ダブル不倫(前半)
夕方、日が暮れきった頃、雅子が店の外で看板をつけていると、中年の男が声をかけてきた。
「あれ、もうやってる?」
「あ、こんばんは!今、丁度開けた所です。どーぞ!」
珍しく開店と同時に来店した中年の男が階段を降り席に着く。
「お久しぶりですね。マッカランですか?」
「うん。ロックで。」
カランカラン。早い時間には珍しく、また扉が開く音が鳴る。
コツ。。コツ。。。と高いヒールでゆっくりと階段を降りる音が聞こえる。
「こんばんは!どうぞ。」
雅子が笑顔で迎えると、カウンターに座っていた男が嬉しそうに手を振る。
「こっちこっち、早かったね。」
しっかりメイクに、しっかり香水の香りを漂わせた、かなり美人な中年の女が男の横に座る。
「最近付き合い始めたの。たまに来るから、宜しくね。」
男が女の肩を抱きながら紹介すると、女も嬉しそうにはにかみ、会釈する。
「彼女には、呑みやすいフルーツのカクテルでも作ってあげて。」
「かしこまりました。」
雅子は冷蔵庫から桃を取り出し、カクテルを作り出す。
「実はさ、最近探偵につけられてるのよ。」
男が切り出す。
「えぇ?そんな事、現実にあるんですか?」
雅子はびっくりしながら、桃のカクテルを女性に差し出す。
「嫁が雇ったみたい。」
「最近、家の前に普段見かけない、街に馴染まない若い男女が立ってるなぁ。。。って思ってたんだけどさ、オフィスの近くでもそいつらを見かけたのよ!」
「なーんか気になって、知り合いの探偵に相談したら、それ、探偵ですよ。って言われて。」
「えー。。。本当にあるもんなんですね。今日は大丈夫なんですか??」
唖然とする雅子。
「うん。多分ね。だからちょっと時間ずらしてここで合流したの。」
男には別居中の奥さんと娘がいる。完全に夫婦関係は破綻しているが、財産の事で折り合いがつかず、ここ数年膠着状態のようだ。
奥さんが少しでも有利に話が進むように、夫に女がいる証拠を集めているらしい。
「会う時は時間ずらすし、マンションは違う出入り口使うようにしてんのよ。この前、旅行に行った時なんて、アムステルダムに現地集合だったよね。」
男が女の手をさすりながら笑うと、女も男の腕に顔を寄せ物欲しそうに、男を見つめる。
雅子の心配をよそに、中年の不倫カップルはそのスリルさえも、おかずにして楽しんでいるようだ。
雅子は二人の様子を察し、すっと気配を消してグラスを磨く。
「今日は何時まで大丈夫なの?」
男が甘い声で女に尋ねる。
「今日は旦那帰るの遅いから、部屋行けるよ。」
女は男の指に口をつけ、潤んだ瞳で男を見つめる。
「息子は?」
「ご飯作って来たから、平気。」
雅子はグラスを磨きながら、ダブル不倫か。。。と聞き耳を立てる。
実は雅子のBARでは、何故かダブル不倫カップルが多いのだ。
「じゃ、行こうか。先に裏口から入ってて。」
男は女の額に口をつけると、女は先に階段を登り店を出ていく。
「お会計お願い。」
「ありがとうございます。またお待ちしてます。」
男が会計を済まし、時間差で店を後にする。
誰もいなくなった店で股がキュンとなる雅子。
妻として、母親として、忙しなく過ぎる中で、世間にも旦那にも女として扱われなくなり、欲を隠して過ごしていた中年の女が、一気に雌の本能を曝け出す瞬間のsexは、堪らなく気持ちいいのであろう。と妄想を膨らませる。
思わず、スカートの裾を捲り上げ、太ももから手を伸ばし下着の中に手を入れようとした所で、カランカラン。扉を開く音がなる。サッとスカートの乱れを直す雅子。
「こんばんは。一人で来ちゃいました。良いですか?」
階段から、先ほどの女とは違う中年の女が顔を覗かせる。
「もちろんです!どうぞ。お一人は珍しいですね。待ち合わせですか?」
こちらもしっかり化粧にしっかり香水、美人とまでは言い難いが、気合いを入れて綺麗にしているのは伝わる。
いつも来る、大工の男の愛人だ。
「いえ。。。今日は一人で。実は雅子さんにお願いがあって来たんです。。。」
「えー。なんですか?お酒は、山崎で良いですか?」
「はい。ソーダ割りでお願いします。」
「あの。。。実は私、家出して来ちゃったんです。」
「え?旦那さんと喧嘩しちゃったんですか?」
なんと、こちらのカップルもダブル不倫なのだ。
「はい。。。ちょっと嫌になっちゃって。実は3日前から彼の家に泊まってるんです。」
大工の男の奥さんと子供達は海外に留学中で、急に帰って来る事も絶対に無い。確かに泊まる事も可能だ。
「そうだったんですか。。。お願いって何ですか?お役に立つ事ありますかね?」
山崎ソーダ割りを差し出しながら尋ねる。
「実は、GPSで旦那は私がどこにいるのか把握してるんです。」
「ええ!それ、ヤバく無いですか?」
「それで、ここのBARに泊めてもらってるって言っちゃったんです。」
「えぇ。。。」
流石の雅子も薄ら笑いすら出て来ない。
実は大工の男の家はこのBARがあるビルの目の前にあり、GPSで見たら誤差の範囲内ではある。
「勝手にごめんなさい。ただ、旦那が店に来る事は絶対に無いので。。。」
「え。。。3日も家にいないのに、旦那さんが迎えに来るとか、乗り込んで来るとか無いんですか?」
「うちの旦那、一人じゃ何も出来ない人なんです。それが嫌になって家出しちゃったんですけどね。。。」
「そうですか。。。」
勝手に店を巻き込まれてモヤッとする所はありつつも、旦那さんの行動力の無さにびっくりする雅子。
奥様が3日も家に帰らないのに、何もせず家で待っているだけとは。。。だから浮気されてしまうのか。。。
なんにせよ、この女は旦那の事を心底、舐めているのは確かである。
「実は私、子供が欲しくて。。。妊活を本格的に始めたいって旦那に言ったんです。」
女は40代前半。妊娠、出産経験は無い。妊娠を望むのなら本気で取り組む必要がある。
「旦那も子供を望んでいるんです。なのに、なんにも始めようとしなくて。。。私イライラしてしまって。。。」
「この歳になるまで、子供欲しいって思って無かったんですけど、最近無性に子供が欲しくて、堪らなくて。。。」
「あ。。。それ凄い分かる。。。」
雅子にも思い当たる節がある。
「私も、子供は絶対に欲しく無いんです。親になるのが嫌で、絶対に欲しく無いのに。。。子宮が妊娠しろって訴えて来るんです。。。若い時は、こんな感情無かったんですけど、sexの時、子宮に精子が欲しくて欲しくて堪らなくなっちゃうんです!」
思わず熱くなる雅子。
「分かるーー!!」
女も思わず叫ぶ。
アラフォー女あるあるのようだ。自分だけじゃ無いと知り、少し嬉しくなる雅子。
「この子宮から訴えかける感情と、旦那のやる気の無さのギャップに耐えきれ無くて。。。」
「あー。。。それはちょっと気持ち分かるかも。。。男性ってそういう時、協力的じゃ無い人多いって聞きますよね。。。」
「じゃあ、しばらく帰らない予定ですか?」
「うーん、そろそろ帰らないとね。。。もう一回、ちゃんと話さないとダメかなって思うし。。。」
「確かに、話し合いはした方が良いですよね。」
カランカラン。タンタンタン。。。この階段を降りる音は大工の男だ。
「やっぱりここにいた。」
大工の男は少し機嫌が悪そうに、女の横に座る。
「別に来なくても良かったのに。。。女子トークしたかったのに。」
女も機嫌悪そうに返す。
「二人ともそんなイライラしないで。」
雅子は瞬時に状況を察する。
どうやら大工の男とも喧嘩になり、旦那の所に帰ろうと思いながらも、男に追って来て欲しくて、男の家の前にあるBARで待っていたのだろう。
「ジャックのソーダ割りで。」
「かしこまりました。」
サッと酒を作り差し出すと、気配を消してグラスを拭き始める雅子。
雅子の視界に、二人が入らなくなると、男は女の髪を撫で、顔を強引に引き寄せ、キスをする。
「もう。。。ふふっふふふっ」
女の嬉しそうな声が漏れ聞こえる。
雅子は背中で、乳クリ合う二人を感じ、アホらしくなる。
次第に、クチュクチュと音を立て、下品に舌を絡ませている音が聞こえて来る。
「ちょっとぉ、もうダメェ。。。」
息を切らしらがら女が吐息を漏らす。
「部屋に戻ろっか。」
男が女の太ももを摩りながら囁く。
「雅子、会計で。」
「はい。ありがとうございます。」
「雅子ちゃん、迷惑かけてごめんなさい。これ、良かったら食べて下さい。」
女がバックから東北名産菓子を取り出し、雅子に差し出す。
「ありがとうございます。気にせず、また来て下さいね。」
薄ら笑いで二人を見送る雅子。
客がいなくなり静かな店内、スマホの連絡先を見ながら、今日暇そうな男を探す雅子。
(今日、店来ない?)
雅子がLINEを送ると、直ぐに既読がつく。
(オケー。)
絵文字も無く短い文章が返って来た。
「はぁ。。。」
スマホをテーブルに置き、深くため息をつく。
後編に続きます。




