一日目・7
どっちにしろ、カイの穴は、すぐにでも埋めねばならないのだし。
無料のモニターをしばらく使って、その間に他の方策を見つけるのが正解かもしれない。
とにかく、アヤは切羽詰まっていた。
たとえ、中身が人間でも、問題を解決したいのが先だった。
アヤは、リモコンを『権兵衛』に向けて、「緊急停止」ボタンを押してみた。
命令もされていないのに、床に散乱したゴミを片付け始めていた『権兵衛』は、屈みこんだ姿勢のまま、がくんと止まった。
「困ります、いたずらに緊急停止するのは」
真部社長が慌てた声を上げた。
「いたずらじゃないわ。ちゃんと作動するか、確かめただけよ。ダミーのボタンかもしれないでしょ」
「ダミーだなんて、とんでもない」
真部社長は、『権兵衛』に駆け寄って、頭頂のボタンを押した。『権兵衛』はびくともしない。
「回復には、少し時間がかかるんですよ」
声に腹立たしさが混じっている。
「ところで、それには、カメラや盗聴器なんかが仕掛けられていないでしょうね?」
「えっ? とんでもない!」
真部社長は、心底驚いた声を上げた。
「だって、可能性としては十分ありえるでしょう? 私の私生活を盗撮して、ネットに流したりとか」
「誓って、そんなことはいたしません」
「出会ってすぐの人の言葉を信じるほどウブじゃないのよ。そうねえ、あなたの身分証明証を出してちょうだい。それから、一筆書いて。ロボットに関わるトラブルが起こった場合、全責任をとります、って」
真部社長は、アヤが差し出したペンで、アヤが取り出したコピー用紙にしぶしぶ書いた。
「署名も」
アヤは、真部社長から住基カードを受け取って、撮影した。
「ところで」
真部社長が声を上げた。
「高峰様にも、一筆お願いしたいのですが」
「何?」
アヤは、むっとした。
「このロボットを誰かに見せたり、SNSなんかに流さないように。私にとっても、このロボットは私の心血を注いだもので、大事な大事な企業秘密なので」
真部社長はひどく真剣な顔をしている。
言い返そうと口を開きかけたアヤは、思わず気圧された。
「……仕方ないわね。そうね。信用できないのは、お互い様ね」
アヤも住基カードを見せた。二人は相互に署名入りの紙を交換し合った。
「モニター期間は、一カ月ですが、よろしいでしょうか」
「はいはい。でも、問題があったら、すぐに引き取ってね」
「もちろんです。連絡先は、ここです。なにかご心配なことがあった場合も、すぐにここに連絡してください」
と、真部社長はテーブルの上の名刺を指さした。
「それでは、『権兵衛』をよろしくお願いいたします」
真部社長は、回復してお行儀よく直立している『権兵衛』を見やって、「がんばれよ」とつぶやきながらうなずいてみせた。
開いて、閉まったドアの向こうで、がらがらと台車を引きずる音が遠ざかった。