-三十日目・1
真部慈良は、耳を疑った。
「なんだって? よく聞こえなかったんだけど」
「だから、もう一度これを着けてほしいんだ」
目の前で、一路が手を合わせている。
「……あのさあ、オレ、三日前にそこから出てきたばっかりなんだけど」
慈良は、一路をにらみつけると、身を翻して逃げ出そうとした。
その腰に、一路が必死の形相でしがみついた。
「もう一回。もう一回だけ。頼む。誓って、これで最後だから。もう少しで完成なんだ。完成したら、人類が救われるんだ。お前の協力さえあれば」
「やだよ。お前がやればいいだろ。知らないだろ? 結構暑いし、湿っぽいし、うまいものも食えないし。循環っていやあ聞こえはいいが、実際自分が出した物をまた体に入れるんだから、気持ち悪いし。退屈だし、とにかく不快なんだよ」
「そこを改善したから。試してみたらわかるよ。それに、ぼくが入るわけにはいかないんだ。データをとらないといけないし、万が一の時に助けられないし。お前は、共同経営者だろ? これが完成したら、金もがっぽがっぽ入ってくるぞ。そうしたら、お前のしたいことにいくらでも投資できるぞ。ほら、離島をひとつ買い取って、酒池肉林してみたい、って言ってたじゃないか」
慈良は、思わず辺りを見回した。
一階は倉庫兼研究所で、二階には一路と慈良二人の住まいがある、古いビル。今一階には他に誰もいないのだが、一路の声は金属的というか、変によく響く。
「違うって。自給自足の楽園を造りたいって言ったんだ」
「どっちでも金がかかるのは同じだろ」
慈良は、一路の顔を見下ろして、ため息をついた。
双子とはいえ、二卵性だから、全く似ていない。
ほっそりとして背も高くない一路は、ずば抜けて優秀だった。
一路には頭脳。慈良にはそれ以外。
周りからはそう言われて育ってきた。