のことは中学のとき知った。

 2、3年合同で男女別れての水泳の時間。ただでさえ憂鬱な授業なのに、その日はいつもの体育教師ではなく、臨時の教師が授業にあたっていた。ザいにしえの体育教師らしい教え方は当然生徒から疎まれていたから、お年頃の生徒たちとその教師の間にはピリピリとした緊張感がただよっていて、なんでも楽な方に逃げがちな芽衣には、修行かよと言いたくなるような重たい空気のつらい時間だった。

 何事もなく早く終わりますようにと願う時に限ってことは起きる。いったん全員がプールから上がり、次の行程にうつるためぞろぞろと歩いていた。

 いにしえの教師の怒号が突如響き、場が静寂につつまれた。

 「何しに学校に来てるんだ!色気づきやかって!だいたいそれは校則違反じゃないのか!」

 水泳の授業を見学していた三年の女生徒の前に立ちはだかり、大きな声で彼女を責め立てる。どうやら彼女の首元からネックレスがみえてしまったらしい。あらあら、これは厄介なことになっちゃうねー。他人事ではあるけれど、絶対に巻き込まれたくはないので、息を殺して見守る。

 いにしえの教師はあろうことか女生徒からネックレスをひったくるように奪い、そしてプールに投げ入れた。

 生徒たちにはしる緊張と静寂。

 群衆の後方にいる芽衣からは少し見えるだけ。それなのにすでに芽衣の胃は悲鳴をあげる。

 もうやめて。こちとら成人男性の怒号になんて慣れていないか弱い女子なのよ。この緊張感に耐えられない。

 自分が怒られているかのように身を小さく縮こませながら早くこの時間がすぎることを祈るのみ。


 水に沈んだネックレス。

 響く教師の声。

 涙目でうつむく女生徒。


 挙げ句の果てにいにしえの教師はのたまった。

 「そんなに大事なものなら自分で拾いに行けばいいだろう。」

 いやらしく歪んだ教師の顔。芽衣は心の中で教師にむかって長い長い呪詛を吐く。もう呪おう。呪うしかない。

 お年頃の女子たちは身体も心も未だかつてない発達途中。プールに入れない期間だってある。今日見学の女生徒たちのほとんどはそうなのに。芽衣だってあった。たとえ見学でもとても憂鬱だった。それなのに。それなのに。

 怒りと悲しみでいっぱいになってぎゅっとこぶしをにぎる。

 

 バシャン!

 

 生徒たちの緊張と静寂を打ち破り、水飛沫があがった。

 見学のグループの中から出てきた女生徒がジャージのまま綺麗なカーブを描いて飛び込んだ。

 当たり前のようにプールの中から拾ったネックレスを震えている女生徒に渡し、気分が悪そうだから彼女を保健室に連れて行くと教師に伝え、ずぶ濡れのままその場から颯爽と立ち去った。

 芽衣の思考はとまった。

 小波のように広がった生徒たちのざわめきはやがて歓声となる。

 突然の出来事に対応できなかったいにしえの教師は顔を真っ赤にして周囲の生徒を牽制するが、個から集団となった生徒たちの非難の声にかき消され、もはや収集は不可能だ。

 男子側を担当していた教師が慌ててこちらに駆けてくるのが見えた。

 ざまぁ。芽衣は心の中だけでしっかりいにしえの教師を嘲笑う。

 それとさっきの三年生!

 かっこいいかっこいい!かっこよすぎ!

 すらっと伸びた長い手足。少し茶色がかったさらさらの髪。整った小さなお顔に意外と落ち着いた低めの声。水も滴るなんとやらっていうのは本当なんだな。妙なことに感心する。

 「相田花先輩。」

 ジャージに書かれた名前も確認済み。ぬかりはない。映画に出てくるヒーローみたいだった。

 女の人であんなに格好の良い人がいるんだ。

 見た目も行動も。

 思い出してほうっと息を漏らす。

 うっとりした表情で彼女が向かった校舎の方を見上げる。

 

この日から花先輩は芽衣の推しになった。

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