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3話 リトルナイトと日常

 家にリトルナイトが来た次の日。



 ピピピピ……ピピピピ……



 早朝。ベッドの側に置かれている目覚まし時計が鳴り、私は静かに目を覚ました。


「ふぁ……」


 あくびをしながらゆっくり上半身を起こし、大きなガラス戸にかかっているカーテンに目を向ける。


 魔力を込めた指先を遠くのカーテンに向け、指を横にスライドさせると指先と連動してカーテンが開いた。

 ガラス戸から差し込んだまぶしい朝日が室内を明るく照らし出す。


「いい天気……」


 ベッドから降りて外を眺めていると、テーブルの上に置いていた小型のバスケットがゴソゴソと音を立てて動き始めた。

 やがて蓋が開き、中から可愛らしいウサギ獣人型の小型ロボットゴーレム『ピント』が現れた。


 一見するとただのオモチャに見えるピントだが、この子は最近世間で大流行している魔法使いの使い魔『リトルナイト』だ。


 世間一般では勿論、若い魔法使いの間では特に大人気。魔女である私も流行に乗り遅れない為に、昨日ついに購入してしまったのだった。


『おっはよー』


 ピントはバスケットから出るとテーブルから降りて床に着地し、大きな脚で床を歩いて私の足元へとやってきた。可愛い。


「ピントおはよう。昨日はよく眠れた?」


『うん、ぐっすりだよ』


 ピントは両手を合わせて眠るジェスチャーを取る。

 ロボットゴーレムでありながら身振り手振りで気持ちを伝えようとするその姿に、思わず頬が緩んでしまう。


 因みにこの子『ピント』の正式名称は『ハッピーサンラビット』というらしい。リトルナイトの入っていた箱にもデカデカと書かれていた。


「ピント、今日も良い天気だね」


『うん。太陽まぶしー』


 ピントは右手を日差し避けにしながら、大窓から空を見つめる。とても可愛い。


 こんな可愛らしいピントだが、こう見えて実際はかなり戦えるハイスペックロボットゴーレムだ。

 その辺から沸く小型の魔獣なら簡単に蹴り倒せるだろう。


「さて、日課のランニングでもしよっかな」


『ランニング? 外を走るの?』


「うん。自然公園まで走って、そこで軽くホウキ飛ばしたりするんだよ。で、帰りはそのままホウキに乗って帰るんだよ」


『へぇ〜』


 今は春休み。来月から魔法学生としてホウキ通学をする身だからこそ、少しでもホウキの練習はしておかなくては。

 最近になって、高所を飛ぶ為のホウキ飛行の免許を取得したので、町内の高所を安全に飛ぶ為にも練習をしておきたい。


『公園行ってホウキ乗るんだ。いいな、僕も乗ってみたい』


「じゃあピントも私のランニングに付き合う? 一緒に外行く?」


『うん! 行く!』


 ピントはその場でピョンピョン飛び跳ねながら元気な返事をした。ピントは体を動かすのが好きみたいだ。


「よし。じゃあ早速、私とピントの身支度をしないとね」


『やったー! 身支度身支度!』


 確かリトルナイトスターターセットの中に、リトルナイト用のホウキがあった筈。

 私はテーブルに乗せていたリトルナイトのアイテムを漁って目当ての物を探した。



 数分後……



「よし、ピッタリだね」


 ランニング用のジャージに着替えた私の前には、同じくリトルナイト用のジャージを着たスポーティーなピントの姿があった。

 ズボンは大きめのものを購入したので、脚が大きいピントでもちゃんと履けた。


「結構似合ってるね」


『えへへ〜、動きやすくっていい感じ〜』


 全身ジャージ姿になったピントは、コンパクトミラーの前で楽しそうにクルクル回っている。

 ジャージの上に背負った頑丈そうなリュックが更にアウトドア感を演出している。


「ピントの準備もばっちりだね。じゃ、早速お外に行こっか」


『レッツゴー!』


 必要な荷物を持った私達は部屋から飛び出し、大急ぎで階段を降りて玄関へと向かった。


 ピントは早歩きする私と同じくらいの速度で走り、ピョンピョンとリズムよく跳ねながら階段を降りていく。


「あ、お父さん」


「カエ、おはよう」


 外に行こうと玄関に移動すると、玄関先に座り靴紐を結ぶお父さんの姿を見つけた。


 お父さんの隣には、昨日お父さんが購入したバイクを彷彿とさせる武士型のリトルナイトが待機していた。


「カエもリトルナイトと一緒に朝のランニングか?」


「うん。ピントと近所の自然公園に行って、そこで一緒にホウキの練習をしようと思って」


「ピントって名前を付けたのか、いい名前だな」


『でしょ、カエが僕のためにつけてくれたんだ』


「ははは、君にピッタリな名前だね」


 ピントのどこか子生意気な返事に、お父さんは笑って言葉を返す。


「お父さんもリトルナイトと一緒にランニングするの?」


「そうそう。このリトルナイトのジュウトに道路の感覚を覚えてもらうために、その辺を軽く走るつもりなんだ」


『俺がジュウトだ! カエ、ピント、初めまして!』


 お父さんの隣で待機していたリトルナイトのジュウトは、私達に顔を向けて元気な挨拶をしてくれた。


「あ、初めまして」


『よろしく〜』


『はっはっは! 個性が出た良い返事だ!』


 お父さんのリトルナイト「ジュウト」はハキハキとした喋り方で返事をする。どことなくヒーローっぽい仕草な気がする。


「じゃ、お父さん達は近所を軽く回ってくるよ」


『行ってきます! 変身!』


 ジュウトはその場でバイクに変形すると、タイヤを回転させてお父さんと一緒に走り出したのだった。


「お父さん、なんだか楽しそうだったね」


『うん、ジュウトも楽しそうだった』


「じゃ、私達も行こっか」


『行こ行こ〜』


 私とピントもお父さんに続いて家を飛び出し、公園を目指してジョギングを始めた。


 幼い頃から見慣れた町中をピントと並んで歩く。最初はゆっくり歩き、次第に歩みを速めていく。


『えっほ、えっほ』


 ピントは大きな脚でコンクリートの地面を蹴り、余裕の表情で私の横をついてくる。


 こんな固いコンクリートの上を走らせたら脚が削れそうだけど、そこは大丈夫。


 リトルナイトのマイホームには部品の修復機能がある。特定の材料が入ったボトルをマイホームの内部に装着し、そのマイホーム内でリトルナイトが休めば、傷ついた箇所が綺麗に修復されるとのこと。


 例えピントの脚が削れても、転んでボディが削れても、マイハウスがあれば簡単に修復可能。なんの問題もない。


『おっとと』


 たった今ピントが転びそうになったけど、すぐさまバランスを取り戻して再び走り出した。


 仮に転んで怪我しても大丈夫だけど、私は思わず心の中で「危ない!」と叫びそうになった。

 例え最新魔法技術によりパーツが壊れにくい仕様だったとしても、怪我しないに越したことはない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 しばらく走り続け、ついに目的地である自然公園に到着した。


「自然公園に到着〜!」


『やった〜』


 自然豊かな園内には、私と同じように早起きしてきたであろう市民の姿を見かけた。中には私と同じようにリトルナイト同伴で遊びに来ている人もいた。


 少し遠くに目をやれば、ホウキに乗る魔法使いの姿も確認できた。

 ピントは人を乗せて空飛ぶホウキを羨ましそうに眺めている。


『ねえねえ、僕らもホウキ乗ろうよ』


「分かった分かった。うん、行こっか」


 ピントはその場で足踏みしながらせがんでくる。私ははやる気持ちを抑えきれないピントを連れて、すぐさま広場へと移動した。


「看板をチェックする限り、ここの広場はリトルナイトの飛行も大丈夫みたいだね」


 魔法使いのリトルナイトは外でもある程度の魔法は使用できる。

 使用できる魔法は些細なものが多いし制限はある、おまけに魔法が使える範囲内でしか使用できない。


 制限はあれど、ホウキ乗りなどの魔法を一緒に楽しめるのはとてもいい。


『ねぇねぇ、もう乗ってもいい?』


「いいよ。でも最初は、ホウキを手に持ちながら軽く浮かぶ練習をしてからね。安定したなーって思ったら乗って飛ぶんだよ」


『分かった』


 ピントは私の話に素直に従い、ホウキ片手にその辺を歩きながら飛び跳ね始めた。

 ピントが跳ねるたびにホウキの力でフワリと浮かび、ゆっくり落下していく。


『こんな感じ?』


「そうそう」


 リトルナイトの初めてのホウキ乗りは、一応だが見張りは必要だと書かれていた。

 ピントがホウキ乗りに慣れてきたら、私も一緒にホウキに乗って走ってもいいらしい。


「懐かしいなぁ……私も最初はそうやって空を飛ぶ練習したんだよ」


『へぇ〜。ねえねえ、カエはどれくらいでホウキに乗れるようになったの?』


「ホウキを買ってもらったその日に乗れたよ」


『すご〜い! いいなぁ〜』


「まあ、ホウキ乗る前の日から飛行棒って道具片手に飛ぶ練習したんだけどね。だからすぐ乗れたんだよ」


『へぇ〜』


 ピントは会話をしながら懸命にホウキで飛ぶ練習を続ける。


(それにしても……こうして一緒に外に出て、同じことして遊べるなんて……)


 ごく普通のゴーレムでは、ホウキ乗りなどの高度な遊びは絶対にできない。

 最新技術が搭載されたリトルナイトだからこそ、こういった高度な遊びを共にすることができるのだろう。


(将来、リトルナイトと一緒にできることはもっと増えてくんだろうなぁ……)


 あれこれ想像しながら、ピントの微笑ましい光景をそっと見守る。


「……ん?」


 背後に人が集まる気配がした。後方を見ると、飛行棒を持った小学生らしき集団が集まり私を取り囲んでいた。

 そんな中、背後にいた小学生の1人が私達を見つめながら唐突に叫んだ。


「あー! リトルナイトが空飛んでるー! いけないんだー!」

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