青天の霹靂 4
母が産まれたばかりの弟と我が家に帰ってきた日、花はランドセルをカタカタいわせながら息をきらせて帰宅した。
赤ちゃん!なんて素晴らしい!なにをしても可愛いばかりのキラキラ輝くあたらしい命!なんて思う高尚な心を残念ながら花は持ち合わせていなかった。
間近で見る初めての赤子だった。泣くばかりで自分では何もできないふにゃふにゃの生き物。顔もまだくしゃっとしてるし、目の焦点もあやしげでミルクを飲んでは下から出して、あとは泣くだけ。意思の疎通も難しい。花は困惑した。弟が生まれたらあれもしようこれもしようとふくらんでいたたくさんのことが一気にしぼんだ。
でも、日が経つにつれふにゃふにゃの生物は人間の赤子らしくなっているように見えた。
ある日、小さな小さなその手に花は自分の指をそっとのせてみた。すると、弟の手は花の指をぎゅっとつかんでそのまま握りしめた。
心の内側からじわーっとあたたかい何かがあふれてきた。うれしくてうれしくて何度も何度もやった。わたしがこの子のお姉ちゃんなのだという実感が芽生えた日。わたしのはじめての弟。一人ではなにもできないふにゃふにゃの弟。
その日から兄と二人、競い合うように暇さえあれば弟の世話をした。たくさんの失敗をくりかえしながら、ミルクを与えおむつ替えだって手伝った。弟が自分を見て笑うたびに愛しさが増した。自分が大事にしているぬいぐるみだってちゃんと貸してあげたし、あとからあとからでるヨダレをふき、一緒に手遊びをし、彼のお気に入りの絵本もよんであげた。
弟の成長を家族みんなで見守ったあたたかい時間だった。
そんなときもあったのに。
幸せのじかんってとても儚いらしい、この歳でそんなことをしみじみと思うなんて。
もうすぐ我が家に着いてしまう。一人だったら足取りも重く、できれば帰りたくないとさえ思ったかもしれない。
でも。
手を繋いだ先、もう5歳になった可愛くて賢い弟は今日保育園であった出来事を花にずっと聞かせている。話があっちこっちに飛ぶ上に時間軸や多数にわたる登場人物がごちゃごちゃで内容を把握することは至難の業だ。でもいい。なんだっていいのだ。弟が元気で笑顔なら。どんな難解な話でも笑顔で聞ける。
可愛い可愛い小さな弟。
「陸、おうちまで競争しよう!」
花のいつもの提案にだって、毎度喜んで参加してくれるのだ。
大丈夫。大丈夫。兄と弟がいるもの。一人じゃないって思うと少しは楽に呼吸ができる。一人はめったに家に帰って来ず、一人はこんなにも小さい弟なのに。
まずは帰っておやつを食べよう。考えても答えが出ないとわかっていることに時間を割くのはバカらしいと兄は常々言っていた。
花はしばらく止まらない思考を放棄した。