1話 小さな騎士、リトルナイト
リトルナイト。魔法使いを守る、手のひらサイズの小さな騎士。
約50年前のこと。一人の魔女が、金属で作成したロボットをゴーレム技術で動かしたことにより、リトルナイトの元となる『ロボットゴーレム』が世に誕生しました。
長い年月をかけてロボットゴーレムの改良を重ねた結果、手のひらサイズの小さなロボットゴーレムの開発に成功。
そう、この小さなロボットゴーレムこそが我々のよく知る『リトルナイト』なのです。
リトルナイトは魔法使いの味方。使い魔としてお仕事をサポートしたり、ちょっとしたお使いや雑務までこなせます。とても賢い相棒です。
もちろんそれだけではございません。賢いリトルナイトは人との会話が可能。日常会話は勿論のこと、ちょっとしたお悩み相談や困りごとにも耳を傾けてくれます。
更に、人と同じ食事でもエネルギー補給ができるので、共に食卓を囲めます。
そして何よりも魅力なのが……手に汗握る、本格的なバトルです。
小さな騎士の名を持つ彼らは、自分の脚で大地を駆け抜け、時に空を舞い、手に持つ武器で様々な技を放ちます。
パンチやキックの威力も十分ありますが、剣を持てば華麗な斬撃、ハンマー担げば凄まじい一撃、ロッドならロッドに登録されている専用の魔法を発動。
個性豊かな武器がバトルを更に華やかに彩ることでしょう。
リトルナイトのパーツは全身着脱可能。別売りのパーツと組み合わせれば、戦略は更に広がります。
着せ替え人形のようにコーディネートして楽しむのも良し。どのように楽しむかは貴方次第。
貴方の従順な使い魔にするのも良し、苦楽を共にする相棒にするのも良し、楽しい時間を共有する友達にするのも良し……
貴方の相棒に是非、リトルナイトを。
『リトルナイト!』
『小さなお友だち、リトルナイト! こーんなに小さいのにおはなしできちゃう! 外におでかけしていっしょにあそべる!』
(またリトルナイトのCMやってる……)
夜、家族が揃うリビング。私の真正面に鎮座する大型テレビは絶えずリトルナイトのCMを流し続けている。
ソファーに腰掛けてテレビを視聴していた私はひとつため息をこぼし、リトルナイトのCMばかり映し出すテレビから目を逸らした。
ほんの少し暇になった私は、隣に置かれているチェック柄のクッションに指を向けて魔力を送り、浮遊魔法の練習を始める。
私に魔力を送られたクッションは音を立てずに浮かび上がる。私が指を軽く回すと、目の前に浮かぶクッションがクルクルと回転を始めた。
「カエ、テレビの前で魔法使わないでって言ったでしょ」
リビングに隣接するキッチンの向こうで作業をしていたお母さんから怒りの声が届いた。
「魔法の余波でテレビ故障したらどうすんの」
「これくらいの魔法でテレビ故障しないってば」
「それでも何かあったら後で困るのはカエでしょ。やめなさい」
「はーい」
お母さんの迷信混じりの小言をこれ以上耳にしたくない私は、とりあえずお母さんの指示に従って魔法を中断した。
力を抜いてクッションを元の位置に下ろした私は、ポケットに入れていた折り畳み式携帯電話を取り出す。
カチッと音を立てて携帯電話が開き、大自然の中に巨大ゴーレムが佇む待ち受け画面が表示される。メールボックスに新しいメールは届いていない。
ゴーレム関連のブログでも閲覧しようかと思いネットを開くと、そのタイミングで雑誌を抱えたお父さんがリビングに入室してきた。
「カエ、今暇?」
お父さんは抱えていた雑誌をテレビの前のテーブルに並べた。雑誌はどれもリトルナイト関連のものだった。
「今CM中だから暇だよ」
携帯電話を折り畳んでポケットに戻すと、改めて目の前の雑誌を見つめた。
「で、この雑誌どうしたの? 全部リトルナイト関連?」
「そうそう。明日カエはお父さんと一緒にリトルナイトを買いに行くだろ? 前に魔法使いの試験に合格してレベル4になった記念も兼ねて」
お父さんは私の隣にドサリと腰を下ろす。お父さんのそこそこ長い黒髪が軽く揺れる。
「高い買い物だから、事前にリトルナイトについて少し知識を入れといた方がいいんじゃないかと思って……」
「うーん……まあ、それもそうだね。何も知らないより、少しでも知識入れてから買いに行く方が楽しそうだし」
「だろ?」
テレビを見ても分かる通り、リトルナイトは大ブーム真っ只中。学校でリトルナイトの名を聞かない日はないくらいの大人気ぶり。
しかもお父さんが勤めている会社にまでリトルナイトが流行し、会社内でリトルナイト大会が開かれるまでに至ったのだとか。
しかもただ人気なだけでなく、近年ではリトルナイト自体が様々な分野で活躍しているらしい。
もはやただのブームでは終わらず、本格的に世間全般にリトルナイトが定着しそうな勢いだった。
(ここまで流行してるにも関わらず、魔女としてリトルナイトを何ひとつ知らないのは、もはやマズい域にまでなってきた……)
私は今現在、春休み真っ只中。休みが明けたら魔法専門学園に通う高校生になる。
ニュース記事によると、有名な若い魔法使いはほぼ全員リトルナイトを所持しているらしい。きっと学園に通う魔法生徒のほとんどもリトルナイトを所持していることだろう。
だから私も流行に乗り遅れない為にも、リトルナイトを絶対に迎え入れようと、春休みになってようやく決心したのだった。
(本当はゴーレムを使い魔にしたかったんだけどね……)
なんてことを考えながら、私は目の前の雑誌の表面をじっと見つめる。表紙には様々な種類のリトルナイトが映っている。
「そうそう、お父さんもリトルナイトを所持することにしたよ」
「お父さんも?」
「魔法使いの端くれとして、一応持っておこうかと……ちょうど使い魔も欲しかったし」
魔法使い検定を最低でもレベル2まで合格できた人なら使い魔を所持できる。
お父さんは過去に魔法使い検定レベル2に合格していたらしいので、使い魔レベルの強いリトルナイトを購入できる。
因みに、レベル2未満でも雑用をこなせる程度のリトルナイトを所持できるとのこと。派手なバトルはできないそうだが、噂によればとても便利らしい。
「……カエ、本当にリトルナイトでいいのか?」
お父さんは眉を下げて私を見つめる。
「カエって確か、昔からゴーレムの使い魔を欲しがってただろ」
「まあ、実を言うとリトルナイトじゃなくてゴーレムが欲しかったけども……」
「ゴーレムでもいいんじゃないか? ゴーレム職人の俺の父さんに頼めば、カエの為に良いゴーレム作ってくれるぞ?」
「そうなんだけどさぁ……今はゴーレムってお年寄りの趣味みたいなところあるじゃん。石坊主とか木坊主とか、名前からして古臭いって言われるし……」
「……」
「若者が持つには渋すぎるというか……個人的に持ちたいけど、いざゴーレムを迎え入れても学校には持ってけないかなって」
「職人の作ったゴーレムは高価だからな。確かに学校には持って行きづらいよな……」
職人が作成したゴーレムを使い魔として学校に持っていくとか、そんなもったいないこと絶対にできない。
「それに今の時代、ゴーレムより遥かに優秀な使い魔が色々と誕生してるしさ」
特にリトルナイトとか。
「だから買うなら、将来的に考えてリトルナイトが一番都合がいいと思う」
「……そうか、分かった。それにしても……」
「ん?」
「……カエがついに使い魔を持つなんてな」
「お父さん、急にどうしたの?」
「いや、あんなに小さかったカエが、魔女として使い魔を飼う日が来たんだなって、ふと思ってな」
お父さんは感慨深そうにしておもむろに両腕を組み、私を見つめながらしみじみと呟いた。
「そうねー。自然公園に家族全員で行って、箒持ってとびっこして遊んでたのが嘘みたい……」
キッチンの仕事を終えたお母さんも会話に混ざり、私達の座るソファーに腰を下ろした。
「懐かしいなぁ。カエが初めてホウキで空を飛んだ時は本当に嬉しくて……俺、その場で飛び跳ねて足を大怪我したな……」
悲しい思い出で上塗りされた過去を呟くお父さん。お父さん何してるの。
「懐かしい……昔はお父さんが一番だったけど、今じゃカエが家族で一番の魔法使いになったものね」
「いや、まあ……沢山頑張ったし……」
過去の思い出話に何だか照れ臭くなった私は、テーブルの上に置かれた雑誌の一つを手に取り、意味もなくページをパラパラめくった。
リトルナイトの細かな情報が現れては右から左に流れていく。
「あ、CM明けた」
長いCMが終わり、バラエティ番組が再び映る。
今はクイズコーナーをやってる最中。雛壇に座るお笑い芸人が、アナウンスにより流れてくる妙な問題にガヤを飛ばしながら必死に正解を捻り出している。
私はとりあえず手にした雑誌から目を離してテレビを見つめる。隣に座るお父さんは、テーブルに置いていた新聞のテレビ欄を手に取りじっと眺めている。
「……あっ、今リトルナイトの大会やってるみたいだ。ちょっとだけチャンネル変えていい?」
「リトルナイトの大会?まあ、別にいいけど……」
今は私好みのコーナーじゃなかったから、私は二つ返事で許可をした。
「よし」
お父さんはすぐさまテーブルの上のリモコンを魔法で引き寄せ、目当てのチャンネルに変更した。
「お父さん! テレビの前で魔法使わないの!」
「これくらい大丈夫だって」
テレビの映像が一瞬の間を置いて切り変わる。騒ぐ芸人の群れが消え、代わりにやたら豪華な宮殿が映し出された。
「あれ? 今CM中?」
「綺麗な場所ねー」
「いや、これは……」
私とお母さんが綺麗な景色に気を取られた次の瞬間。
煌びやかな宮殿の豪華な壁が音を立てて爆発した。
「うわっ!?」
見事に吹き飛んだ壁の向こう側から姿を現したのは……黒く輝く鎧を身に纏った騎士だった。
美術品を彷彿とさせるような、流れるような曲線が美しい漆黒の鎧。だが、鎧の人物は明らかに人間ではなかった。
「綺麗……」
映像の視野が変わり、景色は宮殿の大広間に変わる。漆黒の騎士は両手に銃を構え、剣を構えた赤い鎧の騎士と対峙する。
刹那、二人は人間離れした身体能力ですぐさま飛び跳ね、画面内を所狭しと駆け回り始めた。
「うわ速っ!」
私が驚いている間も、画面の中の騎士達は宮殿内を縦横無尽に駆け巡り武器を打ち鳴らしている。
銃から閃光が放たれる。閃光を防いだ大きな剣が軽々と振り回される。腕や脚がぶつかり合い火花を散らす。
程なくして大きな転機が訪れた。
赤の騎士が全力で放った激しい斬撃を避けている最中、斬撃で吹き飛ばされた家具の一部が黒の騎士の頭に激突。黒の騎士はバランスを崩して転倒した。
赤の騎士はここぞとばかりに黒の騎士へと急接近。剣を頭上へと掲げ、真下にいる黒の騎士へと勢いよく振り下ろした。
大きな剣は黒の騎士の頭を的確に捉えた。最後は呆気なく決着がついた……かと思いきや、剣が振り下ろされたその瞬間、黒の騎士は咄嗟に足で剣を受け止め横に流した。
技を流され赤の騎士は少しバランスを崩す。その隙に、黒の騎士は脚を回して回して器用に起き上がり、続け様に美しい回転蹴りを繰り出して赤の騎士の胴体に高威力のキックをお見舞いした。
赤の騎士は壁まで吹き飛ぶ。黒の騎士はすかさず拳銃を構え、赤の騎士目掛けて魔法弾を乱射して追い打ちをかけた。
「すご……映画……?」
「いや、これは紛れもなくリトルナイトの大会だ」
無数の魔法弾を一身に受け、赤の騎士の目から光が消えてピクリとも動かなくなってしまった。
『勝負あり!』
合図と共に画面が切り替わり、場が宮殿から大きな試合会場へと変わった。
『この戦いを見事制したのは、アラン・レイコード選手のリトルナイト、ムーンライトです!』
テレビは試合会場の中にいる、上品で凛々しい女性を大きく映し出した。どうやら彼女がアラン選手のようだ。
そんな女性の手のひらの上には、先程宮殿で大暴れしていた黒の騎士が優雅に佇んでいた。
「えっ!? あんな大きさだったの!?」
テレビ画面に映っていた勇ましい騎士の招待は、手のひらに収まるサイズのロボットゴーレム、リトルナイトだったらしい。
私より遥かに小さい戦士が、あんな派手な勝負を繰り広げていたとは。
「……あっ。カエ、そろそろチャンネル戻そっか?」
テレビの試合に見惚れていたお父さんは我に返り、慌ててテレビのリモコンを手に取る。
私はテレビへと向けられたリモコンを手で制した。
「……ううん、このままでいいよ。私、このリトルナイトの試合見たいし」
「そうか、分かった!」
私がチャンネル変更を拒否すると、お父さんは少し嬉しそうにしながらリモコンを置いた。どうやらお父さんもリトルナイトの試合を見たかったみたい。
この後も、テレビの向こう側では素晴らしい試合の数々が繰り広げられた。
動物型のリトルナイトが洞窟の中を全速力で駆け抜け、地面や壁を蹴って勢いを増しながら相手の頭に飛び掛かった。
人型のリトルナイトが豪華絢爛なパーティー会場の天井にあるシャンデリアに捕まり、一回転して勢いをつけた凄まじいドロップキックを放った。
月夜が煌めく夜空を、妖精型リトルナイトが翅を高速ではばたかせて飛んでフクロウ型リトルナイトから逃げ切り、宙返りしながら相手に魔法を放った。
美術館内の美術品を豪快に薙ぎ倒しながら進んでいたミノタウロスのようなリトルナイトは、大きな石膏像を軽々と持ち上げて相手に投げつけた。
「なんか野蛮で嫌ねぇ……」
お母さんは暴力的な試合は好きになれなかったようだが、私とお父さんは完全にリトルナイトの試合に釘付けになっていた。
「(これが……リトルナイト……!)」
私は先程まで見ていたバラエティ番組のことなんかすっかり忘れ、リトルナイトの大会を食い入るように見つめていた。
お母さんが呆れてテレビから離れた後も、私達はテレビを眺め続けた。
リトルナイトの試合が全て終わる頃には、私はリトルナイトにほんの少しだけど興味を抱いていた。
「リトルナイトすご……」
「だな……」
さっきまでは流行に乗り遅れない為に義務として購入を検討してたのに、今ではリトルナイトそのものに興味を持っている。ほんの少しだけど。
(……明日購入するリトルナイトの為に、後でお父さんの雑誌見てリトルナイトの予習しとこ)




