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4話 魔女の助太刀

 早朝。自然公園の広場でピントのホウキ乗りの練習に付き合っていたら、いつのまにか小学生の集団に囲まれてしまった。


 そんな中、背後にいた小学生の1人が甲高い声で突然叫んだ。


「あー! リトルナイトが空飛んでるー! いけないんだー!」


「お姉さん! 外でリトルナイトに魔法使わせるのはダメなんだよー!」


 それを皮切りに、周りの小学生も口々に騒ぎ出した。


「きのうテレビでやってた! 見つかったら罰金なんだよね!」


「それ犯罪なんだよ!」


「悪いことしちゃダメだよ!」


 小学生は口々に私を非難してくる。どうやら昨日のテレビ番組で放送された内容に強く影響を受けたらしい。


『ちょっと! カエをいじめないでよ!』


 ピントはすぐさまホウキ乗りの練習をやめ、私を守るように子ども達の前へと立ちはだかった。すごくいい子だ。


 身体を張って頑張るピントのためにも、すぐさま誤解を解かなくては。


「あー、ここならリトルナイトも空飛んで大丈夫だよ。ほら、看板にも……」


「違う! 魔法使いじゃないのにリトルナイトに魔法を使わせるのは駄目なんだよ!」


 なるほど、どうやらこの小学生達は私を魔法使いだと認識していないらしい。


 ホウキを鞄にしまったままピントの練習を眺めたのが良くなかったようだ。


「それ改造リトルナイトでしょ! 魔法使いじゃないのに魔法使えるようにするのはすっごく悪いことなんだよ!」


「待って、私は魔法使いだから。自分のホウキ持ってるし……」


 私は誤解を解くために慌てて鞄からホウキを取り出す。しかし……


「知ってるよ! 魔法使いのフリする人は、自分は魔法使いだって言い訳するため用のホウキ持ち運ぶんでしょ?」


「テレビでやってた!」


「やっぱりウソつき魔法使いだ!」


「ウソつき!」


「えぇ……」


 誤解を解くどころか、子どもの疑心暗鬼はますます強まってしまった。

 子どもの声を聞いた周りの一般市民は、一方的に騒ぎ責め立てる子ども達に目を向けている。


(やばい、かなり目立ってる……騒ぎが大きくなる前に、早く魔法使いの証拠を出さないと……)



「大勢で寄ってたかっていじめるのはやめなよ」



 子ども達にどう対応しようか迷っていたその時、空から人の声が降って来た。


 声の主は、ホウキで空を飛んでいた1人の魔法使い。魔法使いは私達の元まで飛んで来ると、華麗なホウキ捌きで軽々と地面に降り立った。


「さっきからずっとこのお姉さんを責め立ててるみたいだけど……傍から見たら、大勢で相手を囲うあんた達の方が悪者に見えるよ」


 私に加勢してくれたのは、滲み出る魔力により真っ赤になった髪を持つ、メンズファッションに身を包んだとてもカッコいいお姉さんだ。


「えっと……」


「その……」


 唐突に現れたカッコいいお姉さん魔法使いの登場に、子ども達は慌てふためいている。


「みんな、看板見なよ。魔法使いのリトルナイトは箒使用OKって書いてるじゃん」


「でっ、でも……魔法使いじゃない人のリトルナイトは魔法を……」


「この人は魔法使いだよ。魔法使い用の大きなホウキ持ってるし、着地用の頑丈な靴も履いてる」


「えっ……いや、だって……」


「鞄も魔法使い専用のもので、ご丁寧に魔法使いのバッジまで付けてる。学校で習わなかった?」


 お姉さんは私の鞄を指差し、私が魔法使いであることを子ども達に丁寧に、かつ若干喧嘩腰に説明していく。


「でっ、でも! コイツまだ魔法使ってないから魔法使いだってまだ分かんないし!」


「そうだそうだ! 悪い奴をかばうのなら、例え魔法使いだとしてもお前も悪い奴だぞ!」


「へぇ……魔女相手にそんな口聞くんだ」


「えっ」


 赤髪のお姉さんの発言に子ども達が驚く中、お姉さんは髪をかき上げ、イカしたピアスで飾られた尖った耳を見せつけた。


「げっ! 魔女じゃん……!」


「やば……!」


 魔女の証である尖り耳を見た子ども達は目に見えてたじろぐ。


 それもそのはず。魔女はこの世で一番強い種族なのだから。


 人間の限界を遥かに超えた魔力を持ち、力も成人男性よりも遥かに強い。

 特に力の強い魔女なら自動車を軽々と持ち上げられると何処かの雑誌に載っていた。


「因みに、そのウサギのリトルナイト連れたお姉さんも魔女だよ」


「えっ!?」


 お姉さんの指摘に子ども達が驚き私を見つめる。


(バレてしまっては仕方がない……)


 本当は魔女だと言いたくなかったけれど、バラされてしまったのなら仕方がない。


 とりあえず私も耳当てを外して髪を軽く掻き上げ、魔女の証である尖った耳を見せつけた。


「…………」


 私の耳を見た子ども達は一瞬で表情を曇らせる。すぐさま私から視線を逸らし、気まずそうに黙り込んでしまった。


(こうなりそうだったから、なるべく言いたくなかったんだけど……)


 お姉さんの指摘により、子ども達の間にかなり気まずい空気が流れている。

 見ているこちらも気まずいし、ピントもどうしたらいいか分からずこっち見てるし。


「……よし」


 とりあえずこの場を和ませる為にも、私は魔女の決まり文句を言うことにした。



「ホウキに乗りたい子、この指とーまれ!」



「えっ?」


 私の宣言に、周りにいた子ども達は呆気に取られる。真っ赤な髪のお姉さんも少し意外そうに私を見つめている。


「私のホウキ、2人乗りできるやつなんだよ。だからさ、背中にだれか1人乗せて広場内をぐるりと一周回ってあげるよ」


「えっ、ホウキに乗せてくれるの……?」


 子ども達は申し訳なさそうにしながらも、ほんの少し目を輝かせて訪ねてくる。


 ホウキによる飛行は、魔法が扱えるほどの魔力がなければ飛ぶことはおろか、宙に浮かぶことすらできない。


 魔法使いでない人にとって、ホウキでの飛行は憧れがあるらしく、私が小学生の頃はよく同級生にホウキ飛行をせがまれていた。


「買い物行く時にいつもお母さん乗せてるから慣れてるよ。それに、何があった時に2人乗りできるように、いつもヘルメット持ってるんだ」


「そ、そうなんだ……!」


 私は鞄からヘルメットを取り出しながら説明を続ける。


「それに私、ホウキの飛行免許も持ってるよ」


「えっ、免許持ってるの!?」


「持ってるよ。ほら、これ証明書」


 私はヘルメットを小脇に抱えながら鞄を漁り、中からホウキ飛行のライセンスを出して見せた。

 これさえあれば市内の高所をホウキで飛行できる。魔法使いからしたら憧れの免許の一つである。


「うわっ、本物だ!」


「すげー!」


 先程まで落ち込んでいた子ども達は途端にハイテンションになり、私に駆け寄ってきた。


 先程の疑心暗鬼モード中だったら、この免許証を見せたところで信じなかっただろう。

 今は何を見せても信じてくれそうで、これはこれで少し危うさを感じる。後で注意しておこう。


「で、どうする? 誰からホウキに乗る?」


「俺乗りたい!」


「やだ! 私が先に乗りたい!」


 どうやら現代の子ども達にとっても、ホウキ乗り体験は非常に魅力的なようだ。


「俺が先に言ったから俺一番!」


「ずるい! ケイスケくん前にホウキ乗ったって自慢してたじゃん! 私乗ったことないから先ゆずってよ!」


「ケイスケくんもサキちゃんもケンカしないで!」


「ここはジャンケンで……」


 誰が先に乗るか揉めに揉めていると、赤髪のお姉さんが再び輪に入り口を開いた。


「順番で困ってるなら、このお姉さんに素直に謝罪してくれた子から先にホウキに乗るのはどう?」


「えっ……」


 赤髪のお姉さんの提案に、子ども達は一瞬だけたじろぐ。


「ごめんなさいっ!」


 しかし、そんな気まずい間を破って1人の女子が真っ先に飛び出して私に頭を下げた。


「うたがってごめんなさい! ケイスケくんがお姉さん怪しいって言ったから、私もかんちがいして……!」


「あっサキ! お前だって「あの人絶対に怪しい!」って怒ってたろ!」


「こら、喧嘩しない。じゃあ、先に謝ってくれた女の子が一番、でいい?」


「そうだね。はい、しっかりヘルメット被ってね」


「はーい!」


「くっ……」


 魔女2人には流石に逆らえないのか、気の強い男子は大人しく引き下がった。


 女の子は私から受け取ったヘルメットを素直に装着すると、赤髪魔女の助けを借りながら私のホウキの後部座席に座った。


「飛ぶよ〜、私にしっかり捕まってね〜」


「はーい!」


 女子が私にしがみついたのを確認したら、ホウキをほんの少し浮かばせてゆっくりと移動を始めた。


「きゃー! 飛んでる! すごーい!」


 そこまで高いところを飛んではいないが、女子はテンション爆上がりではしゃいでいる。相当楽しいようだ。


 女子が心の底から楽しんでいる光景を、残された子ども達は羨ましそうに見ている。公園に来ていた市民の方々は微笑ましそうに眺めている。


「楽しそ〜」


「いいなぁ〜」


「そんなにすぐ乗りたいなら、私のホウキに乗せてやろうか?」


「赤いお姉さんは怖いからやだ!」


「ははっ、はっきり言うね」


 赤髪のお姉さんが気を利かせてホウキ乗りに誘うも、他の子ども達に怖がられて距離を置かれている。


 そんな中、1人の大人しそうな男の子が集団から離れ、暇そうにしているピントにそっと近寄った。


「ねえ、君はなんて名前なの?」


『僕? 僕はピントだよ』


「へぇ……ピントって、どんな必殺技があるの?」


『キックが得意だよ〜。脚が強いから、あの木の枝に飛び乗れるよ。見せてあげよっか』


「ホント!? 見せて!」


『いいよ〜』


「やった〜!」


「なになに? 何かやるの?」


 今度はピントの周りが盛り上がる。騒ぎを聞いて周りから他の子まで集まってきた。


「ねえ何してるの?」


「ピントが技見せてくれるって!」


「ピントって、そのウサギのリトルナイト?」


『そーそー。今からあの木の枝に飛び乗るよ、少し離れててね』


 子ども達は指示に従いピントから離れる。


『いくよ〜。ほっ!』


 適切な距離を取ったピントは、その場で大きく飛び跳ねた。


「うわあっ!」


「すごっ!」


「すげーっ!」


 ピントは背の高い木の枝に見事着地。リトルナイトの技を間近で見た子ども達から歓声が沸いた。


『それっ!』


 ピントは得意になったのか、枝から別の木の枝へと飛び移りだした。見事な身のこなしと速度だ、まるで小動物みたい。


「うわわっ! すごっ!」


「飛んでる飛んでる!」


 ピントが枝に飛び移るたびに子ども達は大はしゃぎし、大勢でピントのいる木の元へと移動していく。


 赤髪のお姉さんのお陰で一悶着がなんとか収まった自然公園は、早朝にも関わらず随分と賑やかになった。

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