第1章:旅の始まり
王都リベルタスは、どこまでも広がる石畳の道と活気あふれる市場で満ちていた。朝早くから商人たちが声を張り上げ、異国の香辛料や宝飾品、絢爛な衣装が並ぶ露店の前には、多くの人々が集まっている。王宮のそびえる中心部から少し離れた場所に、冒険者たちが集う「勇猛のギルド」があった。
そのギルドの一角で、ロランドは一枚の依頼書をじっと見つめていた。
「……これだ」
彼の指が、依頼書に記された文字をなぞる。
「伝説の宝石・ゴールドラベンダークォーツの行方」
長い間、誰にも見つけられていない宝石。その名が歴史書に刻まれて久しいが、その力については謎に包まれている。だが、一つだけ確かなことがある。それは—— この宝石を手にした者は、偉大な名声を得る ということだ。
ロランドは剣の柄に手を置きながら、静かに息を吐いた。
「これを手に入れれば、俺は……」
実績を得て、名を上げる。貴族としての誇りを取り戻す。没落した家の名を、再び輝かせる。そのために、どんな困難も乗り越えなければならない。
彼はギルドの受付で、依頼を受ける旨を伝え、すぐさま市場へ向かった。情報が集まる場所は、こうした人の多い場所に限る。
しかし、そこで彼は思わぬ人物と遭遇することになる。
◆
「こら、待て! 私の財布を返せ!」
市場の喧騒の中、一際高い声が響いた。ロランドは足を止め、その声の主を探した。すると、露店の向こう側で 赤毛の少女 が険しい表情で男を追いかけているのが見えた。
(……騒がしい奴だな)
ロランドは苦笑しつつ、視線を戻そうとした。しかし、次の瞬間——
ズドン!
「うわっ!」
赤毛の少女が猛然と走ってきたかと思うと、ロランドに勢いよくぶつかり、そのまま二人とも地面に転がった。
「ちょっと! 何で邪魔するのよ!」
「いや、お前がぶつかってきたんだろうが!」
少女はすぐに立ち上がると、どこかで見つけた木の棒を振りかざし、逃げる男に向かって投げた。
バシッ!
見事に男の背中に命中し、彼はつんのめって地面に倒れ込んだ。
少女は素早く男に近づき、奪われた財布を取り戻すと、鋭い目で睨みつける。
「まったく……お金を盗むなんて最低ね」
「くっ……」
男は歯を食いしばりながら、すぐに逃げ出した。少女はそれを見送ると、大きく息を吐き、ロランドの方へと振り返った。
「悪かったわね。でも、あんたもぼーっと突っ立ってるからよ」
「どっちが悪いかはさておき、お前……ただの旅人じゃないな?」
「……」
少女はじっとロランドを見つめた。
「……オーブリーよ。魔導士を目指してる」
「魔導士?」
ロランドは少し驚いた様子で、オーブリーを見た。確かに、その腰には魔導書らしきものが見える。しかし、彼女の行動はどちらかというと 体力派 に近い。
「じゃあ、お前は魔法であの男を止めるべきだったんじゃないのか?」
「……細かいことは気にしない!」
オーブリーはそっぽを向いた。
その瞬間、ロランドの脳裏に、一つの考えが浮かんだ。
(こいつ……使えるかもしれない)
魔導士といえば、遺跡探索にはもってこいの職業だ。ゴールドラベンダークォーツが眠ると言われる地下遺跡には 魔法の仕掛けが多い。単独で行くより、誰かと組んだ方が楽だろう。
「オーブリー、お前、興味あるか?」
「何に?」
「伝説の宝石・ゴールドラベンダークォーツを探しに行く旅に、だ」
オーブリーの表情が変わった。
「……宝石?」
「そうだ。魔導士を目指してるんだろう? なら、腕試しにはもってこいの仕事じゃないか?」
「……」
オーブリーは少し考え込んだ。しかし、その表情には、 興味を隠しきれない色が浮かんでいた。
「いいわ。行くわよ」
「即決か?」
「面白そうだしね。でも、一つ言っておくけど——私、足手まといにはならないから!」
ロランドは彼女の強気な表情を見て、ふっと笑った。
「なら、決まりだな」
こうして、ロランドとオーブリーの旅が始まった。
次なる目的地は、 王都の地下遺跡。
そこには、ゴールドラベンダークォーツの 最初の手がかり が眠っているという——。
(続)