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2話 リトルナイトがやって来た

 リトルナイトの大会を見た次の日……


 お父さんと大型デパートに買い物に出かけた私は、ついに自分のリトルナイトを購入してしまった。


 昨日リトルナイトの大会が放送された影響か、リトルナイト専門店は大勢の客で賑わっていたけれど、自分好みのリトルナイトを入手できた……と思う。


「ついにこの日が来てしまった……」


 今は自室。私の目の前に敷かれたカーペットの上には、リトルナイトが入ったバスケットが置かれている。このカゴはリトルナイトの家『マイホーム』と言うらしい。


 因みに、リトルナイトが入っていた箱や、リトルナイトを購入した際に付属していたオマケの数々はテーブルの上に置かれている。


「リトルナイトの始め方……」


 床に置かれたリトルナイトのマイホームを前に、私は手元の説明書をじっくり見つめる。


「リトルナイトが入ったマイホームに手を乗せ、リトルナイトに心を流し込むようなイメージを持ちながら魔力を少量流し込みます。リトルナイトの性格はこの時に決まります……うわ、責任重大じゃん」


 まさかリトルナイトの性格を自分自身で決めるなんて。事前にある程度の知識を入れていたとはいえ、これはさすがに想定外。


「……よし。とりあえずやってみよ」


 数分経ち、ある程度の覚悟を決めた私は、マイホームのバスケットに両手を置き、魔力をマイホームへと流し始めた。


(リトルナイト……やっぱ、ある程度可愛らしい性格がいいかな。兄弟とかいないし、弟か妹みたいな末っ子っぽい子がいいな……)


 リトルナイトのことを考えながら魔力を注ぐこと数分。マイホームの外側についていた小さな可愛らしい照明がピカリと輝いた。どうやら魔力注入が完了したらしい。


「よし……」


 私はマイホームから両手を離し、目の前のマイホームを固唾を呑んで見守った。


 ゴソゴソ。


 マイホームのバスケットがひとりでに動く。バスケットの内側にいるリトルナイトが動き回っているのが分かった。


「…………!」


 私は表情をほころばせながら無言で見守る。程なくして、バスケットの蓋が勝手に開き、そこからひょっこりと小さな物が顔を覗かせた。


 長い耳、大きな目、全体的にやや丸みを帯びた頭。ウサギを彷彿とさせる可愛らしい顔が私を見つめた。

 頭から生えたウサギの長い耳がバスケットの蓋に押されてやや下がっているが、本人はさほど気にしていない様子。


『んしょ』


 目の前の小さなロボットゴーレムは両手をバスケットのフチに置き、そこから全身を持ち上げて、頭でバスケットの蓋を持ち上げた。


『よっ』


 ドスン。バスケットから降りたロボットゴーレムは、そこそこ重そうな音を立てて床に降りた。


 私の前に現れたのは、オレンジを基調としたウサギ型の獣人デザインのリトルナイトだった。


 長くもそこそこ丈夫そうな耳と大きな目。丸みを帯びた胴体と腕。


 そして何より目を引くのが、野生のウサギを彷彿とさせる力強い大きな脚。


「おぉ……」


 見た目はパッケージを見た時点で既に分かってたけど、実際に目の前に等身大が現れて動くさまを間近で見せつけられるとなんか感動する。


 なんてことを考えていると、ウサギのリトルナイトはトコトコと足音を立てながら駆け足で私の元へと寄ってきた。


『はじめまして』


 リトルナイトは私の顔を見上げながら挨拶をしてきた。


 私の目の前でリトルナイトが動いて喋っている。すごい。あんなに小さいのに表情まで細かく変化している。現代の技術の進歩を感じる。


「は、はじめまして……」


『ねえ、名前なんていうの』


「あ、私? 私はカエ……カエ・カームラ。カエって呼んでね」


『カエ〜』


 ウサギのリトルナイトは私の膝をつつきながら名前を呼んできた。


(な、なんというか……すごく可愛らしい……)


『ねえカエ』


「なあに?」


『僕の名前は?』


「あ、名前……」


 名前については、リトルナイトを購入した帰りの車内で考えてたけど、いまだに良い名前が思い浮かんでない。


「耳……ジャンプ……」


『…………もしかして、今考えてる?』


「ずっと考えてたけど、どれもしっくりこなくて……」


 長く大きな耳が頭の上でプラプラしている。耳……伸びる……


「あっ、ピント!」


 ピンと伸びる耳を持つからピント。咄嗟に考えたにしてはとても良い名前かもしれない。


『僕、ピント?』


「うん!」


『ピント・カームラ?』


「そうだね、これから家族になるわけだし……ピントもカームラだね。ピント、これから宜しくね」


『うん、宜しく!』


 私はピントにそっと手を差し出す。ピントは差し出した私の手の人差し指に両手を乗せた。


(かっ、可愛い……!)


 身振りや態度でだいぶ心を鷲掴みにされ、名前を付けたらさらに心を揺さぶられた。

 ゴーレムにより築かれていた心の中の意地はだいぶ揺らぎ、もはや陥落寸前……いや、もはやほぼ壊滅しているような気がする。


「……あっ、そうだ。ピント、フィールドで遊んでみる?」


『フィールド?』


「うん。購入したリトルナイトスターターパックに簡易フィールドがついててさ」


 私はテーブルに置いていたリトルナイト関連の商品の中からそこそこ大きな丸缶を取り出した。


 缶の蓋を開け、中に入っている丸く巻かれた布を引っ張り出した。平たい缶からやたら長い巻き布が現れ、端が床に落ちる。


『長ーい』


「ピント、ちょっとどいててねー」


『はーい』


 私は近くのテーブルを魔法で端に動かし、ある程度広くなった床に簡易フィールドを敷いた。


 そして敷き終えた簡易フィールドに魔力を注ぐと、先程までまっさらだった簡易フィールドに草木が芽吹きだし、あっという間に室内に小さな草原が完成した。


「すご……」


 今時のオモチャってここまで進化してたんだ。私が小さい頃に持ってた『飛び出す絵本セット』とは大違いだ。


『すっごくいい草原だね。僕好みかも』


「ピント、この中に入っていいよ」


『いいの?やったー』


 隅で待機していたピントは嬉しそうにトコトコ歩いて簡易フィールドへと近付くと、フィールド内へと飛び込んだ。そして、2本の頑丈そうな脚で草原の中を元気よく駆け出し始めた。


『やっほー』


 ピントは大きな脚で力強く大地を蹴り、草原の中を駆け巡る。


 ピントの脚力は素晴らしいもので、たった一歩であっという間にフィールドの端へと移動していく。


「おぉ……すご……」


『僕すごい?』


「すごく速いし可愛い……」


『やった〜』


 私の簡素な感想にピントは両手を上げ、その場で跳ねて可愛らしく喜ぶ。可愛い。


「……あっ、そういえば……」


 私は購入した商品の中にフィールド向けの物があった事を思い出し、急いでテーブルの上を調べる。


『何してんの?』


「ピント、折角だし軽く戦ってみる?」


 私が手にしたのは「トレーニング用アニマル人形」。簡単に着色された動物の人形が入っており、これらに魔力を込めると生き物のように動き出すらしい。


『それ何?』


「バトルトレーニング用の動く人形だよ。私、ピントが戦うところ見てみたいんだけど……ピントって戦える?」


『できるできる』


 ピントはシュシュッと口で擬音を出しながら軽くシャドーボクシングのジェスチャーをする。どうやらやる気満々のようだ。


「よし、じゃあ早速フィールド内に入れてみるね」


 ピントのやる気を確認した私は、トレーニング用アニマル人形と書かれた袋を開けた。

 袋の中から、しっかりした素材で作られた動物の模型らしきものが幾つか出てきた。


「えーっと……魔力を流すと動き出し、近くにいるリトルナイトに飛び掛かります」


 外に出した模型を床に放置したまま、袋の裏に記載されている説明をしっかり読み込んでいく。


「リトルナイトの攻撃を受けると形が歪んで動かなくなり……えっ、これ使い捨てなの?こんなにしっかりしてるのに」


 とりあえず右手に動物の人形三体を乗せて魔力を込める。すると、手元の人形がモゾモゾと全身を動かし四足歩行で立ち上がった。


(使い捨てなのに妙にリアルに動く……昔のオモチャと大違い……)


 昔、誕生日のプレゼントで貰った「空飛ぶ小鳥の模型」と良い勝負だ。


「ピント、トレーニング用の人形入れるよ」


『いいよ〜』


 ピントが片手を大きく振って快諾する。私は人形を乗せた右手を簡易フィールド内にそっと置く。


 トレーニング用人形は簡易フィールドに降りると、耳や首を動かして周囲を探り出した。

 人形達は少し離れた場所にいるピントを発見し、すぐさま狙いを定め、三体でまとまりながらピント目掛けて駆け出した。


「速っ!」


(トレーニング人形なのに以外と強そう……!)


 しかもトレーニング用人形なのに無駄にチームワークがある。動きはしなやかだし力もそれなりにありそうだ。


(これ、マズいかも……)


 これは下手したらピントが大怪我しかねない。トレーニング用だからと侮って三体も出したのはさすがに良くなかったかもしれない。

 

「ピント! 流石にこれは……!」


『僕なら余裕だね。任せて』


 私は慌てて止めに入ろうとしたが、それとは裏腹にピントは元気よく返事をして、向こう側から駆けてくる人形三体に視線を向けた。


 私が慌ててる間に四足歩行の動物型人形はピントの元に到着し、じわじわと距離を詰めていく。人形達は今にもピントに襲い掛かりそうだ。


『おいで!』


 ピントが勇ましい声を上げたその瞬間、臨戦対戦だった三体のアニマル人形は、目の前のピントを目掛けて全力で飛び掛かった。


(ヤバい! この人形、想像以上に……!)


『よっ!』


 私が人形を止める為に指を差し出そうとしたその瞬間。ピントはその場から天井に向かって力強く飛び跳ねた。


 周りのアニマル人形のうち二体は、ピントの後を追って飛び跳ねる。だが、ピントの強力な跳躍力にアニマル人形はついて来れていない。


 ピントはアニマル人形よりも遥かに高い距離を跳んだ。もはや家の天井に届きそうな勢いだった。


「高っ……!」


『それっ!』


 ピントはその場で宙返りをして逆さまになり、アニマル人形に顔を向けた。


 そして、魔力を込めた脚で空中を蹴り、一体のアニマル人形を目掛けてとんでもない速度で突進した。


「!」


 ピントはアニマル人形の一体にタックルをかました。

 攻撃を受けたアニマル人形は上半身がねじれ、宙を飛んでいたもう一体のアニマル人形と激突して地面に落ちた。


 攻撃を受けたアニマル人形二体は身体が潰れて一部がちぎれ、そのまま動かなくなってしまった。


「……!?」


『あと一体!』


 ピントは地面に綺麗に着地すると、間髪入れずに最後のアニマル人形を目掛けて走り出した。ピントの全速力なのだろうか、ものすごい速さだ。


 アニマル人形は慌てて駆け出し、ピント目掛けて高くジャンプして飛び掛かった。


 それを見たピントは、鋭いスライディングをして人形の真下に潜り込み、すぐさま攻撃体制を取る。


『やあっ!』


 攻撃体制のピントは今日一番の凄まじい動きを見せた。


 人形の胴体目掛け、ピントの重く鋭い蹴りを放った。


「うわっ!?」


 ピントに全力で蹴られた人形は大きく形を歪ませながらフィールドの隅へと飛んでいき、見えない壁に激しく激突してパンと音を鳴らして爆ぜた。


「すご……!」


 ピントのバトルを見た私は改めて思い知った。


 リトルナイトはただの可愛らしい玩具ではない。魔法使いを助けてくれる、機械仕掛けの頼れる使い魔である、と。


(間近で見ると凄さが分かる……!)


 ピントの実力を垣間見た私は思わず感動し、言葉を失ってしまった。

 私が呆然としている中、ピントは嬉しそうに私の足元に駆け寄ってきた。


『やったー!ねえねえカエ、僕ぜんぶ倒したよ。えらい?』


「……うん、エラかったね。すっごく強くてカッコよかったよ」


『えへへ〜』


 私に褒められたピントは両手を後ろで組み、小さな顔を緩ませて嬉しそうに笑った。


(…………やっぱり可愛い)


 なんとなくだけど、リトルナイトとは今後も仲良くやっていけそうな気がした。

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